誰が花壇を枯らしたか①
「ちょ、ちょっと宮原くん!俺達ってなによ!?俺達って!?」
「何って……、そのまんまの意味だけど?」
悪びれる様子もなく、宮原くんは小首を傾げる。そんな彼に、私は慌てて詰め寄った。
「まーまー。落ち着けよ、センセー。警察だのなんだのは少し調べてからでもいいだろ?もしかしたら何かやむにやまれぬ理由ってのがあるのかもしれないし」
「ま、まあ学校側としてもあまり
「だろ?なら問題ないな。じゃあ、花崎。その花壇荒らしについて詳しく教えてくれよ」
彼はポケットからメモ帳を取り出すと花崎さんにそう言った。そして彼女は小さく頷くと、その時の状況をもじもじと語りだした。
「わかりました。……といってもですね?私もよくわからないんです」
「というと?」
「私はいつも、朝はちょっとだけ早く学校に来て花壇の様子を見ます。それで放課後にはお花の水やりをやってから帰ってるんですよ」
「あらそうなの。偉いわね」
「ありがとうございます。へへへ……あっ!すいません!続きですよね!」
花崎さんはコロコロと表情を変えながら、バタバタと手を動かす。妙に小生意気な隣の男子生徒と比較して、私の心は少し和んでしまう。
「えっと、それで今日の朝もいつものように花壇の様子を見に行ったんです。そしたら、昨日まで元気だったハズのお花が、全部枯れていたんです」
あの花壇の光景を思い出したのか、花崎は再びがっくりと肩を落とす。
(しかし、それだけではあまりに情報が足りないわね。やはりここは警察に相談したほうが良いんじゃないかしら?)
顎に指先を当て、そんなことを考える私の横で宮原くんが小さく挙手をした。
「質問、いいか?」
「え?あっ……どうぞどうぞ。何でも聞いて?圭吾くん!」
「昨日の放課後の水やりも同じように花崎がやったのか?」
「えーとね……ううん。昨日はちょっとした用事があってね。他の人に頼んだの」
「他の人?」
「うん!美化委員の後輩でね?
屈託のない笑顔でそう答える彼女とは裏腹に、私は何かが引っ掛かるのを感じた。
(枯れた花達に、前日水やりを代わった生徒……怪しすぎる)
ちらりと目線を上げると、宮原くんも同様の感想を持ったのか、彼としっかり目が合った。だが、私は仮にも教職だ。端から生徒を疑うというのは気が引ける。そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、宮原くんが切り出した。
「あのさ、花崎。状況的にその五十嵐君とやらが何かしたって線はないのか?」
「え?五十嵐くんが?……それはないよー。そんなことする理由がないもん。いつも私の仕事を真面目に手伝ってくれるし」
なるほど。確かにウチの生徒がこんなことをするりもないか。なら、外部犯のイタズラという線が濃厚か?
真面目だからという理由は根拠として弱いが、そんなことをする動機がないのも事実。そこには一応納得したのか、宮原くんは何かをメモ帳に書きこむと、手にしたシャープペンでこめかみをグリグリと押した。
「ん~……、わかった。じゃあ花崎。一応現場も見に行きたいんだか、一緒に行ってもらってもいいか?」
「うん!勿論だよ」
「じゃ、そういうことなんで。センセーも早く準備してください」
「え?」
彼は鞄を掴んで立ち上がると、親指で教室の外をクイクイと指差した。
「いや、ホラ。私はここに居ないと。他の生徒が来たときに困るじゃない?」
「大丈夫だって。わざわざ放課後に時間割いてこんなところにくる生徒なんてほとんどいないよ」
(ぐっ!私もそうは思ってたけど、他人に言われると腹立つわね!)
