7 教義
ジャンヌは立ち上がり、赤毛の少女を突き飛ばした。
はだけた胸元も気に掛けず、枝のように細い両腕を前に差し出し、男に向けて手のひらを見せつける。
「お、お嬢さんっ!?」
従属が血迷ったと勘違いしたのであろう少女が叫んだ。
光の球がぶつかる。ジャンヌは両手でそれを受け止めた。
「……っ!」
腕がばりばりと痺れる。全体重をかけたむき出しの
「お嬢さんっ!」
黒いレースをはめた手に背中を支えられた。
衝撃を受け止めているはずのジャンヌの身体が突然ふっと軽くなる。
「だ、だから言ったじゃないですかっ! 死んでしまいますよ!」
すぐ後ろで、耳をつんざくような声量の叫び声が聞こえた。彼女はジャンヌがとうとう気を失ったものだと思ったらしい。
しかし、無用な心配だった。ジャンヌにはまだしっかりと意識が残っている。
――死んでしまいますよ!
彼女の声だってはっきりと聞こえていたし、言葉の意味も十分に理解できた。
(死ぬわけないじゃない)
そう思って、おさげの彼女に落胆する余裕すらあった。
死ぬわけない。
森の奥に住む魔王の従者ではないのか。それなのに何故わからない。
この程度の魔力で死ねるわけがない。
ジャンヌは、早く死にたかった。
毎日、今日で命が尽きればいいのにと思って生きてきた。
生きるために無感情になる
「死にたい」という感情だ。
正確には、「殺されたい」という感情だった。
ジャンヌは常に自分の「死」を願っていた。
誰かに殺されたいと思っていた。
けれど、魔王ならともかく平民ごときの魔力では誰も自分を殺めることができない。失神させるのがせいぜいだ。
だから、悩んでいる。
だから苦しい。
「お、お嬢さん……?」
赤毛の女の子は、予想とは異なる状況となっていることをようやく察したようだった。
光の球は――男が放った力は――未だにジャンヌが
すぐ後ろで慌てている少女には、従属がただ手を伸ばして固まっているようにしか見えていないのだろう。
しかし、ジャンヌの目には見えていた。自分の前で光が膨れていく光景が。
そして、はっきりと身体に感じていた。雷雲の中にいるような鳴動を。
光は膨張を続け、そして振り上げたジャンヌの手から勢いよく放たれた。
反動でジャンヌと少女の顔に強風が吹き付ける。
光の球は石畳をひっくり返すように路地を走り抜けた。空気を裂きながら追うのは、己を犯そうとしたあの男だ。
「ひええええええええええええーっ!」
風の塊に追尾されていることに気付いたらしい男が二度目の悲鳴を上げる。
しかし、時すでに遅かった。
光は男を突き飛ばし、その体を石造りの建物に激しく叩きつけた。地面が大きく揺れると同時に「ぐええっ!」と
「………………」
身体から力が抜け、膝から
しんと辺りが静まり返る中、おさげの少女がごくんと喉を鳴らした。
「な……」
「何事だっ! なんだ、今の音は……」
「おいっ! どうした!?」
衝突音を聞いた住民たちがやってきて、路地に突っ伏す男にわらわらと集まって来た。
「こいつ、気を失ってるぞ」
「なにがあった!」
ジャンヌが助けを呼んだときとは比べものにならないほどの一体感をもって男は介抱されている。
「あ、あいつらがやったのか!?」
集団の一人がジャンヌたちに気付き、指をさす。しかし、
「あれは……」
黒装束の少女を見るなり、人々は顔を青ざめさせ
「……とりあえず、ここを離れましょう。少しお話しませんか」
少女は落ち着いた様子で言い払うと、手袋を外し右手をジャンヌに差し出した。
「……」
子どもような手のひらと、驚異的、または差別的なまなざしを向ける人々の足元で寝ている男を見比べた。
本来であれば、従属であるジャンヌだって彼の元に行って様子を確認しなければならない。そして罰として
一向に自分の手を取らないジャンヌを見下ろし、赤毛の少女は何度か瞬きを繰り返した。
「どうしました? あの男の元に戻るおつもりですか?」
優しさも、驚きも、叱責も感じさせない、淡々とした口調だった。
「わ、私は……」
無理やり
「……私は、従属なのです」
だから、この少女についていくことは許されない。
今すぐにでもあの男の元に駆け寄らなければならない。死ぬほど嫌だったとしても、命令された以上はまた両脚を開かなくてはいけない。
「私は従属です」
自分を諭すように繰り返す。
「ええ、存じております。その身なりと鎖骨の刻印を見れば一目瞭然です。少々不可解な点もありますが……」
「雇い主のところ以外に、自分の居場所はありません」
「……なるほど」
少女はなにか考えるように数秒だけ目を伏せた後、にこりと微笑んだ。
「ですが、あの男の元に戻れば、あなたは婚前にも
これからジャンヌに襲い掛かるであろう不幸をはっきりと口にしながら、緑の目の中に穏やかな光を
「それは、
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