第19話 ゼッタイの結論

「ブレイバー。入れ」


 苗字で呼ばれるのは新鮮だな、と思いながら、ライリーは檻の中へと入った。あの男の話曰く、裁判は明日に行われ、刑罰の重さによってはその場で執行される、との事だった。


 ライリーは、明日を迎えたくないな、と思いながらも、部屋の端に開いた穴以外何も無い石造りの部屋に座った。


 ライリーは、自らの刑罰について考えた。


 その場で執行、ということは、死ぬことは間違いないんだろうな。首を絞められるのかな、斬られるのかな。エレットには見られたくないな。


 彼女の思考は、驚くほど落ち着いていた。パニックになるようなことも無く、冷静にどう死ぬのかを考えている。少なくとも、ホテルで捕まる前の数刻の方が焦っていただろう。つまり、これは一種の諦めなのであった。


 ぱちぱちと瞬きをしていると、いつの間にやら眠気が襲ってきた。ライリーは、文字通り死んでしまいそうなほどリラックスしていた。


 死ぬって、どういう感覚なんだろう。寝るみたいな感覚……?まあ、いいや。もうすぐ知れるだろうし。


 ライリーは、そんなことを考えながら眠りについた。


◇ ◇ ◇


 目が覚めた。朝だろうか。窓はない。わからない。


 ――どうでもいい。


 食事はない。心もない。


 ――どうでもいい。


 壁に寄りかかり、ただ呼吸をする。彼女の境遇は、年端もいかない少女に任せるものではなかった。


「ブレイバー。時間だ」


 ライリーが一瞬と感じる長い時間が経つと、外から男がやってきて、彼女の腕を縄で縛った。


 そして、ライリーは屋外に連れられ、城とは反対の方向に歩かされる。無駄に広い道路の真ん中を、引かれる牛のようにとぼとぼと、周囲の人間にチラチラと見られながら歩く。ライリーは、この光景が酷く霞んで見えた。全体が曇り、彩度が低くなったような世界が、朝の街に広がっている。


 しばらく歩くと、目の前に無駄に大きく重厚な建物が姿を現した。恐らくここは裁判所なのだろう。ライリーはその中に入り、先程までのものとは少し違う牢屋に入れられた。


「裁判の開始は昼過ぎだ」


 ライリーは、その言葉になんの反応も示さなかった。ただボーッとしているだけ。沈黙を貫き、暇つぶしもしなかった。時間が過ぎるのを、ジッと待っている。それが、彼女の現在地であった。


◇ ◇ ◇


 男がもう一度やってきた。どうやら昼がやってきていたらしい。ライリーは素直にその場から立ち上がり、手を後ろに回して縄で縛らせる。そして、いかにも「法廷」といった風貌の場所に連れていかれ、他のものとは隔離された椅子に座らされる。


 法廷に設けられた傍聴席は、異様なまでに広かった。立席も含めると、二、三百人は入るのではないかというとんでもない広さで、多くの民衆に裁判を見せようという意欲が伝わってくる。


 弁護士はいない。死刑以外の刑罰になることがありえないためだ。刑を軽くする、だとか、それ以外の刑を適用する、などということはない。ライリーとエレットが部屋にいたという状況証拠は揃ってしまっているし、この国の司法に慈悲や少年法はない。死ぬことは決まっている。


 しばらく椅子に座って待っていると、突如として盛大な拍手が起こった。ライリーがその方向に目をやると、そこから国王、女王、エレットの三人が姿を現した。国王と女王はいつもと変わらぬ表情だが、エレットだけは俯いて顔を青くしている。


