第7話 マウントポジション



 地獄の面接の翌日、通信端末に審査が通ったことを知らせる通知が届く。

 ついでにエリザから軍人時代の面白エピソードを聞かせてくれという面倒くさいメッセージも届いていたが、これは無視した。


 何はともあれ、無事審査が通ってホッとする。

 もし再審査などになれば、またあの地獄の面接を受けなければならない可能性があるからだ。

 本当にそれだけは勘弁して欲しかったので、通知が届くまでは正直気が気でなかった。

 しかし、これでようやく一息つくことができる。



「くぁ……」



 安心したせいか、急激に眠気が込み上げてくる。

 昨晩は不安やら緊張でほとんど寝られなかったから当然と言えば当然なのだが……、我ながら随分と腑抜けたものだと感じる。

 軍人時代は何日も寝れないことなんてザラだったが、それでもここまで眠気を感じることはなかった。

 それだけ気が緩んだ証拠なのだろうが、それを素直に良いことだと思えない辺り、まだまだあの頃の考え方に毒されている気がする。



「時間は……、まだ9時か」



 今日は午後からシャルと会う約束をしている。

 目的は依頼の準備を行うためだが、万が一審査が通らなかった場合は別のプランを考える予定となっていた。

 もっとも、シャルは審査が通らないなどとは微塵も思っていないようで、準備の話しかしていなかったが……


 まあ、いずれにしても待ち合わせの時間は変わらないため、時間的にはまだまだ余裕がある。

 普段の俺ならトレーニングでもして時間を潰すのだが、今日はこのまま眠気に逆らわず惰眠をむさぼるのも良いかもしれない。

 経験上、2時間も寝れば十分寝た気になれるので、時間的にも丁度いいだろう――





 ◇





「せーいッ!」



 遠くから甲高い声が聞こえたと思った瞬間、腹部に強い衝撃が走り一気に意識が覚醒する。

 一体何事だと思い視線を腹部に向けると、何故か俺の体と交差するように少女がうつ伏せに寝転んでいた。

 一瞬誰だ? と思ったが、未だに近所づきあいのできていない俺にとって、候補となる存在は一人しかいなかった。



「シャル、何故ここにいる」


「何故ここにいる――、とか真顔で言うな! この寝坊助ねぼすけ!」



 シャルはそう言い放ってから俺の腹の上をゴロゴロと往復する。

 以前鉄球で似たようなトレーニングを行ったことがあるが、シャルは体重も軽いうえに重さも分散されているためマッサージとしか感じない。



「な、なんで平気な顔してるのよ!?」


「……状況は理解した。シャルの行動の意図もわかったが……、すまない。残念だが、俺にダメージは一切ない」



 むしろ心地良い――と言うとさらに逆上される可能性があるので、安全のため言わないでおく。



「そんな……、お父様やおじい様は悶絶してたのに……!」


「俺は鍛えているからな」



 アスリートや格闘家などは、大抵の場合腹圧を鍛えるものである。

 腹圧を高めると体幹が安定し、腹部へのダメージも軽減できるからだ。


 俺は軍人時代からずっとデウスマキナ乗りだが、当然直接戦闘も想定して訓練を受けている。

 仮にシャルが100キロ超えの巨体だったとしても、恐らく悶絶することはなかっただろう。



「まあ、それはそれとして本当に悪かったと思っている。罰はしっかり受けるから、できれば体罰以外にしてくれ」


「むぅ……」



 俺がそう言うと、シャルは不満そうにしながらも体勢を変え、馬乗り状態に移行する。

 格闘技においてはマウントポジションと呼ばれる体勢で、下になっている側は圧倒的に不利な状況だ。

 このまま体罰が続行されるのかと思ったが、何故かシャルはそのままシャツ越しに俺の上半身をまさぐり始めた。

 ムズムズとした感覚が背中を走り、腕に鳥肌が立つ。

 まさか、体罰ではなく拷問――くすぐり責めに切り替えたのか!?



「……初めて触ったけど、本当にカッチカチね。お父様やおじい様とは全然違う。一体、どんな過酷な訓練をすればこんな体になるワケ?」



 少し焦ったが、どうやらシャルに拷問する意思はなく、単に俺の体がどんな作りをしているかを確認したかっただけのようだ。


 シャルとは1年ほどの付き合いだが、思えばここまでラフな服装で会ったのは初めてのことかもしれない。

 理由は単純で、俺は外だと年中パイロットスーツを着ているため、人前で肌を出すことがほぼないからである。


 デウスマキナのパイロットスーツは、飛行服などと同じで季節問わず長袖長ズボンであり、グローブやヘルメットの着用も義務化されている。

 運搬など、業務によってはラフな服装で搭乗しているケースもあるが、基本的に肌を露出した状態でのデウスマキナへの搭乗は認められていない。

 特に、危険な環境に挑み、激しい操縦が要求される軍人や開拓者であれば、肌を露出するなど自殺行為に等しいからだ。

 そのためパイロットスーツは、保湿性、耐久性、耐火性、そして耐G(加速度)に優れた密閉型のデザインとなっており、作りも頑丈であるため普通は体のラインなどはわからないのである。


 ……ただ、女性用はデザインも重視されているからなのか、体のラインが主張されているスーツも一定数存在している。

 シャルのスーツもそうなのだが、なんとなくエリザもそういうタイプを着ていそうだと一瞬想像してしまった。


 そんなよこしまな想像をしたせいか、つい視線がシャルの胸に行ってしまい――、今の体勢のマズさに気付く。



「……シャル、頼むから降りてくれ」


「何よ、体罰は嫌なんでしょ? だったらせめて、私の知的好奇心を満たす研究対象になりなさいよ」


「研究対象にならなっても構わないが、とりあえず体勢だけは変えてくれ」


「はぁ? 体勢って………………………………っっ!?」



 シャルの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

 開拓者マニアのシャルであれば全く気づかないという可能性もあったが、流石に今の体勢から何かを連想する程度には知識を持っているようだ。


 それにしても……



「~~~~~~~~っ!!!!」



 声にならない悲鳴を上げて飛び退くシャル。

 その際に弾む胸は、1年前よりも明らかに大きく成長していた。


 子どもの成長のなんと早いことか……

 今思えば俺も急激に背が伸びた時期があるし、恐らくシャルもまだ成長期ということなのかもしれない。



 このキャトルセゾン公国は、帝国と異なり男女ともに16歳で成人として扱われるのだという。

 シャルは今年で15歳になると言っていた(つまりまだ14歳のハズ)ので、来年にはもう大人扱いされる年齢だ。

 俺の中ではまだまだ子どもという認識だが、その認識も近いうちに改めなければいけないだろう。


 ……しかしそうなると、俺はシャルにも苦手意識を持つようになるのだろうか?

 正直、全く想像できないな……





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