愛娘がため外道に落ち、悪鬼羅刹となり果てれども
第616特別情報大隊
プロローグ
逃亡者の街
……………………
──逃亡者の街
『俺の名はアーサー・キサラギ。生物工学者であり、ひとりの親だ』
TMCセクター13/6の天気はあいにくの雨。大気浄化のために放出されている環境ナノマシンと工場から排出される有害な有機化合物が混じった酸性雨がしとしとと降り注ぐ。
『これはメティス・メディカルの罪についての告発であり、俺の娘アルマへの罪の謝罪だ。奴らは俺たち家族に許さないことをした。そして、俺は娘に許されないことをした。その告発と謝罪をここに記録する』
その雨の中に男が立っている。黒いスーツと青い防水ジャケット。
手には刃に血を帯びた日本刀。いや、近年の無機合成技術の進歩で生まれた人工金属の一種であるヒヒイロカネで出来た超高周波振動刀だ。
『全ての始まりから語ろう。俺の娘アルマは先天性ナノマシンアレルギーで循環器系に大きな障害を有して生まれた。20歳の誕生日を迎えることなくアルマは死ぬ。だが、俺は娘の生きた痕跡を残そうとした』
雨が強まり、黒い汚染された空から有害な雨が降り続ける。有害な成分を含む水たまりにぽたぽたと血が滴り落ち、希釈され、血の臭いが消える。
『俺はアルマをデータ化した。電子空間上で、すなわちマトリクス上で彼女という生命を記録しシミュレーションしようとした。そして、本来ならば失敗するはずのそれが成功したのだ。だが、これが全ての元凶と──……』
男の首に首輪のように装着されていたワイヤレスサイバーデッキから流れていた音声がぶつんと止まる。
「お父さん」
少女の声が響くのに男が振り返った。
男は30台後半ほどの年齢でアジア系。その黒髪はワックスとオイルでオールバックに纏めらており、瞳は光のない機械で出来た緑色。眉間には苦労を刻んだような深い皺。
長身で身長190センチほど。もし、ここに生体電気センサーがあればその身体が大井重工製の超高度軍用グレードの機械化ボディである044式人工機械体であることが分かっただろう。
「アルマ。終わったよ」
男が少女の方を見て微笑む。父親らしい優しい笑み。だが、その笑みを浮かべる顔には人間の循環型ナノマシンが混じった血が返り血として貼り付いている。
この男はアーサー・キサラギ。
「大丈夫なの? 怪我はしてない?」
「ああ。大丈夫だ。ベータ・セキュリティの連中は全員死んだ」
アーサーはそう言った。半透明の姿をした少女に。自分の娘であるアルマに。
アルマは13歳ほどの少女だ。少なくともその姿だけは。
真っ白な髪がミディアムストレートで肩まで伸びており、その細く、薄い体には真っ白なワンピースを纏っている。
だが、足にはスニーカーもサンダルも何もつけていない。それもそうだろう。アルマは地に足を付けていない。物理的な意味において、だ。彼女は地面から20センチほど浮いた位置に漂っている。
「また襲われたんだね……」
「そうだな。連中は諦めることはないだろう」
アーサーとアルマの視線の先には死体が転がっている。無数の死体。10体以上だ。
作業服にレインコートという出で立ちの人間たちだが、そのレインコートは第六世代の熱光学迷彩機能を有しており、さらにその体はメティス・メディカル製高度軍用グレードの機械化ボディである。
つまり、
その死体の周囲には死体になった
「いつまで逃げればいいんだろう」
「分からない。だが、必ずだ。必ずお前を自由にしてみせる。必ず……」
汚染された雨に滲むようにTMCセクター13/6の猥雑なネオンとホログラムが浮かぶ。
ここは東京を中心に首都圏が併合された
キサラギ親子はここに逃げ込んで3年となった。
……………………
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