第4話 『コレクション』という言葉
家の地下室で地図を見ている。
私達の家はドームの中央で、図書館はドームの最も端にある。
ここに行けばドームの外を見おろせるのではないかと、旅立つ前から旅すると決めてよかったとはしゃいだ。
アンドロイドが用意したのはバイクという車輪が二つある乗り物だ。
二人乗りという事で後ろに乗って彼女にしがみつく。
ヘルメットをしているが強い突風を感じられる。
大昔の人間はこれに乗っていたのかと思うと何だか面白い。
家の周囲は数十年前までは人間がいた地域なので、屋根のある建物が多く残る。
日が暮れるまでバイクで走った私達はかつてのホテルに入り夜を明かそうとした。
当時の食料生成機が未だに健在だったので私達の備蓄を減らさずに済んだ。
基本的にあっさりしていたが塩分だけは多そうな食事を取り、ホテルの奥には行かず入口の近くのソファで二人とも眠った。
アンドロイドは作られた当初は寝なかったが、人間達と生活するうちに寝るようになったと前に言っていた。
バイクで四日走り続けると、石畳が剥がれてぼろぼろの土の道になった。
周囲の環境も、廃墟が減って荒野になってくる。
石板や石碑があるが、私達はそれらを見ないで進む。
五日目の夜、バイクが走れる道ではなくなった。
「歩けるか?」
「ここを歩けなかったら塔を下りられないでしょ!」
ついに冒険の始まりだ。
心は浮かれるが体は体力を消耗しないように落ち着いて歩こう。
アンドロイドは人間である私を守るために作られたので、私がどこかへ行くならついて行かねばならないと、今の私はもう思わない。
アンドロイドが私を思ってくれているからついてきてくれるのだと、分かっている。
「どうした?」
何かを言うわけでもないのにどこか笑ってしまう私に、彼女も似たような可笑しそうな笑顔を見せた。
分からない事がたくさんあっても、ふとした時に安心できる。
大地に緑が芽吹いている。
ドームの人工素材の上に土と人類が作った物が乗る大地のはずだが、これは絵本で見た植物に見える。
「これ、植物なの? 植物は植物の階層にまとめられているのかと思ってたよ」
アンドロイドも少し驚いている。
「そのはずだ。でも確かに植物だな。種が飛んで来ればどこでも芽吹くだろうけど、こんな所に飛んで来たってのが驚きだな」
人類が滅亡した土の上に緑がちょこんと座っている様は、奇妙というより可愛らしく思えた。
八日目に辿り着いた図書館は見上げても最上階が見えない程に高く、左右に見回さないと視界に納まらない程の広大さだ。
所々欠けた瀟洒な装飾に、数十年生きていると思われるツタが絡みついている。
一体、何十年何百年、この図書館は放って置かれたのだろう。
「さあ、行こう」
「待って」
アンドロイドにお願いして、先にドームの外を見に端に近づいた。
空しか見えず、見おろしても雲の層があって何も見えなかった。
青人類が創った人工物のはずなのにこれほどまで広大なのかと思うと、あまり良い気がしない。
「下りるんだから、下りてから見ればいいだろ?」
何気なく言ったみたいだが、以前は反対していたアンドロイドがこんなに頼もしい事を言ってくれるなんてと感動して、落ち込んでいた私の心はすぐ持ち直した。
図書館の中は暗い。
照明も既に点かないし窓も汚れているから光が入らない。
まるで闇の中みたいだが、ある意味禁断の場所なのだとしたらふさわしいのかもしれない。
私達は小型のライトで少しずつ辺りを照らしながら進む。
「これ、全部人間が書いたの?」
「そうだよ。読むか?」
比較的最近の本なら読むことができた。
百年前の文だが意外な事に理解できた。どうやら架空の話のようである。
「架空のちょっとした話を小説という」
少しくらいなら読んでみるかという提案に乗り、私は適当に三冊の小説を読んだ。
恋愛の話と戦争の話と冒険の話があった。
人類がたくさんいた時は多くの者が読み書きをしたのだ。
人類が弱り果てて生きるしかできない状態になったために図書館に行く人がいなくなったという。
命が潤沢でないと本を書けないし読めないという事だ。
奥の部屋に入ると、かなり昔の書物がたくさんあった。
その一つのタイトルに興味を惹かれた。
『青人類』
アンドロイドも私の手の中のぼろぼろの書物を横から覗き込む。
「『西暦三〇二五年。地球に宇宙から侵略者が来た。
彼らは我々と同様に文明を築いており、我々の言葉を理解し自らを『青人類』だと名乗る。
人類と青人類の生存をかけた戦争が始まった。
人類が滅亡寸前に追い込まれた時、突如青人類は人類をせん滅するのをやめて、『塔』に閉じ込めた。
塔は大まかに八層に分かれており、ドーム状の透明な屋根がある最上階に人類を収容した。
そしてアンドロイドを我らに与え、『人類の遺伝子の保存』を命じた。
各階層には人類以外のあらゆる地球上の生物が収容された。
これを『青人類のコレクション』という」
「コレクション、か……」
情報自体は既に知っているものだが、その言い回しを奇妙に感じた。
「やっぱり、大地に暮らしていた人々は閉じ込められて相当屈辱だったのかな」
「ああ。コレクションという言葉に恨みが籠っていたよ」
「やっぱりね……」
「最初の世代は必死に抵抗して塔を破壊しようとしたけど、できなかった」
「アンドロイドは極秘のスイッチのありかを隠すのは大変だった?」
アンドロイドは顔を曇らせた。
聞かない方がいい事だったかと後悔しかけたが、気にするなとアンドロイドが首を振った。
「実は、作られた当初の私には感情があまりなかったんだ」
「意外だよ!」
「でも、本当なんだよ」
「ちょっと待って、その話聞きたいな」
「でも話し始めると長くなりすぎるからさ。とりあえず進もうか」
確かに長くなりそうだと二人で笑った。
三千年のお話は私が生きている間に話しきれるだろうか。
今まで漠然と聞いていた三千年という言葉だが、それがどういう物だったのか興味が湧いてきた。
最奥の書庫はこざっぱりとして何も置いていない。
アンドロイドが壁に触れると壁が急に左右に開いた。
予め知っていないと分からない。
壁の奥に部屋があった。
部屋の中央の台に瓶のような物があり、その中に赤い立方体が入っている。
瓶から出してアンドロイドの手の中に収まるとその無機質さが異様に際立った。
アンドロイドが右手でそれを握ると、けたたましく気味悪いアラームが鳴った。
耳を塞ぎ震える私を力強く抱きしめて、アンドロイドが守ってくれた。
長い間轟音のアラームに耐えると、部屋の向こう側の壁が無くなっていた。
その先に螺旋階段がある。
巨大なそれに一歩踏み出す時、奇妙な恐怖感があった。
外壁も内壁も品の良い造形だった図書館にいたために、白一色で無機質でありながら巨大な階段は先ほどのスイッチとアラーム同様に不気味だった。
穏やかな時代もあったが多くの年月を人間同士で争った人類を良い存在だと思った事は無い。
だが塔の内側がこれほどまでに無機質で無感情で命の気配が無い様を見ると青人類の方が人類よりよほど怖い存在なのかと思えてくる。
巨大な螺旋階段は緩いカーブを描く。どこか停滞を思わせる緩さだ。
扉が見えてきた。
巨大な螺旋階段に対して扉は人一人分の大きさだ。
あまりに小さいそれはやはり気味が悪い。
怖いが塔を下りたいと言ったのは私だ。
アンドロイドに心配をかけないようにしっかり頷いて、二人で扉を開けた。
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