第32話 リンネ

「ご、ごめんなさい。迷惑ですよね」

「迷惑というか、何でかな、と純粋な疑問ですよ。リンネさんを責めているわけじゃないですから……そんな悲しそうな顔しないでください」

「深い意味は無いんです。ただ誰かに聞いて欲しくて……吐き出したかっただけ、なんです。普通に考えたらおかしいですよね、人として間違ってますよね。でも抑えられなかったんです、街の雰囲気も街の人達も雰囲気が悪くて、吐き出せなくて、あの時路地裏で助けて頂いて、それで、お話ししててもとても優しくて、不思議な雰囲気で、それで甘えてしまったんです。この人なら聞いてくれるかもって……ごめん、なさい……」


 リンネはそう言って、膝から床に崩れ落ちた。

 両手で顔を覆い、嗚咽が漏れて聞こえ、その嗚咽は徐々に泣き声に変わり、号泣へと変わっていった。

 

「リンネさん……」

「ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」


 しくしくえんえんと泣き続けるリンネを前に、僕は正直困っていた、とても困っていた。

 僕は本当にただただ純粋な、素朴な疑問だったから聞いてみただけなのであって、まさかこんな事になるなんて微塵も思っていなかった。

 それか、僕のひょんな一言でも感情が決壊するほどに、リンネの心は疲れ切ってしまっていたのかもしれない。


「リンネさん。落ち着いてください。何度も言いますが迷惑だとか、そういう感情は一切ありませんから安心してください」


 と、僕はそう言いながら膝をつき、リンネを優しく抱きしめた。


「はぇ……?」


 どう対処すればいいのかと必死に考えた結果、僕の頭の中の図書館から、実にベストな対応が書かれた小説を見つけた。


「え、えと、あの……グスッ、ガイアスさん……ヒック……う、ぅぅう……」


 それは王国の騎士と姫君との恋愛を描いた娯楽小説だったのだが、姫が突然泣き出してしまった時、騎士はこうして優しく抱きしめていた。

 きっとこれが最適解なのだと、僕は自信満々にリンネを抱きしめた。

 

「あぅ、っもう、もう大丈夫ですから、ガイアスさん……その、苦しい、です」

「ぅえっ!? あ、す、すみません!」


 リンネはそう言って僕の背中をトントンと優しく叩き、力を入れすぎていた事に気付いた僕は慌ててリンネから離れた。


「ん……」

「あーえっと、落ち着いたようでなによりです」

「はい……」


 リンネは胸を押さえ、何故か耳まで真っ赤にしながらはにかんでいた。

 

「やっぱり、優しいですね」

「そうですかね? 自分ではいまいち分かりませんよ」


 僕は優しくしているつもりもないし、リンネがどこでどうしてどのようにして、そう感じたのかは分からないけれど、優しいと思われるのは悪い気分ではないのは確かだ。


「もうお昼ですか。食堂でお食事を頂いてから街に出てみようと思います」

「街にですか?」

「はい。リンネさんやマスターから色々お話は聞きましたけど、せっかくテルルに来たのですから、ある程度は観光しないともったいないじゃないですか。高い関税も払っている事ですしね」

「そ、そうですよね。でもガイアスさん、街で何があってもどのような事になっても、それがこの街の姿だとは思わないで欲しいんです。テルルは、私の住む大好きな街の本当の姿は違うんです」


 そう言って、リンネはお辞儀をして部屋から静かに出て行った。

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