四話 発見
あれから七日が経ち、リリアンの誕生日当日。俺は気が向かなかったものの、結局正装に着替えて彼女の屋敷を訪れていた。
ちなみに、ベルシュタイン家の中で招待されたのは自分だけだ。普通は家族全員を呼ぶだろうに、俺一人をターゲットにしてバカにするつもりでいるのが丸わかりだ。
「――うわ……」
驚嘆の声が自分の口から思わず飛び出してしまう。こんなにも規模が違うのか。
入り口のアーチ型の門から広大な庭、玄関まで続くレッドカーペット、その両脇に隊列する勇ましい表情の音楽隊や兵隊……どれもこれも目移りするくらい派手なものばかりな中、テラス席には豪華な料理が所狭しと並べられ、まだ午後の3時くらいだっていうのにディナーショーの準備は既に万全といったところだった。
……やっぱり、リリアンのやつ俺に自慢したいだけなんだろうな。まあいいや。折角招待されてるんだし、適当に楽しんだらすぐに帰るとしよう。
「さすが、成り上がりのワドル・アリアンテ伯爵。令嬢の15歳の誕生日ということもあり、ここぞとばかり威厳を発揮なされておりますな」
「うむ。リリアン嬢なら格式の高いスキルを獲得すること請け合いでしょうな」
「ええ……。それに比べて、ベルシュタイン男爵家のご令息は残念な結果だったようですが」
「「「「「プププッ……」」」」」
「…………」
俺は偶然にも貴族たちの会話を耳に挟んでしまった格好なわけだが、別に腹立たしさは全然なくて、もう俺のスキルについて広まってるのか、というのが率直な感想だった。まあ教会を出るときに紋章をつけてない時点でユニークスキルだってのはバレバレだろうしな。
この世界じゃ、ユニークスキルっていうのは基本的にハズレ扱いだそうだし色々言われるのは仕方ない。もちろん、後々になって凄い効果を発揮して周囲を見返すなんていうことも少ないがあるそうだし気にしてない。それより、【迷宮】スキルが全然発動しないことのほうが気がかりだった。
図書館で色々調べてはみたものの一向に答えがわからず、どうしたらいいか途方に暮れてるんだ。父さんなら何かわかるかもしれないと思ったが、俺がスキルを貰った日の夜に急用ができたってことで家を離れてるしな……。
「おや、君も来ていたのかい、ルーフ?」
「……あ、あぁ、イレイドか……」
耳障りな声が聞こえてきて、あいつだろうと思ったらやっぱりオールバックの髪型のイレイドのやつだった。この世界では普通みたいだが、15歳とは思えない大人びた風貌をしている。
ロード・バルテミアン子爵の令息で、ハンサムで女子にモテモテなだけじゃなくスキルも【剣術・小】を最近受け取ったことで知られる、いわゆる超がつく優等生だ。この男も俺の幼馴染だが、いちいち言葉にトゲがあるので大嫌いだった。
「君はハズレ……おっと、失敬、ユニークスキルを貰ったのだから大人しくして、リリアンのことは私に任せたらいい」
「は? そんなのお前の好きにすればいいことだろ」
「フッ、つれないものだね。ルーフ、悪く思わないでくれたまえ。私は君の心配をしてやっているのだ。釣り合わない相手を選ぶべきではないし、夢も抱くべきではない。身の丈に合った相手や夢を選んで探し出すことこそ、その者が幸せになる唯一の道なのだから……」
涼しげな笑みを浮かべ、俺の肩をポンポンと叩いて立ち去るイレイド。後ろから『イレイド様ー、こっち向いてー!』『キャー!』という女子たちの黄色い歓声が上がるのがまた鬱陶しかった。
絵に描いたようなウザキャラだ。大体、リリアンは俺のものじゃないし、あいつだって俺なんて自慢したいだけの相手でしかないんだから余計なお世話なんだよ。
さて、ラッパ隊が勇壮なファンファーレを奏で始めてディナーショーはこれからがいよいよ本番ってところだが、俺は色々と冷めてきたしそろそろ帰るか。
「…………」
俺は人ごみの中を掻き分け、リリアンの屋敷近くにある小高い丘の天辺まで来ていた。ここから俺たちの住むアンシラの街の様子や遠くの青々とした山脈なんかが見渡せるんだ。
程よい風を受けながら中世的な街並みを眺めていると、自分が異世界に来たことを改めて実感する。前世の両親は今頃元気にしてるかな? あんなんでも俺の家族だったわけだしな……。
