第14話 知らない言葉の世界
次はどの世界に行こうかと考えていた時、珍しく私から提案してみた。
「適当な根幹世界に入って、私の世界と違うところを探してみよう」
要は間違い探しというやつだ。
もちろん、私だって自分の世界の全てを知っているわけではないから、細かい部分で違っていたらわからないだろうけど、大きく違う部分があったら楽しいだろうという、ただそれだけのものだ。
「そうだね、たまには目的もなくぶらりと立ち寄ってもいいかもしれないね」
昴くんも何となく意図は理解してくれたようだった。
◇ ◇ ◇
でも、実際には想定と全く違っていた……。
「なにこれ……。文字が全然読めない……」
アパートの前――ではなく、この世界では本屋になっている場所に現れた私達は、その風景に唖然としていた。
「こいつは驚いたな……。僕もこういう世界は見たことがないや……」
「なんか悪夢みたいで気持ち悪い……」
私達の周りにある文字は見たことがあるようで、でも全く知らない文字が並んでいた。
周りから聞こえてくる言葉も、聞いたことのない言葉ばかりで目眩がしてきた。
「なんだか気持ち悪い世界……。早く出ようよ……」
「う、うん。それでもいいんだけど……。僕も見たこと無い世界だから、ちょっと興味はあるんだよね……」
「うぅ……。昴くんがそういうなら……」
◇ ◇ ◇
私達は、私のいた世界で図書館があった建物に来てみた。
入り口の文字は読めなかったけど、恐らく図書館のようだった。
「図書館なら問題のない範囲でインターネットが使えるだろうから、そこで調べてみよう」
「確かにインターネットなら調べやすいけど……。原因なんてわかるのかな……?」
私は怯えたまま昴くんの服をぎゅっと握ったまま傍から離れられなかった。
それくらい私はこの世界の『何か』に怯えていたのだった。
「うーん、キーボードの文字も違うし、ホームに設定されている検索サイトの図形から想像して色々と見てみたんだけど……」
昴くんがマウスをカチカチと鳴らしてページを表示させる。
「例えば、黒江ちゃん。この文字って何だと思う?」
昴くんが指さした先には『ニ』という棒線が二つ並んだ記号があった。
「うーんと、そのあとに『ュース』っていうのは読めるから『ニュース』の『ニ』かなぁ?」
「そう、僕もそう思う。でも、僕も黒江ちゃんも『ニ』なんて文字は知らない」
「確かに、言われてみればこのニュースサイトも読める字がチラホラあるね」
カタカナの中には『カ』『イ』『エ』『ノ』とか、読める文字もあるけど『ニ』『ケ』『ゴ』『モ』とか読めない文字も沢山ある。
「どういうことだろ……?」
「うーん、海外のサイトに飛んでみたけど同じだね、僕らが知っている文字もあれば知らない文字もある」
昴くんが開いているのは、さっきの検索サイトの海外版のサイトだった。
「アルファベットにも知らない記号が沢山あるね」
「うーん、検索したいけど、文字がわからないからどうやって調べよう。司書さんとも言語が違って話が通じないだろうし」
うんうん唸っている昴くんだったけど、とにかくやるしかない!
「とりあえず私達が知っている言葉だけで検索して、なんとか辿り着いてみよう!」
「うん、そうだね!」
◇ ◇ ◇
「これかな……」
昴くんが一つのサイトを見つけた。
私は私で紙の本や新聞を読んで、知らない文字の法則性を見つけようとしていたけど、糠に釘打ちといった感じだった。
「これ、バベルの塔の話」
「バベルの塔? あのバビロニアにあるやつ?」
「うん、僕の世界でもバービロンの塔っていう名前で存在しているんだけど、この世界にはそれがないみたいなんだよね」
「そうなんだ、でもそんな古い遺跡がないくらいで言葉が違うものなの?」
バベルの塔と言えば、私の世界ではメソポタミアのバビロニアにある古代遺跡だ。
紀元前に建てられたもので、現在は観光名所として誰でも入ることができる。
「何種類かの言語にある読める文字を辿ってみたんだけど、どうも旧約聖書にバベルの塔の話が出てきて、天まで届く塔を建てたことで神の怒りをくらって塔は破壊され、言語もバラバラになってしまった――というような事が書いてあるみたい」
「物凄く理不尽な話だね……。私の世界にも聖書はあったけどそんな話は聞いたことないなぁ。もしかしたら私が知らないだけでバベルの塔のことが書いてあったのかもしれないけど」
「僕もバベルの塔が無いってだけで言語がバラバラになってしまったっていうのは、流石にありえない話だとは思うよ。でも、実際にバラバラだし、そして何より色んな国の文字に僕たちが知っている文字があるんだ」
「それってどういうこと?」
「つまり、僕たちが知っている言葉が各言語に散らばっているんだ、日本語、英語、ロシア語、中国語、ポルトガル語――色んな国の言葉ってやつを見てみたんだけど、どの言語にも必ず見たことがある文字があったんだ」
「じゃあ、やっぱり言語がバラバラになっているっていうのは間違いないのかな」
「あり得るとしたら――『魔法』かなぁ」
「魔法?」
昴くんが顎に手を当てて考えるように話し始めた。
「僕の生まれた世界には魔法があったでしょ? あれって人の想いによって生み出された能力なんだ。僕の場合だと『絵を描きたい』っていう想いだね。この魔法はどの世界でも本来は存在する力なんだ」
「じゃあ、なんでみんな使えないんだろ」
「魔法の存在を心の底からは信じていないし、使いたいと思うくらい強い願いがないんだろうね。得てして歴史に名を残している人は使えたんじゃないかな、魔法を」
「じゃあ、私達の世界には言葉を統一させたいって想った人がいたってこと?」
「あるいは、逆にこの世界には言葉をバラバラにしたいって願った人がいたのかもしれない」
今まで行った、魔法のある世界も、木造のロンドンの世界も、未来の世界も、もちろん私の生まれた世界も、全て共通の言語で会話をしていた。それが当たり前だった。
でも、この世界だけは違う、国や民族によって言葉が違うという異常な世界。
その正体が大昔に言葉をバラバラにさせたいと想った力だとしたら、少し悲しい話だ。
「バベルの塔がないっていうのは原因じゃなくて、あくまでただの結果で、バベルの塔がなくなるような何かが起こった時代に、言葉をバラバラにさせたいという想いが世界に巡ったと考えるのが適当かもしれないね」
それが神の怒りか……。
この世界の人たちからしたらはた迷惑な想いだ。
だって、この世界の人たちは旅行に行った先で言葉が通じないんだから。
私達ともコミュニケーションが取れないし、お互いに通じ合う事ができない。
それはもはや想いなんていう生易しいものではなく『呪い』だ。
私が何となく抱いていた不安感はこれなのかもしれない……。
「僕はあまりネガティブな絵は描かない主義なんだけど、今回みたいなあまりにもレアケースな世界では、多少主義に反しても描かざるをえないかなぁ……」
そう言って描いた昴くんの絵には、見たことのない文字が沢山描かれていた。
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