4.父親
俺はあの後、気を失って朝まで起きはしなかった。後で聞いた話にはなるが、ベルセルクがなんとかしたらしい。
それと、お母さんには死ぬほど怒られた。一週間は魔法を禁止にされたのだが、魔法について見つめ直す良い切っ掛けになった。
「……怖い、な。」
前世では全く魔法を使えなかったから。常に憧れのものであって、怖いものではなかった。
しかし、今は魔法が少し怖い。
俺のあの暴走してしまった魔法が、ベルセルクがいなければ人を殺したのかもしれなかったからだ。
当たり前のことだ。魔法は人を殺せる。
無論、本人が人を殺すつもりがなくても、なんらかの事故で殺してしまうことがあるかもしれない。
俺は魔法を学ぶものとしてそれを自覚しなければならなかった。その自覚が足りなかったのだ。
「魔法も使い方次第、ってことか。」
俺は魔力を練る。
技術だ。技術が足りなかった。魔法を使いこなすには、それ相応の技術が必要なのだ。
俺には師がいない。この本だけを頼りに魔法を学ぶしかない。この期間の間に魔法の書をしっかり読み込んで、練度を上げなきゃいけない。
「おっさん、魔力操作のコツってある?」
俺は地べたに寝そべりながらそう聞いた。今日もベルセルクの家に来ているのだ。
ベルセルクは俺の暴走した魔法を抑え込んで制御し切った。つまりは俺より技量が上なわけだ。アテになんかはしていないが、一応聞く。
「何度も言わせんな、知らねえよ。俺は戦いの中で自然と身についだだけだ。テメエらみたいな純正な魔法使いと辿るルートがちげえ。」
戦士として魔力が使えるのと魔法使いとして魔力が使えるのでは勝手が違うらしい。戦士は戦いの中で勝手に身についたもの。魔法使いは魔法を使うために鍛練をつむもの。
結果が違えば過程も違う。当たり前っちゃ当たり前のことだ。
「そうだよなあ……」
結局、近道なんて存在しないってわけだ。
俺は魔法の書をペラペラとめくる。
別に見ているわけじゃない。なんとなく読み流しているだけだ。地道な練習ってのはやっぱり気がのらない。
こんな性格だったから前世は上手くいかなかったんだろうけど。
「ん?」
俺はとあるページで手を止める。
一番最初、俺が読み飛ばした最初のページ。著者の名が書かれたページだ。普通なら名前なんて気にはならない。しかし、気になる要素があった。
「ラウロ・
俺とお母さんと同じ姓。ただそれだけだ。前世でも田中や鈴木みたいに死ぬほどよく見る名字はある。だから偶然の可能性も高いのだが。
何故か今回に限って妙に気になってしまった。
「あ? 知らねえのかテメエ。」
「んん?」
ベルセルクがいきなり呆れたように話し始める。
このラウロと言う人はそんなにも有名なのだろうか。それとも、一度俺が聞いた事があるのに忘れているから呆れてるいるのだろうか。
「その本を書いたのはテメエの親父だぞ。」
は? え、俺の親父? いや、確かにいなかったけど。
え、これ親父が書いた本なの?
