第一章 転生したらメスガキエルフだった件
第1話 メスガキ転生
「ザッケンナコラー!」
薄暗い路地裏でピンク髪の小さなエルフの少女が汚い罵声を上げていた。
エルフは翠星石のような瞳を動かし、錯乱している様子である。
「はぁ、はぁ! あれ、生きてる……?」
エルフの少女は顔を両手で触れると、不自然な程の小さな
少女はまだ現状を理解していない。
「あれ? 俺様の声じゃない……けど、これって?」
段々冷静になる少女は、直ぐに周囲を調べた。
足元に肥溜めのような臭い水溜りがある。
彼女は迷うことなく水面を覗き込んだ。
「な、なんじゃこりゃー!?」
そんな馬鹿げたことがあってもいいのか、そんな絶叫であった。
少女――いや、その中身はオーグであり、彼は死の淵から蘇った……?
「いやいやいや! なんでだよ! なんで俺様がこんなチビエルフに!」
あの山のように大きかったオーグはどこにもいない。
オーグだったものは、耳がピンと立った色白のピンク髪ロリ巨乳エルフに転生していたのだ。
「……ありえない、何が起きているんだ」
少女……もといオーグはげんなり顔で歩き出すと、彼女は自然と光が射す方へと向かった。
汚い裏路地を抜けると、そこは大きな街のようだった。
大通りを行き交う人々、多種多様な種族が行き交う。
少女は戸惑いつつ、慣れない視界に
「あーもう!
この世界で最もありふれた種族である人族であったオーグは、エルフの耳の
エルフの聴力は数
普段なら気にならない雑踏の音も、今は気になって仕方がない。
この長耳はそれだけ人族の耳とは違う。彼女は何故こんなことになったのか訳も分からず最悪の気分で顔を押さえた。
あの龍のキバの頭領たるオーグが、何故今はこんなやわやわチビエルフになってしまったのか。
彼女は俯いて頭を抱える。何もかも訳が分からない。ただ納得が欲しかった。
「あの暗殺者が何かしやがったのか?」
ふつふつと怒りが込み上がると、彼女は顔を上げる。
思い出したのは冷酷な目をした暗殺者の顔だ。
思えばオーグはあんな理不尽な仕打ちを受けて我慢できる性格ではなかった。
それは馬鹿故にだろうが、浅はかでもある。
ともかく、龍のキバは無事なのか?
暗殺者には絶対に落とし前をつける。だがその前に龍のキバのアジトに向かわなければ。
「あーもう! 考えるなんてらしくねぇ! まずここは何処だ!?」
周囲を見渡すも、低身長の彼女ではそもそも遠くまで見渡せない。
それがもどかしく、余計に彼女を苛立たせる。
「なんなんだよ! テメェら邪魔だ!」
まるで喚き散らすように叫ぶも、周囲からの目は
誰もこんなチビエルフに関わろうとはせず、むしろ汚いガキ扱いである。
もはやそこにいるのはあの厳ついオーグではない。
子供のエルフにしか見えないのだから。通行人の殆どは彼女を無視した。
それに更に怒りが込み上がる。だが彼女はある危機感には敏感だった。
「ゲヒゲヒ」
「ま、迷子かな?」
彼女はゆっくり後ろを覗いた。
見てくれから浮浪者、あるいはならず者だろう。二人の男が嫌らしく笑っている。
ならず者は舐め回すように少女を視姦すると、近づいてきた。
オーグは振り返ると、改めて気持ち悪いならず者達を見て顔を歪めた。
「うわキモ、生きてて恥ずかしくないの? ――ん?」
らしくない言葉。彼女の口から自然と出た相手の精神を逆なでするような煽り言葉だった。
だが今はあまり良い手ではなかった。何故ならならず者は顔を真っ赤にしているからだ。
「ぐぬぬー! 可愛いからって生意気だぞー!」
「こ、これはお仕置きが、ひ、必要だね!」
「本当っに、気持ち悪ぅ……臭いから、近づかないでくれる?」
まただ。自然と出るらしくない言葉。
しかしそれがオーグを逆に冷静にさせてくれた。
(敵を煽ってどうする!? 兎に角こいつらをぶっ飛ばして!)
