第10話 家族

 そんなに金銭的に豊かでないけれど

 家族の愛に包まれて

 愛子は大切に育てられていた


 ある日の休み時間

 女子学生達が

 色めいて

 キャッキャッと話す。


3日後に横浜港に海軍の船が入るらしい。


 愛子の胸はおどる


 徹さんに会える!


 徹さんに会いたい…


 戦時中なのに

 愛子の頭は薔薇色だった


 はやく徹さんに会いたい!!


 時間がはやく過ぎて欲しかったけれど、無情にもいつも通りに過ぎる。


 1日目

 女子学校から電車と自転車を乗り継ぎ、家に帰ると、親と家族が泥まみれで、額に汗して働いていた。

 義姉が、一足早く農作業を抜けて夕食作りにとりかかろうとしていた。愛子も急いで、粗末な着物に着替えて、家族の夕食作りにとりかかる。

 

 今時、食べられるだけありがたい。

ましてや勉強させて頂いている。


 昨日も街場の人が、農作物を分けてもらいにきたが、母が丁寧に断った。

 1人に分けるとまた次の人が来る。

しかも、農作物も国に召し上げられている。そんなに沢山はないのだ。

 とはいえ、やはり作り手だから、あの手、この手を使い残しそうとしたが

召し上げる役人も賢くてなかなかだった。

 隣家では、屋根裏に隠した米が、召し上げ役人が、刀を天井に突き刺さしバレた。

 役人の頭に米粒が1粒落ちてバレらしい。

 屋根裏に隠しておいた米、全てを召し上げられた。家族が食べる分も残してもらえなかった…


 愛子の家では、土間脇の18畳はある板の間に、家長の祖父が、中央に座る。その左の列に上座から父、母、兄、義姉、愛子、弟、弟の順で座る。

 そして、右側に小人の高い順に座っていた。全員分、名名に膳があり、量もおかずも違う。お代わりはない。

 与えられた分を食べる。小人は、麦や粟、魚が出ても尻尾の少しと決まっていた。

 愛子の歳の離れた末弟に孝がいた。数え六つの孝は、とてもヤンチャだった。いつの世も末っ子は、そんなもんだろう…

 親達が、駄目だというのに、農作業に大切な馬を乗り出してしまう。農作業に使う馬だから、脚も太く、サラブレッドのように速くない。力馬なのだ。

 食事中だって、他の皆は、気づかないふりをしているが、孝が、飼育している鶏小屋から生卵を1つちょろまかし、膳の縁で割って、かっこんでいるのを知っている。本人だけが、バレてないと思っているのだ。

 孝より1つ2つ歳上の裕一という小人もいた。ヤンチャな孝は、親分ヅラで裕一に命令していた。相当に裕一も辛かったと思う。口減しに奉公に出されていたのだ。

 愛子のすぐ下の弟は、優秀だった。工業高校の2年生だった。英語が得意で、夕食後によく英語の発音をしていた。「インテリゲンチャ」とそれらしい発音で言うと、孝が面白がり真似をする。弟2人は、二人で1部屋を使っている。

 愛子はというと、この家でたった一人の娘だったのだ。だから、可愛がられて育っていた。

 祖母は、乳ガンで早くに亡くなった。そんな昔にも乳ガンはあった。田んぼを売って、金を作り、医者に見せた。手術をして、片方の乳房をとった。切った乳房の方の腕が、太腿より太くなり、毎晩、祖母は

「ィテェ、ィテェ…」

と小さく嗚咽した…

長男である父が、マッサージしようとすると「触んねーでけろ…」と言う。

 家族は、どうすることもできず…

 ただ見守った…

 助けることはできなかった…

 





 眼を瞑ると徹の笑顔が

 美しい横顔が

 長いまつ毛が

 鮮明に浮かぶ…


 会いたい…

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