第2話
「……仰る通りです」
博士がうんざり、と言った様子で溜息をつく。
「君、人格交換というのがどういうものか分かっているのかね」
突くような質問に、獅々田は何も返せなかった。
「……わかりません。なにも」
「だろうね。大方私の話も、大それた医療や化学界隈ではなく、どことも知れぬオカルト雑誌で読んだのだろう。その手の取材なら何度も来るからね」
博士はゆっくりと座り直す。
「あの連中では大した説明も出来なかっただろう。人格交換、と一言にまとめても、成功失敗を抜きにすれば、その手段は様々だ。脳味噌を入れ替えたり、催眠術で記憶を書き換えたり……単なる整形手術だって、見ようによっては人格交換とも言えるだろう」
「でも、貴方の研究している物は、それらとはまるで別物なのでしょう?」
確信している、というより、そうあって欲しいと祈っているような口ぶりだった。
「……そうとも。私のとった手段は、正真正銘、精神だけを入れ替えるものだ。それこそ、テレビドラマだの漫画だので見るような状況を、最も再現できる方法といえる。なにせ肉体に一切の傷を付けることがないのだから」
自身の研究を語り始めると、自然、博士の口は軽くなっていった。これまで何度も説明してきたのか、紡がれる言葉に淀みはない。
「そもそもああいったフィクションの世界で起こるような意識の入れ替わりは、物理学的にはあり得ないものだ。
なにせ意識など、所詮脳が発する電気信号に意味を持たせたものに過ぎず、それを大した手術も無しに別の相手に移す、というのは、ビデオテープに一切の傷をつけることなく、そこから照射される映像だけ入れ替えるに等しい。
それを行うには、電気信号をまず物理的概念で掌握し、それを更に物理的手段でもって、別の肉体に対して貼り付ける必要があった。
私でなければ、まずそんな技術を確立させることは出来なかっただろう」
「じゃあ、上手く行ったのですね」
「いいや」
また深い溜息。
「人格を相手に貼り付けるところまでは上手くいったさ。けれどダメだ。元の肉体が残る限り、人格は一時間と持たず、元に戻ってしまうのだ。……これを聞くと、一時間だけでもいいから、と入れ替わりをやりたがる輩が多いが、君もその口かね」
獅々田は答えられなかった。図星を突かれたのだ。けれど博士が辟易とした溜息をつきなが立ち上がるのを見ると、すぐに、獅々田は唾を飲みこみ、意を決したように身を乗り出した。
「お願いです! どうか、どうか一度だけ、一度だけでいいんです!」
「悪いが、その手の人間はうんざりするほど相手しているんだ。もうこりごりだよ」
「もう他に頼れる者がいないんです!」
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