ぶっ飛ばして? 冷静になってもやっぱり馬鹿は馬鹿だった。
彼女はその細い腕を思いっきり振り上げると、力任せに拳を振り下ろした。
だがオーグはやってしまった後にミスを思い知る。
メスガキエルフの弱々パンチは、ならず者の顔にさえ届かず、胸をペチンと叩くだけ、おまけに。
「痛い!?」
「ゲヒゲヒ、なんだ? 虫でもいたか?」
逆に拳を痛めたのはオーグの方だ。
いくらなんでも今のメスガキエルフの体格では、龍のキバの頭領と同じようにはいかない。
あの怪物とさえ形容された
オーグは頭を抱えてこの窮地をどう対処するか思考した。
逃げる? だが不可能だ。
仮にも盗賊団の頭領が尻尾を巻いて逃げるなんて出来る訳がない。
第一にオーグはこの身体のデメリットを思い知った。
足も遅く、恐らく体力も無い。
ハッキリ言ってしまえば、このメスガキエルフの身体になんのメリットもないのだ。
「さ、さあ、良い子だから、こっちに」
ならず者の腕が彼女の細腕を掴む。
彼女は嫌々と、暴れるが、子供の抵抗に過ぎなかった。
何を呪えばこうなるのだろう?
オーグは確かに悪行の限りを尽くしてきた。殺し以外は大体やった。
だが因果応報の果てがこれなのか?
このまま連れ去られ、奴隷にされるか、それともならず者の
いずれにしても嫌だった。そんな彼女は両手両足を必死に振り回していたその時。
チーン、と男性諸氏ならば嫌な音を幻聴しただろう一撃が、ならず者の股関に
ならず者は股関を足蹴にされ、思わず顔面を蒼白にした。
全身が
「はぁ、はぁ、今の内に!」
既に息切れしている自分が呪わしい。
兎に角恥も外聞もない。彼女はその場から必死に逃げ出した。
ならず者は時期追いかけてくる、その前に身を隠さなければ。
彼女は息切れしながら、必死に頭を動かした。
エルフの身体は大変貧弱だ。誰にも正面からなら負けたことの無いオーグとは何もかも正反対だ。
走ったら直ぐに疲れて、腕力も脚力もなく、身長も低い。
一体なんでこんな正反対の存在になったのか?
当然理由なんてわかる訳がない。
神様を呪うのは後回しだ。彼女は兎に角実利主義、勝てない喧嘩は買うべきではないと、今思い知った。
そんな必死な彼女の前に突然青いローブを纏った青年が立ちはだかった。
「桃毛のエルフ? まさか君は行方不明だったアリス?」
「あ? なんだテメー? 今忙しい所なの!」
ローブの青年に見覚えはなかった。
ただアンティークな眼鏡を掛けた姿は魔法使いか学者を思わせる。
アリス、勿論聞いた事のない名前だ。
いや、それより行方不明?
「間違いない、その声アリスだな! 一体半年間どこに行ってたんだ?」
「だーかーらー! アタシはアリスなんて知らねえー!」
一人称まで変化している。オーグは反論しながら後ろを見る。
ならず者が追いかけてきた、それも仲間を大量に引き連れて。
「うげ……マジかよ」
「ふむ、また君は問題を起こしたのか」
ならず者の団体様はまるで山賊だ。彼女も思わず顔を青くしたが、青年は不思議と平然としていた。
「あんな奴ら君なら、片手間で片付けられた筈では?」
「あぁー? どうやって?」
「君は
魔法使い、その言葉が何故かオーグに上手く重なった気がした。
納得がいく。この身体は貧弱過ぎる。それは魔法使いの特徴と一致している。
とはいえ――。
「魔法なんて知らねーぞ!」
「やれやれ、なにがあったのか知らないが、見るがいい、君が居なくなった後ボクがどれだけ強くなったか!」
青年はそう言うと、魔力を練りだした。
世界に満ちるマナを肉体に取り込み、エテルを精製することで、青年の周囲には超自然の風が巻き上がった。
「ブリザード!」
彼は十分に練り上げた魔力をエテルから精錬すると、それは物理法則を無視して強烈な超自然の冷気が吹き上げる!
