12 美味しくてふかふかです

 玄関ホールでの立ち話も疲れるだろうということで、ラストに半ば誘導される形でアーヴェントがアナスタシアを食堂へと誘う。一方のアナスタシアは立ち話のままでも大丈夫と遠慮するが、同時に彼女のお腹の音が先に返事をしてしまう。


 結局、夕食も兼ねてという話に落ち着いた。


「すいません……はしたない所をお見せしてしまって……」


 テーブルについた矢先に顔をアナスタシアは顔を真っ赤にしながら、対面に座るアーヴェントに謝罪の言葉を口にした。相手は軽く口元に手を当てくすっと笑みをこぼしながら返事をする。


「いや、気にしなくていいさ。昼食は抜いていたんだから仕方ないだろう」


(あ……とても柔らかい笑顔……)


「は、はい」


 アナスタシアはアーヴェントが見せた笑顔に見とれるのをぐっと我慢して口を開く。ちょうどその時、ラストが夕食を運んできてくれたようで部屋の扉をノックした後に入室してきた。


「お待たせ致しました。どうぞ、召し上がってくださいませっ」


 アナスタシアの前に料理が並ぶ。パンにサラダ、そしてメインは鶏肉のソテーだ。


(焼きたてのパンの匂い……すごく久しぶり……それに彩りの綺麗な野菜にハーブの良い香りがする鶏肉も美味しそう)


「それじゃ、頂こうか」

「はい。頂きます」


 見た目と匂いからも分かっていたが、どの品も美味しい。アナスタシアの口の中は幸せの味で溢れていた。それもそのはずだ。これまでの彼女が口にしていた物といえばメイが屋敷の食事で出た余り物や残飯だったのだから。


(こんな美味しくて暖かいご飯、久しぶり……)


 思わず目頭が熱くなるのを堪える。するとアーヴェントから声が掛かる。


「口に合ったようで何よりだ」


「はい。とても美味しいです」


 アナスタシアの言葉を聞いたアーヴェントは止めていた手を動かして料理を口にする。その様子を見ていたアナスタシアはあることに気付いた。自分の前に並べられた皿の数とアーヴェントの前に並べられた皿の数が違うのだ。


(もしかして……私のお腹に配慮して頂いていたのかしら……)


 これまでちゃんとした物を口にしてこなかったアナスタシアの胃に配慮した品数になっていたのだ。アナスタシアはお腹も心も満たされていた。食後には温かいお茶が出され、それも口にする。


「それじゃあ、サラダに使っていた野菜も自家製だったのですね」


「ああ、敷地内に菜園があってそこで採れた野菜だ」


(庭園に菜園まであるなんて、すごい……)


 話に興味深々な表情を浮かべるアナスタシアをアーヴェントは静かに見つめていた。そんな会話で夕食は終わりをむかえる。気が付くと窓から見える外はすっかり夜になっていた。


「今日は疲れただろうから、ゆっくり休むといい。ラスト、頼む」


「かしこまりました。それではアナスタシア様、参りましょう」


「は、はい……」


(どこに案内されるのかしら……)


 見送るアーヴェントに一礼をした後、アナスタシアはラストに案内されて屋敷の廊下を歩いていく。ある部屋の前に着くとラストが振り返って声を掛ける。


「こちらがアナスタシア様の寝室になります」


「私の寝室……?」


「はい。寝室です。どうぞ、中にお入りください」


 そう言いながらラストが部屋の扉をゆっくりと開ける。アナスタシアが部屋の中に入ると眩しいほどの光景が広がっていた。白を基調とした壁に綺麗な装飾が施された家具の数々。そして天蓋がついたベッド。見るもの全てが輝いて見えた。


(すごい素敵なお部屋……!)


「えっと……こんな立派なお部屋を使わせて頂いていいのかしら……」


「もちろんですよ。この部屋はご主人様がアナスタシア様の為にご用意したものなんですからっ」


「アーヴェント様が……?」


「はい。ですから、お好きなようにお使いください。足りないものや欲しいものがあれば私や他の使用人に気軽にお申し出くださいね」


「ありがとう、ラスト」


(こんなに素敵なお部屋を用意してもらって、他に欲しいものなんてないと思うけれど……)


「それではお休みなさいませ」


 そう言ってラストは一礼をして寝室を後にする。それからアナスタシアは恐る恐る部屋の中を見回す。大きなクローゼットには沢山の綺麗なドレスが仕舞われていて、衣類なども綺麗に収納されていた。今まで暮らしていたボロ小屋と比べると雲泥の差に思えた。


「自分の部屋なんて……本当に久しぶり。ちょっと落ち着かない感じもするけれど……アーヴェント様が私の為に用意してくれたって思うと嬉しい……」


 胸に軽く両手を当てながらアナスタシアは呟いた。それからも部屋の隅々を見てまわった後、頃合いを見てベッドに入る。


「すごいふかふかのベッド……まるで雲の上に乗ってるみたい……!」


 今までは固い木製の板の上に藁をしいて寝ていたアナスタシアには夢のような感覚だったようだ。


「明日、アーヴェント様に会ったら……お礼を言わなくちゃ……」


 ベッドに横になって天蓋を見つめていたアナスタシアの瞼が次第に重みを増していく。緊張が解けたアナスタシアはゆっくりと眠りに落ちた。

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