今思えば、何かあって迷うたびにここへ来ているような気がする。この世界での父さんが教えてくれた場所で、考え事をするときなんかは決まってここにやってきたんだそうだ。小さな悩みも風と一緒に吹っ飛ぶからって。
確かにここへ来ると自分の悩みなんてとてもちっぽけだと感じる。難点があるとしたら、リリアンの屋敷の前を通らなきゃいけないことくらいか。
かなり前にあいつと一度ここへ来たことがあるが、借りてきた猫のように黙り込んでたっけな。あつにも悩みなんてあるんだろうか? 普段の余裕綽々の態度を見てると想像すらできないが……。
「――やっぱりここにいたのね」
「あっ……」
つんとした声がしたので振り返ると、リリアンが膨れっ面で俺を見下ろしていた。
「なんだよ。この場所覚えてたのか」
「当たり前でしょ! あんたがあたしを初めてデートに誘った場所じゃないの!」
「は、はぁ? デートって……てか、その口調はなんだよ。腐っても伯爵令嬢だろ?」
「きょ、今日はあたしの誕生日だし、無礼講よ! それに、あたしたち幼馴染なんだし……」
「まあ、そりゃそうか。それより、折角の誕生日を祝ってくれてるのに主役が抜け出してきて大丈夫なのか?」
「あたしがあの屋敷をこっそり抜け出すのはいつものことだし、全然平気」
「…………」
昔、ここにリリアンを探しに兵士たちがやってきて、何故か俺が悪いってことにされて死ぬほど絞られたんだけどな……。
「……綺麗……」
「……あ、あぁ……」
黄昏に染まった都の景色を見て、切なそうに呟くリリアンの横顔が、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
「あたしね、婚約なんてしたくない」
「……それなら断ればいいだろ?」
「わかってないのね。断っても断っても、お父様は私の婚約相手を見つけようとするの。好きでもない人と一緒になるくらいなら、ルーフ……あんたと婚約するほうがマシよ」
「お、おい、気持ちはわかるがマシって言い方はないだろ」
「だ、だって、本当のことなんだもん……。それより、あたしに誕生日プレゼントとかないわけ? 本人の口から言わせないでよね」
「うっ……」
リリアンに不意を突かれてしまう。そんなの全然用意してなかった。
「冗談よ。あんたには初めっからそんなの期待してないし」
「言うなあ……。こ、この絶景がプレゼントだ」
「ふんっ。あんたのモノじゃないくせに。でも、ありがと……」
「あ、あぁ……」
「「……」」
しばらく無言が続いて胸が高鳴ってしまう。な、なんで俺がこんなやつにドキドキしなきゃいけないんだか……。向こうも似たようなことを考えてるかもだが……。
「あっ……」
あいつのほうをふと見やったとき、リリアンはこっちを向いて目を瞑っていた。こ、これって……しろってことだよな? そう思って俺が彼女の肩にそっと手をやると、ビクッとした反応はあったが抵抗しなかった。
「リ、リリアン……」
「ル、ルーフ……んん……」
俺たちが唇を交し合うと、まるで時が止まったかのような錯覚がした。俺とリリアン以外の何もかもが停止して、音さえも聞こえなくなったみたいだ……。
「――い、いつまでやってるのよ!」
「いたっ……⁉」
パチンという音とともに頬に衝撃が走り、俺はリリアンから顔を離した。
「……な、何すんだ。お前のほうから誘ってきたくせに!」
「ふん……プ、ププッ……」
「変なやつだな。何がおかしいんだよ」
「だ、だって、ルーフの頬、手の跡がついちゃってるし……ププッ……」
「お前のせいなんだけど?」
「ご、ごめん……。だって、初めてだったからよくわからなくて、気持ちが凄く上がっちゃって、つい……」
「もういいよ。それより、リリアン。いずれ誰か探しに来るだろうし、早く屋敷に戻らないと――」
――『【迷宮スキル・異次元の洞窟】を発見しました』
「えっ……」
「そ、そんなびっくりした顔して、どうしたの、ルーフ?」
「あ……いや。今、頭の中で変な声が聞こえてきた気がして……」
「えぇ……?」
声が聞こえただけじゃなかった。刻み付けられたかのようにずっと残ってるんだ。これってつまり、リリアンとキスしたことがきっかけで【迷宮】スキルを使えるようになったってことなんだろうか……?
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