「……その感じだとフィリナからなんも聞いてねえみてえだな。」
「いや、なんか聞いちゃいけないものかと……」
「まだガキのくせに気ィ使ってんじゃねえよ。それに、テメエの親父は立派な男だ。別に隠すべきことでもねえ。」
ベルセルクは座り直し、俺の顔をよく見る。そして昔を懐かしむように話し始めた。
「テメエの父、ラウロ・ウァクラートは魔法使いだった。それも優秀な魔法使いだ。魔法についてもクソほど詳しい奴でよ、だからそんな分厚い本を一人で書き切ったわけだ。」
確かに、だ。この本は細部に渡り完成された本だと感じる。
ありとあらゆる魔法の基礎が書いてあって、魔法に対する深い理解がないと書けないというのは素人目にも分かる。
つまりは親父は相当な魔法使いだって事にもなるわけだが。
「俺が初めて会ったのは、五、六年前にアイツがここに移り住んで来た時だ。」
「移り住んで来たのか?」
「ああ。どうやらここに大事な用があったみたいでよ、本来ならフィリナの奴は置いていくつもりだったみてえだが泣き叫んでついてきたらしいぜ。」
移り住むほどの用か。一体なんだったんだろう。移住を考えるってことは長期に渡る、それも数年かかるほどの用事ってわけだ。
想像ができないな。予測するにも俺はあまりにもこの世界を知らなすぎる。
「とまあ、それはどうでもいい。ラウロはここに住む代わりに、俺と共に戦ってくれた。」
「戦うって、誰と?」
「……ああ、そこからか。」
ベルセルクはめんどくさそうに頭を掻く。
「世界には五つの大陸がある。その中でもここはシルード大陸。シルード大陸ってのは国が存在しねえ。つまりは決まった法律が存在しねえってことだ。集落を率いる俺らが勝手に法を作り、一帯を指揮する。そしたらその集落間で抗争を行い、領地を広げようとするわけだ。」
「その抗争に親父が参加したってわけか。」
「そういうことよ。」
これまた初耳の情報だ。集落が点在する大陸だったのか、ここは。
そこでずっと小競り合いを行なっているわけだ。だからここには魔族みたいな強い種族しかいないわけなんだな。
「ラウロは凄かったぜ。一人で千を超える敵を相手にして、結界で集落を守った。俺は生まれてから一度たりとてアイツより凄い魔法使いを見たことがねえし、アイツより強い奴も見たことがねえ。」
あのベルセルクがそこまで言うのか。数千の魔族を一人で従えるあのベルセルクが。それほどまでに親父は優れた魔法使いだったのか。
「そんな偉大な魔法使いがお前の為だけに書いた本が、それだ。」
「俺の、ために。」
「ああ。ラウロは間違いなくお前を愛していた。お前の顔を見るより先に死んじまったけどよ。」
この本は親父が俺のために書いた本だったのか。そう考えると、この本がただの魔法書以上の価値があるように感じてくる。
「あ、いや、だけど待って。」
「んだよ。」
「じゃあなんで親父は死んだの?」
そう言われて再びベルセルクは頭を掻く。そして少したった後に口を開き始める。
「そりゃあ、俺も知らねえ。誰も知らねえ。フィリナでさえもな。」
誰も知らない。
恐らくは、普通の死に方ではなかったのだろう。俺は反射的にそう思った。
「ラウロは、テメエが生まれる少し前。いきなり瀕死の状態でこの集落に帰ってきた。そのままわけが分からずに死んじまったのさ。」
「死因は分からなかったの?」
「さあな。俺らに専門の知識がある奴はいねえ。少なくとも斬られた類の傷じゃねえのは分かった。魔法とか超常の類だろうよ。」
誰かに殺されたんだろうか。それとも魔法を失敗したのか……いや、これはないな。ベルセルクより強い魔法使いなんだ。魔法の制御をミスるなんてヘマをするとは思えない。
「ただよアルス。よく聞け。」
ベルセルクは俺の目をよく見る。そしてその言葉には何故かただならぬ重みを感じた。
「テメエの親父は偉大な男だったぜ。恩は必ず返し、礼節を尽くし、実力を持っても決して威張ることはしねえ。だが、その実力は間違いなく最強に相応しいものだった。」
「うん。」
「テメエがどうなりたいのかは知らねえが、ああいう男にはなれ。どんな時でも家族を愛し、人を助け、それに足る力を持つ男にだ。どれだけ他が優れていようが、これが出来なきゃ男として失格ってもんだ。」
ベルセルクはそう言って床に寝転がった。俺の視界にはふと顔の見えない魔法使いがよぎった。
俺がその背中に届く時があるのならば、この本の内容を完全に理解できる領域に達した時。俺はまだ、そんな自分を想像できなかった。
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