五十嵐隼人の証言
「別に俺は変わったことはやってないっスよ?放課後の水やりを代わってくれって花崎先輩に頼まれたんで、代わっただけです」
「その水やりの交代は前から決まってたのか?花崎」
「ううん。急用ができちゃってね。当日の昼休みに五十嵐くんにおねがいしたの。……ごめんね?五十嵐くん」
「いや、そんな。自分は当然のことをしたまでっス」
再び赤面すると、五十嵐くんは体をくねらせながら頭を掻いた。だが、すぐさま咳払いをすると再び続きを話し始めた。
「あー……、それでですね。自分は急遽花崎先輩の代わりに水やり当番をやったんス。で、機能はミネラル肥料?とかをやる日だったんで、水に溶かして
なるほど。花崎さんの話とも相違はないようだ。
「んで、その肥料ってのは?」
「あそこっス。あそこに保管してあるんスよ。まあ、使いきっちまったんで今は無いスけど」
行儀の悪い体勢で質問を投げ掛ける宮原くんに、五十嵐くんが答える。その指先が指し示したのは、中庭の隅にある小さな農機具小屋だった。
「へぇ。あんなとこに」
「で、自分はあそこで溶液を作って、花にまいて、帰宅したってわけっスよ」
「ね?五十嵐くんは変なことしてないでしょ?」
花崎さんはこちらを向くと、屈託のない笑顔でそう問いかける。だが、宮原くんはそんなことなどお構い無しに質問を続けた。
「ところで、あの花壇には何が植わっていたんだ?」
「え?……あー、チューリップ?いや、タンポポ?」
自信なさげに答える五十嵐くんを見て、花崎さんがクスクスと笑う。
「んもー五十嵐くんったら。あれはガーベラだよ、ガーベラ。ふふ、五十嵐くんも冗談言うんだね」
「へ、へへ。面白かったスか?」
ヘラヘラと笑う五十嵐くんを見つめ、宮原くんは顎に手を当てる。そして、何か考えるような素振りを見せると少し間をおいて、質問を再開した。
「そのガーベラはいつ頃定植したんだ?」
「定食?」
「植物の苗をいつ植えたかってことだよ。確か、四月の中ごろだったんじゃないかな」
首を傾げる五十嵐くんに代わって、今回も花崎さんが答える。どうやら彼は植物に対しての造詣があまり深くないようだ。
「ふーん。それじゃあもう一つ。そのミネラル肥料の散布は毎週必ずやらないといけないのか?」
「え~と……花崎先輩?」
「あ、うん。別に毎週じゃなくてもいいよ。実際忘れる週とかもあるし。ただ、ずっとやらないとお花が栄養不足で弱っちゃうから、定期的にはあげた方がいいんだ」
宮原くんは、花崎さんから聞いた情報をサラサラとメモ帳に書き写すと、右手に持ったシャープペンでこめかみをぐりぐりと押した。
「ふーむ。なるほどなるほど。じゃあ、軽くまとめると、だ。毎日水やりをしていた花崎に代わり、昨日はたまたま後輩の五十嵐が水をやったと。さらに昨日は、肥料を一緒にまく日だったため、五十嵐君はそれも行った。……この流れで間違いないか?」
「ッス」
手にしたメモ帳をパタンと閉じると、宮原くんは立ち上がる。そして、美化委員の二人にヒラヒラと手を振った。
「ま、聞きたいことは以上だ。サンキューな、花崎。それから五十嵐君も」
「そう?じゃあ私達は失礼するね?いこ、五十嵐くん」
「ウス、失礼します」
そう言って二人は相談室を去っていた。
二人が教室を後にして数秒後、宮原くんはこちらを向くと、私に向かってにこりと笑顔を浮かべた。
「さーて、センセー。それじゃあ俺達も行こうぜ」
「えっ?どこに?」
「どこって、決まってるだろ」
やれやれと彼は大袈裟なジェスチャーをする。
「農機具小屋だ。昨日は調べてないし、もしかしたら除草剤の類いを隠しているかもしれない」
「えー。一人でいいでしょ」
「いや、探偵に助手はつきものだろう。ワトソン君」
「誰が助手だ!」
などと反論してはみるものの、なし崩し的に私は宮原くんに連れていかれたのだった。
(私って案外押しに弱いのかしら?)
教頭先生との件といい、最近はこんなことをしてばかりだ。三十歳手前にして自分の新たな一面に出会えたことに、喜べばいいのか悲しめばいいのか……。
そんなどうでもいいことを考えていると、前を歩く宮原くんが急に切り出した。
「今回の事件。もう全体像は見えてるんだよなぁ」
「あら。だったらさっさと言えば良いのに。まさか、犯人の発表に勿体をつけるとこまでフィクションの探偵を真似してるのかしら?」
「そんなんじゃねえよ。ただ、確信が足りないんだ」
くるりとこちらに体を向けると、宮原くんは後ろ歩きで廊下を歩く。そして、三本の指を立てると私の眼前に突き出した。
「センセーはミステリーに必要な三大要素ってわかるか?」
「……忍耐・努力・根性?」
「昭和の運動部かよ。答えはWho・How・Why。つまり、
「ふーん。で、宮原くん的にはどうなのよ?どこまで推理できたの?」
「どうやって花を枯らしたかはなんとなく。で、そこから自ずと誰がやったかも検討がつく。問題はなぜ、つまりは動機なんだよな」
宮原くんはポケットに手を突っ込むと、再び前を向いて歩き出した。
「そこまでわかってるんなら、先生にも教えなさいよ、犯人。ホラ、カモンカモン」
「案外楽しんでるだろ、センセー」
面倒くさそうに溜め息を吐くと、彼はやれやれと首を横に振る。
「動機が無い以上、誰かが夜間に忍びこんでやったっつー線が消えないんだよ。WhoとHowだけじゃあソイツでも出来るっていう証拠にしかならん。ましてや警備員なんかいない田舎の学校だ。現状、外部犯を疑う方が現実的だ」
「なるほどね。つまりは『自信がないのでまだ言えません』ってワケね」
「概ねそうだけどなんかムカつくな、センセーの言い方」
そんなこんなを話しているうちに、私達は中庭へと出た。そして、その隅にひっそりと佇むボロボロの小屋を指差して宮原くんは言った。
「ま、だからこそ確信を得る為にここへ来たんだ。さ、早速調査と行こうぜ。センセー」
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