大人気なく宮原くんを睨んでいると、花崎さんが私の袖を軽く引いた。そして、小動物のような上目遣いでこちらを見上げる。
「中村先生?ダメ、ですか?」
「……ああ!もう!行くわよ!行きゃあいいんでしょ!行きゃあ!」
半ばヤケクソ気味にそう答えると、私は荷物の中からノートを取り出し、その内の白紙のページを乱雑に破りとった。そして、そこに『急用にて外出中。御用の方は後日お越しください』と殴り書き、教室のドアに張り付けた。
「さあ!行くわよ!二人とも!」
昇降口から外にでて、ぐるりと校舎の裏側に回った中庭の一角に、
「うぉ。見事に枯れてんなぁ。こりゃあ」
花壇に着くと、宮原くんはさっそくその中の一輪を摘み取った。水分がほとんどなく、この距離でもカサカサという音が聞こえてきそうなその花は、彼が指先で触れるだけであっさりとその花弁を散らしてしまった。
「この枯れかたは、荒らしたっつー感じじゃあなさそうだな」
「そうね。除草剤か、もしくはそれに準ずる物をまいたって感じね」
腕組みをしながらそんな感想をそれぞれが口にする。その時、私の視界の端になにやらキラキラしたものが映り込む。
「あら?何かしら?」
花壇の縁に散らばっていた、そのキラキラとした砂粒のようなモノを指でつまむと私は手のひらに載せてみる。
「塩?かしら」
「ああ。それは多分肥料ですね。ミネラル肥料」
手のひらのうえのソレをじっと見つめながら私は小首を傾げる。
「まあ、平たく言えば植物の栄養剤ですね。ミネラル……つまりはカリウムやナトリウム、マグネシウムなんかの必須元素が含まれた肥料なんですよ。ウチの学校では、お花の栄養不足を補う為に週に一回くらい、お水に溶いて
「なに?」
宮原くんは急に立ち上がると、花崎さんの方に詰め寄った。
「それは本当か?花崎」
「えっ?うん。……言わなかったっけ?」
「言ってない」
ハァッと呆れたように肩を竦める宮原くん。彼なりに何か気付いたのかもしれない。だが、花崎さんの口振りから、以前からずっと使っている肥料であることは間違いない。それが、急に花の枯れる要因に繋がるのだろうか?
「ね、花崎さん。このミネラル肥料?ってまだあるのかしら?一応どんなものか確認したいんだけど」
「ごめんなさい。昨日使った分で在庫が無くなっちゃったみたいなんです。……また顧問の先生に発注をお願いしないと」
頬に手を当てぶつぶつと呟く花崎さん。その時、彼女は何かを思い出したようにこちらを向いた。
「あっ、中村先生。その肥料、人体にあまり良いとは言えないので、ちゃんと手を洗っといてくださいね」
「あー、そうね。じゃあそこの水道で……」
手のひらでキラキラと輝く物体を払い落とそうとした次の瞬間。宮原くんが此方に向かってズンズンと歩み寄ってきた。そして、私の手首を右手で掴むと、空いた左手でその肥料をつまみ上げた。かと思うと、彼はソレを何の躊躇もなくペロリと舐めたのだった。
「…………うん」
「なにやってるんですか!圭吾くん!体に悪いですよ!」
「ほら!ペッしなさい!宮原くん!ペッて!」
慌てふためく私と花崎さんを他所に、彼はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。
「ちょっと、見えてきたな」
「えっ?」
「後は、そうだな……最後に
「うーん。大丈夫だと思うけど、今日はムリかも。もうこんな時間だし」
そう言って花崎さんは中庭の時計を指差す。そこでは時計の針達が、18時を差そうとしていた。
「確かに文化部や帰宅部はとっくに下校している時間ね。じゃ、あなた達も今日は帰りなさい。気をつけてね」
「へいへい。じゃあさ、花崎。明日の放課後、五十嵐君を呼んでくれないか?」
「うん!わかった!」
「サンキュー!センセーもそれでいいよな?」
「えっ!?私も?……明日は相談室の日じゃないんだけど」
「いいじゃねえか。乗り掛かった船だろ?」
そういう台詞は普通、こちらから言うものだろう。だが、この事件が気にならないかと聞かれたら、当然気になると私は答えるだろう。明日もし、彼らに付き合うことでこの事件の真相を知ることができるのなら、一日くらい探偵ごっこをするのもやぶさかではない。そんな気持ちになってしまった。
「……ふぅ。わかったわよ。じゃあ花崎さん。明日、その五十嵐くんを相談室に連れてきてくれるかしら?」
「はい!」
そう告げると、その日は宮原くん達と解散するのだった。
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