全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件

へぶん99🐌

一話 一般人in邪教徒


 生物の気配がしない月明かりの夜。フード付きの外套を羽織った黒ずくめの集団は、引き絞ったクロスボウを構えながら森の中を歩いていた。


「…………」


 集団の一人であった俺は、周囲の闇に神経をすり減らしながら歩みを進める。

 俺達は森の中に逃げ込んだ敵を追って編成された小隊だ。その数にして十人。いずれも訓練された『アーロス寺院教団』教徒である。


 数時間前、俺達は『アーロス寺院教団』の幹部にとある任務を任せられた。森に逃げ込んだ女の首を持ってこい、という任務だ。

 教団に近付いた不届き者がいたんだろう。まぁそういう輩を排除する任務が降りてくるのは良くあることだ。俺達雑兵は口封じのために動かされるのが常である。


「!」


 前方で斥候を勤めていた男――確かロイドという名前――が「止まれ」の合図を出す。ハンドサイン曰く、敵を見つけたらしい。

 目を凝らしてみると、崩れかかった廃屋に目標の女が見えた。俺達は幹部から彼女の首を要求されている。


 全員が敵の姿を認識すると、ロイドは人差し指をくるくると回した。「取り囲め」の合図だ。俺達は頷き合った後、足音と呼吸音を立てずにゆっくりと廃屋を取り囲み始める。


 完全に包囲された敵。彼女は俺達の接近に気付いていないのか、腹部の治療に夢中だった。幹部と戦った際の傷だろうか。ただ、彼女の治癒行為を黙って見ているわけにもいかない。このまま放置すれば女を取り逃がす可能性が生まれてしまうからだ。


 ロイドの決断は早かった。彼はクロスボウ発射の合図を出した。それと同時、俺達十人は一斉に矢を放つ。鏃に劇薬の付着した矢だ。掠れば命はない。

 加えて、常人ならば反応することすら出来ない強化クロスボウから放たれた矢だ。それが四方八方から十本分。絶対に避けきれない。


(確実に殺った。相手が原作キャラじゃなければの話だが――)


 そんな思考が脳裏を掠めた直後、たんたん、と木を貫く乾いた音が響き渡った。


「なっ――」


 誰かが声を上げる。十本の矢が女を避けるような軌道を描いたのだ。


 ――矢避けの加護。

 そんな言葉が脳裏を過ぎって、俺は全てを察する。


(間違いない、アレは原作キャラが使う風の魔法の一種だ!)


 風の魔法使いに対して弾や矢の類は無意味だ。俺は女の正体を悟って剣を抜く。しかし、彼女を只人と考えていた他の者は、有り得ない状況を前にして一瞬の思考停止状態に陥ってしまう。


 そんな隙を彼女が見逃すはずも無く――まず、ロイドの首が飛んだ。一人、また一人と狩られていき、時計回りに兵士の首が宙を舞う。瞬く間に四人、いや五人が絶命した。


(クソクソクソ!! 何でこんな時にネームドがっ!!)


 血飛沫の雨の中で踊る銀髪の女。その姿を見間違えるはずがない。彼女は風の魔法使い――セレスティア・ホットハウンド。我ら『アーロス寺院教団』と敵対する『ケネス正教』幹部序列七位のシスターである。


 彼女は原作では所謂『弱キャラ』に位置する人間だ。しかし、それはあくまで化け物共しかいないストーリーの中での話。俺達のような名無しモブは逆立ちしたって敵うはずがなかった。


 彼女は右手に小ぶりなナイフを構えながら、風の魔法を利用して木々の隙間を縦横無尽に飛び回る。

 狩る側から狩られる側に回った俺達の瓦解は早かった。あっという間に連携が崩れ去り、俺以外の教徒は悲鳴を上げながら肉塊へと変わっていく。


(ウソだろ、こんなに人数差があるのに!!)


