死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと

楽使天行太

プロローグ

初夜。


元戦奴にして百年戦争の英雄であるムソン・ペリシテにわたしは今から抱かれようとしていた。


ムソンは今日初めて会ったわたしの夫である。


夫であるから、当然の責務として、初夜に妻を抱かねばならない。


当たり前のことだ。


だが、当たり前のことだとされていても、緊張はするものだ。


いやに空気の重い密室-ふたりの寝室で、わたしは一言も発せないどころか、微塵も動けなかった。


会話はない。


英雄と呼ばれるにふさわしい立派な体躯をしたムソンが、わたしの前に立った。


わたしは自身のたよりない体を強張らせた。


ついにその時が来てしまったのだ、と思った。


だが、ムソンはわたしにすこしも触れることはなかった。


ムソンは小さなナイフを取り出すと、自らの手の平を傷つけた。


そしてベッドの中央より下のあたり、寝そべればちょうど下半身が来るあたりで手をぎゅっと絞った。


深紅の血がポタポタと落ちる。


唖然として見守るわたしをムソンは冷たく見下ろした。


「私があなたを抱くことはありません」


ムソンはそう宣言したのだった。



ショックだった。


ショックだったが、二回目だった。


そう、この光景をわたしは知っていた。

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