第7話 決められたあそび

 また、朝が来た。昨日の疲れからか、ライリーは少し疲労を残したまま起床した。ベッドから横へ目をやると、エイドがモーニングティーを作っているのが見えた。ライリーはベットからゆったりと降り、エイドの方へと歩みを進める。


「おはよう」


 ライリーがひとつ挨拶すると、エイドはお茶を抽出しながら挨拶し返す。


「おはようございます。もう少しでお茶が入りますよ」


「ありがとう」


 ライリーは目を擦りながら感謝の言葉を述べた。やはり少し眠い。彼女の調子が元に戻るまでには時間がかかりそうだ。


 今日のライリーにはエレットと遊ぶ予定が入っていた。と言っても、これは二人で取り決めた約束ではなく、王家側が一方的に決めた予定であった。エレットとライリーは既に一度顔を合わせているが、当初の予定では今日が初顔合わせになるはずだった。


 もちろん、二人で自由に遊べる保証は全くなく、むしろどこでいつまで何をするかまて王家が勝手に決めてしまっている。


 ライリーは、ひとつあくびをしてから、エイドに手で合図を送り、部屋の外へと出た。お手洗いに行こうとしたのだ。


 ライリーがふわふわとした歩調で進んでいくと、前からエレットが俯きながら歩いてきた。どうやら彼女は食堂へ向かっているようであった。ライリーはそんな王女に声をかけようと近づく。


「エレットさん、おはようございます」


「――おはようございます」


 ……なんだか反応が遅い。それもそのはず。エレットはライリーと同等かそれ以上に疲れ果てており、とても目覚めが悪いのだ。


「調子はいかが?」


「――ぼちぼちです」


 ライリーの質問にも、くったりとした様子で返す。日々の罵倒、稽古など、とにかく日常的なストレスで参りきっているのだ。


「また後で会いましょうね」


「はい」


 この年代の少女たちにしてはあまりにも憂鬱で、無機質な会話。これが、まだ仲良くなりきっていない微妙な距離感を示していた。


◇ ◇ ◇


 しばらくして、ライリーは裏口の庭園に来るように呼び出された。言われた通りに庭園に向かうと、やはり俯いたままのエレットがちょこんと立っていた。ライリーは彼女に向かって走り出そうとしたが、なんとなく人の目が気になって早歩きにとどめる。


「エレットさん、早いね」


 ライリーが声をかけると、エレットはこくりと一回頷いた。


 今日やることは、庭園で優雅に過ごすこと、ただそれだけ。遊び道具なんかない。あるのは広大な花畑だけ。


 決められた場所で決められた時間過ごすことになんの意味があるのか、と思うが、王家としては危険を伴うものはさせたくないという事情があり、このような歪みが発生しているのだ。


 ライリーは二人だけで遊ぶことを期待したが、使用人三名による監視付き。(そんなに気を張るなら、私の部屋に入ることすら防げたんじゃないか)とライリーは考えたが、むしろアレがあったからこそ警備を強化したのかもしれないと思った。


 しかし、このような場面はむしろポジティブに捉えるべき。使用人たちに顔を覚えてもらう良い機会になると割り切り、まずはなにかをしようと試みる。


 ――あれ、なにをすればいいんだ?


 ハッキリ言って、ライリーは機転がよく効くタイプではない。どちらかといえば、ありきたりなことを無難にこなすタイプ。人が監視している中、なんの道具もない中で遊べと言われても、ただ苦しいだけで何も生まない。


「と、とりあえず歩こっか」


 ライリーが提案すると、エレットはまた頷いた。ライリーは、エレットの手をしっかりと掴み、庭園の小道へと歩みを進めた。


 苦しい。本当に苦しい。なんせ、やることがないのである。たとえ「白いお花が咲いていますね」などと言ったとしても「そうですね」と返されるのがオチである。


 どうしよう、困ったものだ。そんなふうに考えていると、ブーンと低音が耳元に響いた。ライリーは少し驚いたが、エレットはその比じゃないほどに驚き、「きゃぁぁぁ!!」と大声をあげる。


 ――虫だ、黒い虫。恐らく花の蜜を吸いに来たクマバチだろう。ライリーはエレットを自らの傍に引き寄せ、ハチの退陣を待つ。使用人が何とかしてくれるかもしれない、と期待を持って彼女達の方向へ目をやるが、ヤツらは助けるどころか逃げようとすらしている。


「だ、大丈夫だよ。攻撃しなければ刺さないから」


 そう言ってエレットをなだめるが、彼女は目をギュッとつぶりながらライリーの裾を掴んでぷるぷる震えている。


 ライリーがしばらくその様子を見ていると、ハチはいつの間にかどこかへと飛んでいってしまった。ライリーがその事実をエレットに伝えると、えれっとは片目をチラリと開き、徐々に両目を開いていった。


「ほら、もう大丈夫だよ」


「――そ、そうですか?」


「もちろん。ハチさんはもういません」


「また来たりしませんか?」


「もし来たら、もう一度同じことをすれば良いんだよ。わたしが守ってあげるから」


 ――ライリーは、本当に守れるか不安な中で格好をつけた。しかし、エレットにとってはとても心強かったのか、彼女の顔はパーッと晴れやかになっていく。ライリーの心の中には、彼女を守るという小さな使命感が生まれた。

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