 俺達兵士は一般人の中では十分化け物みたいな存在だ。兵士として訓練されたからこそ分かるが、一般人相手には確実に負けないだろうという自負がある。


 だが、相手は一般人に非ず。頭のおかしい化け物でしかない。奴らの扱う理不尽な力の前には無力なのだ。残った教徒達は次々に討ち取られていく。


 隙を見て逃げることすら許されない。逃げられない。戦うしかない。たとえ死ぬと分かっていても。


「おっ、オクリー! どうすりゃこいつに――」


 数少ない顔見知りの兵士が涙ながらに俺の方に振り向いてくる。


「お話している暇はありませんよ?」

「あっ」


 柔和な女声が飛ぶと同時、目の前に不可視の衝撃波が過ぎった。

 風圧で視界が奪われる。程なくして瞼を開くと、そこには上半身と下半身を切断された男の姿があった。


「お……くりぃ……」


 涙面の男は俺の足にしがみつくと、血走った目を開いたまま事切れた。何をされたのかすら分からないまま死んだ。

 多分風の魔法で攻撃されたのだ。ただ、それが判明したところで対処法がない。


(どっ――どうするんだよ!! 勝てるわけがない!! でも……絶対に逃げられない……!!)


 雑魚だから勝てないのか、勝てないから雑魚なのか。最後の一人になって追い詰められた俺は、がたがたと震えながら剣を構えた。


「うふふ、不快ですわ。そちらのトップは十名の雑兵でわたくしを仕留められるとお思いで?」


 あぁ、原作と同じ声だ。透き通るような美しい声。歯をかちかちと鳴らしながら、俺は涙ながらに笑った。


 銀の髪。紫の瞳。素肌を隠す修道服。ゆるふわな女性かと思いきや案外戦闘狂で危なっかしいところがあって、個別ルートに入ると甘々な展開があって。原作であれば頼れる上に可愛いシスターだったのに――あぁ、敵に回すとこんなにも恐ろしい。


「では、さようなら。来世は敬虔なケネス正教徒として生まれてきてくださいね?」


 セレスティアはこちらに手のひらを向けてくる。

 あぁ、終わった。無駄な足掻きすらできない。貧相な剣を構えたまま、その覚悟すら出来ないで俺の人生は終わる。目の前の風景が歪む――その直前。遥か後方から超高速で飛来する物体があった。


「!?」


 セレスティアが息を呑む。矢除けの加護を受けているはずの彼女は、その物体に対して回避行動を取った。セレスティアが元いた場所は高速の物体の直撃を受けて爆散する。

 着弾点の程近くにいた俺は吹き飛ばされ、後方の木の幹に背中から叩きつけられた。


「がっ……は!」


 身体中から硬い何かの砕ける音が飛ぶ。俺は血を吐きながら地面に倒れ伏し、新たなる化け物の襲来を察した。

 あぁ……アイツが来た。最悪だ。『アーロス寺院教団』幹部序列六位、ヨアンヌ・サガミクス――教団きっての狂人が駆けつけたのだ。


 飛来した物体はヨアンヌの生首・・・・・・・。そこから治癒の魔法を使って身体を生やした彼女は、産まれたままの姿でけたけたと笑った。


「そこのオマエ、マーカー・・・・の役割サンキューね」

「がっ……ごほっ! め、滅相もないです……」


 俺は血痰を吐きながらヨアンヌに返事した。彼女の機嫌を損ねた瞬間、俺は確実に死ぬ。返事を返さなかったらお終い。無視したら死ぬし、逃げたら死ぬし、セレスティアと戦っても死ぬ。一体どうすればいいと言うのか。


「……ヨアンヌ・サガミクス。穢らわしい邪教徒の犬が」

「はぁぁ……教祖様の素晴らしさが分からないなんて、哀れな蛆虫だね」

「あらあら、威勢が良いですね」


 軽い会話の後、化け物同士の戦いが始まる。


 血潮が飛び散り、どちらのモノとも分からぬ肉塊が舞い踊る。ヨアンヌに至ってはわざと首を切り離して肉体を生えさせた後、セレスティアに向かって奇襲を仕掛けるほど。


 ――この世界では、治癒の魔法が使えなければ話にならない。

 戦いの中で身体が千切れるのは当たり前。むしろ欠損部位を回復できない方が悪い。その程度で死ぬ方が悪いのだ。


(何なんだ、こいつらは……!)


