マシン&マジック~人魔精霊大戦~
丸井メガネ
第1話 邂合
新ドイツ魔法国閉鎖都市ミュンヘン
国家重要倉庫 通称“墓所”
地球に突如として現れた知的生命体、「精霊」。世界各地を支配下におき、人間を滅ぼさんとしている精霊達によって管理されているこの倉庫は、彼らによって精霊以外の立ち入りが禁止されており、精霊たちによって創られた新たな人類、魔法使い達によって厳重に守られていた。
その墓所の中にある巨大な通路を、一人の黒ずくめの男が歩いていた。
男は暫く歩いていたが、やがて現れた大きな門の前で立ち止まると、彼の上官へと無線を繋ぐ。
「こちら紅一より本部へ、目標地点に到着した。これより侵入する。」
『了解した。既にそちらに敵の警備部隊が向かっている。迅速に済ませろ。』
無線先の上官は紅一に注意を促すと一方的に無線を切る。
紅一は顔色1つ変えずに無線をしまうと、巨大な扉の脇にある水晶に胸ポケットから取り出した一枚のカードをかざす。
すると次の瞬間、いきなり扉から光が放たれ、紅一は抵抗する間もなく視界と意識を奪われて倒れ込んだ。
「……な……。おき……さい。」
意識を失った紅一の頭に、女性の声が響く。
彼は激しい頭痛に襲われながらもその声につられてゆっくりと目を開く。そして眼の前の光景を見たとき、彼は思わず驚きの声を漏らしていた。
そこは彼がさっきまでいた暗い回廊ではなく、巨大な空間が広がっており、彼の視界の先には巨大な十字架と、それに括り付けられている一体の巨大な騎士がいたのだ。
「ようやく起きましたか。まさか人間が来るとは思いませんでしたが、どうやってここまで? 」
先程の声の主と思われる騎士は呆然としている紅一に優しく問いかける。
「……ここは何処だ? お前は誰だ? 」
紅一は平静を装いながら、混乱している頭を素早く回転させて質問を捻り出す。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はアルテミスと言います。名前くらいは聞いたことがあるのでは? 」
その名前を聞いた瞬間、彼はあまりの衝撃に思考がほんの一瞬だが停止した。そして直ぐに武器を抜くと戦闘態勢をとる。
眼の前の騎士が口にした名は、世界の半分を支配する『精霊』と呼ばれる生物の内の一人の名前であり、最初に地上に現れた精霊の名前であった。
「……なぜ死んだはずの精霊がここにいる? 」
「そう警戒しないでください。私は貴方の敵ではありません。」
「その言葉を信じろと? 」
「信じるかは貴方の勝手ですが、私がもし敵なら貴方はもう死んでいますよ。」
敵意を剥き出しにしている紅一をアルテミスは優しく宥める。冷静になった紅一は、数秒程思考した後に剣をしまう。
「分かっていただけたようで何よりです。」
「この状況下では、信じざるを得ないだろう。それで、何か用か? 」
「ええ、貴方にこの拘束を解いてもらいたいのです。」
アルテミスはそう言って自身の身体を縛っている鎖に目線をやる。
「見ての通りこの鎖に力を奪われていて、自力では抜け出せないのですよ。」
「だから鎖を壊せと? 」
「その通りです。勿論、抜け出せた後で貴方に危害を加えたりはしません。それに、ここから抜け出す手伝いもしますよ。」
「分かった、いいだろう。」
紅一は迷うことなく即答する。
「おや、驚きました。案外簡単に信じるのですね。」
「こうする他に選択肢が無いからな。」
紅一は腰に下げている刀を抜くと、アルテミスの身体を縛る鎖を次々と断ち切っていった。
最後の鎖が切られ、自由の身となったアルテミスはゆっくりと地面に降り立つ。
「あぁ、身体の自由を得るのは実に200年ぶりですが、やはり気持ちがいいものですね。」
「それは良かった。それで、どうやってここを出るんだ? 」
「簡単ですよ。この空間を作り出している核を破壊すれば良いのです。」
アルテミスはそう言うと十字架の前にある台の前まで進むと、再び紅一の方を向く。
「さて、ここを出る前に貴方に一つ聞きたい事があります。」
アルテミスの態度は先程と変わらず優しいものだったが、その口調は少しばかり威圧感を感じさせるようなものだった。
「貴方は何故、敵である私のことを解放したのか、本当の理由を答えてもらいます。」
「……やはり分かるか。」
「当たり前です。その様な理由だけで敵を助ける人がいるとすれば、それは本当の馬鹿だけですよ。」
紅一は少しの間黙り込んて考えるが、決心したのかアルテミスの方に向き直る。
「俺は自分の夢の為にお前を解放した、ただそれだけだ。」
「夢、ですか? 」
「そうだ。俺は戦争を終わらせたい。それもどちらかの滅亡という形でなく、どちらとも残る方法でな。」
「それはそれは、また大層な夢ですね。」
「あぁ、この夢は母さんの願いでもあるからな、絶対に叶えて見せたいのさ。だからお前を解放した、それだけだ。」
「なるほど、つまり貴方は私に個人的に協力してほしいと言うことですね? 」
紅一は力強く頷く。
「いいでしょう。ちょうど私も仲間が欲しかった所ですし、お互いにとって利害は一致するはずですので。」
「本当に良いのか? 」
「構いません。私の目的も貴方と似たようなものですから。」
紅一は再び考え込むが、ほんの数秒で顔を上げると、右手をアルテミスの前に差し出す。
「これは? 」
「これは握手と言って、親愛の印だよ。どうだ? 」
アルテミスは少しの間紅一を見つめていたが、不意に小さな笑いをこぼす。
「握手するのは構いませんが、私の体格じゃ貴方と握手はできないでしょう。少し待ってください。」
その直後、アルテミスの身体が眩い光に包み込まれる。ほんの1秒程の発光のあと、視界を取り戻した紅一が目にしたのは、自分と同じ位の背丈で、美しい肌と綺麗な銀髪を晒している裸の美女だった。
「どうです? これでも変身魔法には自身があるのですが。」
突然の出来事に呆然としている紅一を他所に、アルテミスは1人楽しそうに自身の身体を眺めている。まるで子供のようだ。
「せめて服は着てくれ。」
「あら、そうでしたね。これは失礼。」
アルテミスはそう言うと自分の身体を軽く撫でる。すると、次の瞬間には彼女の身体は美しいドレスで覆われていた。
「……まぁ、いいか。それじゃ、改めてよろしくアルテミス。俺は水島紅一だ。」
脳内で情報を処理しきれなかったが、ひとまず紅一は再びアルテミスの前に右手を差し出す。
「えぇ、こちらこそ。私達の目的が成就せんことを願ってますよ、紅一。」
アルテミスが差し出された右手に握り返す。
すると次の瞬間、強烈な閃光が走り紅一の視界を奪う。数秒後、視界を取り戻した紅一の前には、先程の暗くて長い廊下が広がっていた。
「これも魔法か、凄まじいな。」
「何てことありません。あの空間ごと破壊しただけですから。それよりも急ぎましょう。追手が来ては大変ですから。」
「そうだな。お前のことについては帰ってから聞くとするよ。」
「構いません。私も紅一に聞きたいことが沢山ありますから。」
そう言い合いながら、二人は暗い回廊に溶け込むように走り出すと、静かに、そして目にも止まらぬ速さで消えていった。
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