第4話 お茶菓子と呼び出し
「お茶菓子でございます」
エイドがそう言って出してきた皿の上には、スポンジの上にクリームの乗ったケーキがあった。言葉で表せばシンプルであるが、その姿は実に高貴で、比喩的に表せばベールを着た新婦のような姿であった。
「――うわ、すごいなこれは」
ここまで、横柄とまでは行かないまでも、若干驕った態度をとってきたライリーも、この菓子には思わず声を漏らす。城に住むことになった少女とはいえ、これまではあくまで下流貴族の身であった。「貴族」とは付くものの、あくまで『一般人よりはお金があるよね』、程度のものであるため、彼女はこのような高級品はあまり口にしてこなかった。
「はむっ」
それに対しエレットは当然のように口にする。王女様にとっては、このような菓子などなんでもないのだろう。スポンジを小さなフォークで上手く崩し、ひとかけらずつ口に運ぶ。
「えぇー。これまたすごい」
ライリーはそんなエレットにまたも声を漏らした。しばらく食を進める少女を眺め、ついに意を決してフォークを手に取る。
「た、食べてみようか」
あまりに平坦に塗られたクリームの層から、とてつもなく柔らかく仕上げられたスポンジへとフォークを下ろし、そのまま口に運ぶ。
ぱくっ
と口を閉じると、その中には芳醇な香りと濃厚な甘さが広がり、衝撃のあまり目を見開く。
「な、なにこれ……おいしすぎるでしょ」
その言葉だけを放って絶句するライリーに、エイドが横から声をかける
「王宮直属のプロの品ですからね。美味しくて当然です」
鼻高々に説明するエイドにライリーはまた驚く。
「えっ、あなたプロだったの?」
「いえ、こちらは先程運ばれてきたものです」
「だよね。さすがにこんな設備で作れるわけが無いし」
ライリーたちの部屋に設置された調理器具は一般家庭にあるそれを少しだけ高級にしたもの。下の調理場にあるような本格的な設備はない。あるのは小さな炉だけだ。
「あなたは食べないの?」
ライリーがエイドに訊いた。
「いえ、私は食べませんよ。元々二人分しかございませんので」
この時点で既にケーキを食べきっていたエレットはハッとする。自分がここに来る予定はなかった。つまり、このケーキは……?
「ご、ごめんなさい……!わたくし、あなたのケーキを食べてしまったということでございますか……?」
エイドは王女からの謝罪をさらりと受け入れる。
「いえいえ良いんですよ。それより、おふたりとも?私には『エイド』という名前があるのですよ?呼び捨てで構いませんので、せめて名前を呼んでくださると助かるのですが?」
――部屋に沈黙が走る。ライリーは(そんなことはどうでもいい)と言わんばかりにケーキを口に入れ、もぐもぐと二回噛む。それから、ケーキを飲み込まないうちに話を転換する。
「そういえば、わたしのことってお城の人たちに伝わってるのかな?『お友達係が来る』っていうのはみんな知ってるだろうけど、もしかしたら顔は知らないって人が多そうじゃない?」
エイドは少し考えてから返答する。
「……たしかにそうかもしれませんね。もしかしたら、王女さまと採用担当の方、そして私以外には伝わっていない、とかも考えられますね」
ライリーは、噛んでいたケーキをゴクリと飲み込み、お茶を一飲みして続ける。
「歓迎会とかがないのは分かるけど、国王からの任命式とかもないのかな?」
「まあ多忙な方ですから。あまり期待しすぎると損かもですね」
国王の仕事はその側近たちが決める。全体的に嫌われている第一王女の友達係を設置したはいいものの、わざわざ任命に時間を割く必要性はないとして省略されたのだろう。
「そうだねぇ、わたしなんかただの係だもんなぁ」
エレットは、そんなライリーの言葉に少しガクリとして、持っていたティーカップを受け皿に置く。カチャッという大きな音がたち、しまったという表情をしたが、
彼女はフゥとひとつため息をつき、なんとはなしに隣のライリーの表情を覗く。ライリーは、そんなエレットに少しの疑問を抱いたが、わざわざあちらから見てきたことに少し嬉しくなり笑いかけてみる。
エレットは慌てて目を逸らしたが、二人の距離感がだんだんと縮まってきた。これは、『友達ごっこ』をするエレットとライリーの両名が感じることであった。楽しい話ができているわけではないが、こんななんでもない時間が続いて欲しい。そう思った刹那、部屋の戸がコンコンと鳴った。
「失礼します」
「……っ!」
戸の前にいたのは、中年の使用人であった。エレットはその姿に目を見張り、時が止まったかのように動けなくなってしまった。
「王女様っ!探しましたよ!!この後は作法の稽古があると昨日お伝えしましたよね!?」
使用人が怒鳴るように声を張ると、部屋の中に一瞬の沈黙が流れる。そして、沈黙を流した張本人が静寂を打ち壊す。
「談笑などにうつつを抜かしている暇があれば、教養の一つや二つ身につけてはどうなのですか!?」
エレットは、言い放たれた一言に吸い寄せられるように動き始め、部屋の外へと出ていってしまった。ライリーは、そんな彼女を見て、王女という立場の人間がどれほどまでに大変か、という事実をまざまざと見せつけられた。
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