アラサー教師・中村恵美の事件簿

矢魂

誰が花壇を枯らしたか

創設!探偵倶楽部!①

 溜め息をすると幸せが逃げる。なんて子どもの頃から母親に注意を受けてきた。だが、今になってその教えは間違いだと声を大にして言いたい。


「……はぁ」


 幸せじゃないからこそ、溜め息が出るのだ。


 遡ること数日前。カタカタとキーボードを打つ音と、ボールペンが紙の上を走る音が響く職員室の中。高校教師としてそれなりに真面目に働いていた私、中村恵美なかむらえみの肩を誰かがポンと叩いた。


「いやぁ~。精が出ますなぁ、中村先生」

「……教頭先生。お疲れ様、です」


 振り向いた私の前には、背の小さい初老の男性が張り付けたような笑顔でにこりと微笑んでいた。


「えっと……なんでしょう?」


 彼は、私の在籍する土居中どいなか高校に勤務する教頭だ。普段から世間話を頻繁にする間柄……というわけでもなく、彼が他の教師に話しかける時は大体が小言か頼み事と相場が決まっている。故に私の背筋はピン!と伸びた。


「いやぁ。大したことでは無いんですけどねぇ?」


 そう言って教頭は片手に持っていた新聞紙をバサリと広げた。


「最近、何かとニュースで見るじゃないですか。イジメや不登校。青少年による犯罪や、その……自殺なんかね?」

「はぁ」

「幸い我が校ではまだそう言った話は聞きませんが、何か手をうたないといずれは問題が起きることは目に見えています」

「まあ、そうかもしれませんね」


 教頭の意図がわからず、私はただ適当な相槌を返す。それに気を良くしたのか、教頭は再び私の肩を叩いた。


「うんうん。やはり中村先生もわかってくれますか?いやぁ。あなたにお任せしようとした僕の考えは間違ってなかったようだ」

「お任せ?……えっと、何をですか?教頭」

「ああ。ごめんごめん。実はね?今回生徒達が日頃の悩みを相談する『相談窓口』を設置しようかと考えてるんだ。やっぱり多感な時期の子どもには、頼れる大人のアドバイスが必要だからねぇ」

「………」


 何か、嫌な予感がする。


「そこでだ。その窓口の責任者を中村先生にお願いしようと思うんだ。ほら。中村先生なら生徒達とも歳が近いし、部活の顧問もやってないでしょ?」

「いや、でも……」

「大丈夫だって!ウチは田舎の学校だから生徒数も少ないしそんなに相談もこないよ。それに毎日やれって訳じゃあないんだからさ。……そうだなぁ。とりあえず火曜日と金曜日の放課後だけでもどう?」

「えぇ?……まあそれくらいなら」

「ホント?いやぁ、悪いねぇ。じゃ、相談場所なんかは追々伝えるから。よろしくねぇ」


 教頭の勢いに圧され、ついつい私は返事をしてしまった。そんな私に向かって、教頭は満足そうな笑顔を浮かべ、足取り軽く自らの席に戻っていったのだった。


 そんな経緯を経て、私は今誰もいない空き教室で一人溜め息を吐いていた。


(生徒と歳が近いからって何よ!普通人生相談だったらもっと経験豊富な人間がするべきよ!それに私以外にも部活の顧問じゃない先生はいるじゃない!そもそもそんなに相談が来ないってゆうなら最初からやるんじゃないわよ!)


 教頭に向かって直接言えなかった反論の数々を、心の声で私は吐露する。だが、スッキリするどころか胃のムカつきが酷くなるだけなので、そんな自傷行為は早々にやめることにした。


「まあ、相談者が来なければ職員室と変わらないし。さっさとお仕事終わらせちゃいましょうかねぇ~っと」


 無人の教室で誰に言うでもなく呟くと、私は鞄の中から書類の束を引っ張りだした。そして、それらを適当な机の上に広げる。だが、生徒達の課題のチェックに取りかかろうとした次の瞬間。相談室の引戸が勢いよく開かれた。


「すいませーん。何でも相談のってくれるってきいたんですが、ここであってます?」


 開かれた扉の前に立っていたのは、陰気な空気を放つ一人の男子生徒だった。履き物の色から察するに二年生だろうか?目元が隠れそうな髪型と猫背のせいで、より不健康そうな印象をうける子だ。


「……なんでもじゃないわ。進路や学校生活についての話だけよ。それから、教室に入る時はノックをしなさい」

「へいへい。次からは気をつけますよ」


 私の注意を適当に聞き流すと、その男子生徒はズカズカと教室に入ってきた。そして、空き教室の脇に退けてあった椅子の中から適当なモノを引き出すと、私の正面にドカリと腰をおろした。


「んじゃ、よろしくお願いします」


 見たことはある顔だ。確か、二年の宮原くん。だが、あまり積極的に授業には参加しないタイプといった印象だ。


「じゃあ、名前と学年。それから相談内容を教えてくれる?」


 私は一旦机の上の書類を片付ける。そして、その代わりに新品のノートを取り出し、真っ白なページを開いた。


「なんだよ、センセー。俺の名前覚えてないの?ヒデーなぁ」

「形式的なものよ。一応学校側として記録をつける必要があるの」


 正直、下の名前までは覚えていなかったが、そこは黙っておく。


「ハイハイ。えーと、じゃあ。宮原圭吾みやはらけいご、2年B組。相談内容は……コレだよ」


 そういうと宮原くんは制服のポケットから、何重にも折り畳まれた一枚の紙を取り出した。


「なに?これ」


 広げてみると、それは『部活の入部届』だということがわかった。


「入部届?何か入りたい部活があるの?」

「ああ。でも入れなんだよ」

「それはまた、どうして……」


 言いながら私は再びくしゃくしゃの入部届に

 目を落とす。そこで、その用紙の違和感に気付いた。


「入部希望先・探偵倶楽部たんていくらぶ?」

「そ、そ。面白そうだろ?」

「ウチの学校にそんな部はないわよ」

「そーなんだよ。だから困ってんだ。無い部活には入れないからさ」

「そうね。無いなら仕方ないわね。じゃ、そういうことで」

「ちょ、ちょ!待ってくれよ、センセー」


 さっさと追い払おうとする私の腕を宮原くんが掴む。そして、さっきまでの気だるげな雰囲気とは一転して、彼は熱く語り始めた。


「部活がないならさ!創ればいいんだって!だからさ、センセー!俺と一緒に探偵倶楽部を始める手伝いをしてくれよ!」


 髪の下から見えた彼の瞳は、年相応にキラキラと光輝いていた。それとは対照的に、私の心は暗く沈んでいく。それは勿論、創部なんてのは面倒くさいことこの上ないからである。

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