 ヨアンヌの強靭な膂力から放たれる弾丸のようなパンチで、セレスティアの右腕が吹き飛ぶ。だが、セレスティアは動揺しない。彼女は断たれた右腕を風の魔法で操り、死角からの魔法射撃を試みた。


 それを受け、ヨアンヌは背中からの突風で身体を粉微塵に切り刻まれた。しかし、すぐさま蘇生・・して肉弾戦を仕掛ける。ヨアンヌの得意とする爆発的な治癒の魔法だ。どれだけ殺そうともキリがない。セレスティアに同情する気はないが、ヨアンヌの怪物っぷりは度を超えている。


「威勢が足りないねぇ、セレスティアァ!?」


 ただ、ヨアンヌが怪物ならセレスティアもまた怪物。どれだけ身体を吹き飛ばされようと、類稀な精神力を以て的確に反撃している。

 二人共、本当に同じヒトという種族なのだろうか。このままじゃ戦いに巻き込まれて死ぬのがオチだ。俺が何とかしないと。


(俺の武器は……毒矢つきのクロスボウと、鉄の剣……)


 無理だ。魔法の力を持たない俺がちょっかいをかけられる場面じゃない。

 だが、戦闘が膠着状態であることに加えて、一対二の人数有利を示せたなら……セレスティアは退却してくれるかもしれない。


 俺は毒矢を仕込んだクロスボウを構え、高速移動しながら戦うセレスティア達に向けて矢を射出した。


「!」

「オマエ……」


 矢が二人の間を掠める。二人は驚いたようにこちらを見た。次なる毒矢を放つと、セレスティアの防護壁によって呆気なく弾かれた。


「なるほど、貴方は有象無象ではないのですね」


 俺の放つ猛毒の矢が鬱陶しかったのか、それとも埒が明かないと考えたからか、セレスティアは落ち葉を巻き上げて目くらましを使った。旋風が消え去ると、セレスティアの姿はどこにもなかった。


「はぁぁ……逃げやがった。今度こそ殺せると思ったのに」


 ヨアンヌは裸のまま唾を吐き捨てる。しばらく空を見上げたかと思うと、彼女の緑の瞳がこちらを睨んだ。


「おいオマエ。ただのマーカー役にしてはえらく肝が据わってるじゃんか」

「あ、ありがとうございます……」

「傷見せてみろ。あーこれは軽傷だな」


 言われるまま身体の傷を見せると、彼女は俺に治癒の魔法をかけてくれた。普通に重傷なんだが、という感覚の違いは置いといて、それよりも驚いたことがある。


(お、おい……ウソだろ。こいつこんなキャラだったか? 使い捨ての部下なんてどうでもいい、みたいな性格だったはずなのに……)


 目の前でメッシュの入った青のウルフカットが揺れている。ヨアンヌは喋らなければ普通の少女に見える――そりゃ当たり前だけど。


 それはそれとして全裸のままのヨアンヌが気になったので、羽織っていた黒い外套を肩に乗せてやった。これで目のやり場に困らなくて済む。


 ローブを掛けられた彼女は、驚いたように螺旋状の瞳を見開いた。治癒の手を止めて俺の顔を覗き込むと、蛇のような舌で己の唇を舐めるのだった。


「……オマエ気が利くな、え? 名前、何て言うんだ」


 何故か名前を聞かれてしまった。答えないわけにもいかないが、凄まじい拒絶感が伴った。


「オクリー・マーキュリーです」

「その名前、覚えたぜ」


 しかも覚えられたんだが。最悪だ……。

 まさか、気に入られた……とかじゃないよな?


「おいオクリー、一旦帰るぞ。ここに居ても何もない」

「は、はい……最後にひとついいですか?」

「あ?」

「その、死んだ奴らを埋葬してやりたくて」

「好きにしろ」


 ヨアンヌは吐き捨てると、近くにあった岩に座り込んだ。

 俺は彼女の監視の元、ボロ雑巾のように使い捨てられた九人の亡骸を土に還した。何かが違っていれば、俺もこうなるはずだった。せめてもの弔いとして埋葬だけはしてやりたかったのだ。


「オマエ、変な奴だな」


 原作屈指の狂人であるヨアンヌに言われて、お前にだけは言われたくないという言葉を何とか呑み込む。

 かくして、正教徒と邪教徒の激突は一応終わりを告げた。


 しかしこの出来事をきっかけに、俺の運命は大きく変わっていくことになる。

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