超低温のブリザードがならず者を襲うと、あまりの寒さにならず者達は誰一人動けなくなった。
「こ、これが魔法……!」
彼女は間近で見た魔法に、何かがピッタリと嵌った気がした。
その魔法をこの身体は知っている?
オーグには理解しきれない物だったが、ある意味確信だった。
この身体の主はアリスというのか?
「ふ? どうだい君に馬鹿にされてボクも――」
「さよなら!」
彼女は聞く耳を持たない。
仮に持ったとしてもどうせ煽ってしまう気がしたからだ。
どの道あんな場所で魔法を使っては、街の警備隊を呼ぶのは必死だ。
国家権力とは相容れないオーグにとって、面倒はごめんなのだ。
「……アリス、か」
彼女は青年の姿が見えなくなると、
自分はアリスかも知れないという疑惑を覚えるも、彼女は必死に首を振る。
アリスじゃない、オーグだ。己を言い聞かせ、彼女は必死に己の自我にしがみつく。
「兎に角アジトだ。アジトにさえ着ければ!」
焦燥は殊更に余裕を奪っていく。
彼女は気づかない内に泥沼に嵌るように右往左往していた。
正直街の出口さえ何処か判明しない、ましてアジトが近くにあるのか?
そんな彼女に一枚の号外新聞が、飛んできたのは偶然だろうか。
顔面に鬱陶しくも張り付く薄っぺらい紙、彼女は苛立たしげに剥がすとそれを見る。
「ち……活字にはどうも慣れねえ」
馬鹿ではあるが馬鹿なりに文字の読み書きの出来るオーグ、龍のキバを運営する上で闇の商人と取り引きした回数も物を言うか。
彼女は活版印刷された文言を読むと、目を見開いた。
「な、んだと……?」
号外新聞に踊る文字、龍のキバ壊滅の見開きだった。
ガタガタと震えながら彼女は怒りに任せて新聞を破るのは簡単だったろう。
だが彼女にしては上出来か、彼女は情報の習得を優先した。
盗賊団を運営する上で腕力は必要だったが、それ以上に必要となる
盗賊にとって情報は何よりも宝、暗い稼業程、身の保身を求める物だ。
「ど、どうなってやがる? 龍のキバ、冒険者ギルドが壊滅だと?」
馬鹿を言え。彼女は信じられないという風に首を振った。
冒険者ギルドがアジトを襲撃してきた事は確かにある。
とはいえ難攻不落のダンジョンであるアジトをこれまで突破されたことなんてなかった。
まして弱小とはいえ一国と不戦の協定を結ぶ程の組織が簡単に壊滅するのか?
彼女は必死な顔で、文字を追う。
あの暗殺者が組織を壊滅させたのか?
だが何度読み解いてもあの暗殺者は出てこない。
壊滅させたという冒険者は見たこともない奴らだった。
「ッ……!」
号外新聞を握りつぶすと、彼女は泣きそうな顔を手で拭った。
ヒトとは落ちる所まで落ちれば後は這い上がるだけ、なんて誰かが言っていた。
物覚えの悪いオーグだが、人の言葉を好都合に拡大解釈する悪い癖があったから、今は好都合だろう。
彼女は「真実を知りたい」確固たる意思で前を向いていたのだから。
「向かおう龍のキバに……!」
彼女は迷いを捨てると、その歩みはハッキリしていた。
先ずは号外新聞を書いた出版社に向かい、情報の出処を探るだろう。
盗賊団の頭領としての才覚と行動力は、その幼げな姿でも充分に発揮されていた。
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