 そして、三人はそれぞれ指定された法廷の高所に座り、こちらの方をじっと見始めた。すると、内部から裁判官らしき人が出てきて、国王に一礼してから法廷の真ん中に座った。


「それでは、ただいまより、本裁判を開始します。被告人、前へ」


 ライリーは、裁判官の言った通りに前へ進み、証言台前に立たされる。


「ではまず、お名前の方よろしいですか」


「ライリー・ブレイバーです」


 ライリーは、裁判官に聞かれたことを一つ一つ答えていく。


◇ ◇ ◇


「――職業は?」


「エレット王女様の友達……係でした」


「はい、もう結構です」


 本人確認の時間が終わった。すると、今度は昨日までの行動を淡々と説明される。


「ブレイバー被告は、一昨日の夜、城から上下六着の衣服、中型カバンと共に、エレット第一王女を誘拐し、港町のホテルに盾籠った、という容疑があります」


 あまりにも進みが早い。しかし、これは国家反逆罪に対する意識の高さの表れとも言えるかもしれない。


「被告、なにか誤りがありますか?」


「――誘拐ではないです」


 裁判官からの質問に対し、ライリーは小さく答えた。


「ほう、誘拐ではないと。しかしねぇ、城の者の断りもなく外に連れ出すという行為は、誘拐と捉えられてもおかしくないのではないですか?」


「っ……」


 ライリーは勢いや雰囲気に飲まれ、なにも言い返せなくなってしまう。すると、傍聴席から大きめの声が飛んできた。


「庭園で遊んでいた時も手を繋いでいたしねぇ、その気があったんじゃないかしら?」


「きっと、エレット王女さまの意向とは関係なしに連れ回していたんだわ」


 声からして、間違いなくエレットをいじめていた使用人たちだ。彼女たちは、ここぞとばかりにライリーを悪く言う。


 いじめる対象が出来れば、とにかく早く動いて糾弾する。それが民意、この国の考え方であった。


 この裁判の様子を見ていたエレットは、どうしようもなく俯くライリーを見て、やり切れない気持ちになる。もっと反論をすればいいのに。そう思ったのだ。


「エレット王女さまにとって、あの日は無理やり連れていかれたのだから、死罪が妥当ね」


 エレットは、その声を強く否定したやりたいと思った。『それは違う、本人の意見も聞かず勝手に決めないで!』。そんなことを言いたくてたまらなくなった。


 その思考が脳裏に響いた瞬間、エレットは確信した。あの日、自分が逃げたのは、間違いなく自分の意思であったということを。


「えー、それでは、判決を言い渡します。本件は、王女さまの幼さに漬け込んだ、非常に悪質な誘拐事件である。また、今後の政治活動にも深く関わる可能性がある国家転覆を目論む行為だとして、国家反逆罪が妥当であると思われます」


 裁判官は、信じられないほどのスピード判決で、死刑を言い渡そうとした。この裁判をもつれさせるのが国としては面倒である、ということと、それ以外に執行方法がない、ということが織り成す、最短決議であった。


「被告人を――」


「っ!ちょっと待ってください!!」


 裁判官も国王も、もちろん傍聴人も全員が静かになり、王女の方向に目をやった。エレットが突き出した右手には、シロツメクサのブレスレットがあった。


「やっぱり、こんなのおかしいです!!これからの未来を背負った、年端もいかない女の子が……!!わたくしのただひとりの『友達』が!!たった一回の過ちだけで、命を落とすなんて……!!わたくしとライリーさんの小さな旅は、ライリーさんがわたくしを救おうと考え尽くした結果なんです!!」


「――そうは言っても、法律というものがありますので」


「わたくしはセイランス王国第一王女でございます!!」


 エレットは涙を零しながら、机を精一杯の力で叩いてみせた。


「少しは!!わたくしのっ……!!――セイランス王国第一王女のワガママを聞いてはくださいませんか……!!」


 裁判所全体が、強く揺れるようにザワつく。そして、そこにいる全員の視線が、王女一点に集中する。


「静粛に!!」


 裁判官は体裁を保つためにそんなことを言っているが、実際はこの状況に強く困惑していた。なんせ、前例がないのだ。これまで国家反逆罪が適用された人間に、王家の誰かしらがそれを阻止しようとした試しは無い。


 ザワめきは止まらない。誰も止めようとしない。しかし、その騒然は、たった一人の声で止まった。


「裁判官が静粛にしろと言っておるだろう!!」


 ――声の主は、国王だった。


「エレット、それは本心か……!?」


 エレットは、俯きそうになるのを必死に堪え、父親の顔をしっかりと見て言った。


「えぇ……!!本心です!!」


 国王はその言葉に応え、大きな声で宣言した。


「被告人を無罪とする!!」


 傍聴席から、とてつもない量の悲鳴と困惑の声が溢れ出した。歓声はない。そこにいる者全員が驚愕している。こんなことは今まで無かった。喜んでいるのは、エレット、エイド、ルサークだけだった。


 裁判官は国王の言葉を繰り返し、「ひ、被告人を無罪とする!」と叫んだ。この国は国王がゼッタイ。国王が無罪だと叫べば、そのようになるのだ。


 エレットは混沌とした法廷を走り、ライリーに抱きつく。


「良かった……!死ななくて、良かった……!!」


 傍聴席以上に、ライリーが困惑していた。そして、ここまで溜め込んでいた感情がぐちゃぐちゃになり、瞳から大粒の涙が溢れ出す。


「死な、なかった、の?」


「ええ、ライリーさんは死なないんです!」


 ライリーはその場に泣き崩れ、エレットの裾を大きく濡らした。エレットは、そんな彼女を優しく包み込んだ。

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