3 大市
街で大市が開催される日となった。
エーミールからの捧げものは日干しされ、袋に詰められ、船に載せられた。城から運び出すためだ。
街に到着し船から下ろした袋の中身は金と交換された。驚くことに、平民ならば一年は遊んで暮らせそうなほどの額だった。
あの湖で魚をたっぷり食べ、のびのびと育ったドラゴンの糞は畑の良い肥しとなり、重宝されるそうだ。
「ほーほっほっほ! この音を聞くと若返った気がするのう!」
顔ほどの大きさに膨らんだ小袋をデボラが揺らす。じゃらんじゃらんと小気味いい音が立った。手に入れたばかりの硬貨がぎっしりと詰まっているのだ。
「エーミールちゃんには感謝でいっぱいです。あの子のおかげで
紙幣を数えながらアイリィはため息をつく。
あの日の惨状を思い出し、従者たちと同じ喪服に身を包んだジャンヌはただただ苦笑いを浮かべた。
***
ジャンヌが従者とともに街へ出向くことに、ループレヒトは初めは難色を示した。
しかし新妻の服飾品を揃えるのだと若い女性陣が抗議し、やっと許可を得たのだった。
街へ行くのための条件は「ジャンヌにも黒装束をさせ、決して身分がばれぬようにすること」。
『どうして街へ行くときは喪服を着るのかしら?』
船の上で、ジャンヌは訊いた。
『初めは、魔王に仕える者たちだということがばれないようにするためでした』
船の上でしゃんと背筋を正すアイリィが説明してくれた。
『でも、そのうちあっさりとばれてしまいましてね。街には不届きものも多いですから、やつらを撃退するために従者の一人が魔力を使ってしまったんです。でも、むしろそのほうが好都合でした。私たちに迂闊に近づこうとする者は、今は一人もありません』
だから、あえて目立つため、喪服を着て
『これも、あえて目立つところにつけております』
そう言って、アイリィは胸を張る。そこに輝いているのは、ジャンヌの指輪と同じ色の石をつけたブローチだった。
鉱石の類だと思っていたが、なんとこれはループレヒトの鮮血を固めたものなのだという。
『……旦那様に仕えております従者たちは、私も含め、みな元は従属でございました』
目を丸くするジャンヌをよそに、アイリィは船頭のほうを見上げる。彼が振り向かないのを確認すると、彼女は襟元をはだけさせた。
そこには確かに、焼き鏝の痕があった。従属であることを示す四桁の数字だ。
『従属は魔力が使えない。そう思われていますね。ですが、あれは嘘です。確かに全く使えないものもいますが、たいていは魔力が弱いか、上手く扱えていない者たちなのです。強い魔力を帯びた血がそばにあれば、私のように魔力が放てる者もいるんですよ』
服を正し、アイリィはデボラを振り返る。彼女はいびきをかいて船の上で眠っていた。
『残念ながらと言うべきか……、
彼女はやわらかく微笑んだ。
『私たちはみな、旦那様や先代に救われた命なのです』
***
売上金を片手に、従者たち――デボラをのぞく――がジャンヌを連行したのは、服飾品を扱う店だった。
デボラは『小遣いを増やしに行くのだ』と豪語し、ひとり別行動を取っている。
「ジャンヌ様には青が似合うわ!」
「いいえ! ピンクよ! この前お召しになっていたドレスを見なかったの!?」
「どっちも買えばいいじゃない! この白のレースもお願いっ!」
ジャンヌのボンネットにつけるリボンの色で、三人の若い従者たちはぎゃあぎゃあと喧嘩を始めていた。
「そ、そんな……。勿体ないわ。私なんかのために」
「「「なにを言ってるんですかっ!」」」
三人は目を吊り上げて、椅子に座るジャンヌを振り返る。
「ちっとも勿体なくなんかありません!」
「旦那様にはちゃーんと許可を貰ってます!」
「そうです! いつもは『あまり無駄遣いせぬようにな』(真顔)……なーんて言ってくるくせに、今日は『ジャンヌに似合いそうなものをなんでも見繕ってこい』って言ってましたから!」
「だ、旦那様が……?」
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