シャイニーフェニックス~落ちこぼれ少女のヒーロー奮闘記~

影野龍太郎

プロローグ

 宇宙、それは人類に残された最後のフロンティアである。

 無限に広がる宇宙には様々な可能性、夢が詰まっている。しかしその中には当然悪夢も存在するのだ……。


 地球からはるか遠く離れた惑星『アクノス』。

 この星は現在一つの統一国家によって統治されている。その名もギーガーク帝国だ。


 元々この星には三つの国が存在していたのだが、ある時ギーガーク王国――後の帝国に誕生したカリスマ、<アーク・ノヴォス・ギーガーク11世>によって他の国は滅ぼされ、彼の支配下に置かれたのだった。


 そしてノヴォスはギーガーク王国をギーガーク帝国と改め帝位に君臨し、その権力を以てしてアクノスだけには飽き足らず宇宙全土を征服しようと企んだのである。


 そんな帝国の首都ギーガークシティ、その中心に皇帝が座す宮殿がある。そのさらに中心、玉座の間では一人の男が豪奢な椅子に深く腰掛けていた。


 言わずと知れたこの間の主、アーク・ノヴォスである。地球人に似たヒューマノイドタイプの宇宙人であるアクノス星人だが、彼もその例には漏れず肌の色が青であることを除けば確かに見た目は人間そっくりだった。


 猛禽類を思わせる鋭い眼光を持ち、尖った耳や鼻といった特徴的なパーツが目立つものの、それはむしろ美しさを感じさせるアクセントとして機能しており、決して醜くはない。また身長も高く均整の取れた体格をしており、細身だがその肉体は強靭な筋肉で覆われていることがうかがえる。


 外見年齢は地球人で言えば40代前半と一国の統治者としては比較的若い部類に入るだろう。

 しかし、その全身から発せられる覇気はどうだ、彼の前に立った者は皆一様に気圧されてしまいそうになるのだ。


 いや実際そうなのだろう。彼の前には誰一人立つことはできないのだから……。

 ――この男の前でだけは誰もが跪き頭を垂れなければならないのだ!


 否――ただ一人だけ皇帝と同じ高さに備え付けられた椅子に座る者がいる、その人物は美しき金色の髪ブロンドの女性であった。


 肌は白、といっても地球の白人のそれとは違い真の意味で色素が無いような病的なまでの白色である。瞳は美しい碧眼だ。


 20代、ともすれば10代とも見えるような若々しい見た目の女性だった。


 しかし、皇帝以上に腐ったその性根は隠しきれないのか表情からは溢れ出る邪悪さを感じることができるのだった……。


 その女――<皇妃メースブッター>はこの間に渦巻く皇帝の『気』などまったく気にもせずまるで今日の天気でも聞くかのような調子で口を開いたのだった。


「計画は順調の様ですわね」


 彼女の言葉に隣の玉座の皇帝アーク・ノヴォスは口元に笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、このまま進めば我が帝国の悲願は達成されるであろう……」


 その言葉を聞き満足げな表情を見せるメースブッター。


 その時である、玉座の間に一人の兵士が入ってきた。彼は皇帝の前まで来ると恭しく頭を垂れ要件を告げる。


「陛下にお目通りしたいと申す者が来ておりますがいかがいたしましょう?」


「ほう……? 通せ……」


 兵士は敬礼するとすぐに部屋を出て行った。そしてしばらくした後一人の人物が部屋に入ってくる。


 それは全身を真っ黒いローブで覆った人物だった。年齢、容姿、男か女かすらわからぬその人物だったが、ローブの隙間から見える美しい銀色の髪とそこだけ露出させた赤い瞳が印象的な人物であった。


 その人物は皇帝の前までくると誰もがするのと同じようにその場に片膝をつき頭を下げた。


「何者だ? このギーガーク帝国皇帝アーク・ノヴォスに何の用があるというのだ……?」


 皇帝は威厳に満ちた声でその者に問いかける。


「私は旅の占い師、名前は……そうですね、『D』とでも名乗っておきましょうか……」


 聞えた声と言葉にノヴォスはわずかに眉をひそめた。

 明らかにその声は年若い少女のそれだったからだ、それに占い師とはずいぶん胡散臭いものだと思ったが、しかし、彼はそんなことはおくびにも出さず言った。


「ほう、占いの類か……それで、その占い師が一体余に何の用だと言うのだ」


 『D』を名乗る少女と思しき黒ローブは顔を上げないままで、ノヴォスの問いに答える。


「皇帝陛下の宇宙征服計画が順調に進んでいることは聞き及んでおります。しかし、このままでは近い将来ギーガーク帝国は滅びてしまうでしょう……」


「無礼な! 何を根拠にそのようなことを!!」


 皇帝と占い師の会話を黙って聞いていたメースブッターが突然叫んだ。


「占い師、と言ったな。生憎だが余は占いなどは望む結果しか信じぬ質なのだ。我が帝国が滅びるなどと言いたいのならば、メースブッターの言うように明確な根拠を示して見せよ!」


 皇帝アーク・ノヴォスの言葉に、しかし、占い師『D』は臆することなく答えた。


「これは占いの結果ではありません。皇帝陛下も気づいているのではないですか? 今のやり方ではあまりにも多くの敵を作ってしまうことに……そして、その代償は必ずあなた様の元へ返ってくるのです……それが破滅という形で……」


 『D』の言葉にしかし、ノヴォスはせせら笑った。


「フハハ、何を言い出すかと思えば……。余の帝国が羽虫ごときに滅ぼされるだと? 馬鹿なことを言うでないわ!」


「確かにギーガーク帝国――陛下の力は強大です。しかし、その力も無限ではなくいつか尽きる時が来る……。その時、あなたの命運も尽きるのですよ……」


『D』が告げた言葉にノヴァスは「むう」と小さくうめく。


 彼も頭の中になかったわけではない、今でこそ帝国は盤石と言えるがいかなノヴォスと言えども永遠の繁栄などありえない。


 いずれは衰える日がやってきて、その時に自分がどうなるか……それを想像しなかったわけでもないのだ。

 しかし、それでも彼は己の覇道を信じていた。


「ありますよ」


 まるでノヴォスの心の中を覗いたかのように『D』はそう言った。

 その端的な言葉にノヴォスが疑問の声を上げるより早く『D』は続ける。


「帝国が永遠に繁栄するための方法が、です」


 その瞬間、玉座の間にいる全員の視線が一斉に『D』へと向けられた。


「それは……?」


 皇帝の問いに『D』は初めて顔を上げて彼の瞳を見据える。

 その紅玉のような瞳に皇帝を映しながら、占い師は静かに言った。


「シックザールクリスタル……」


「シックザールクリスタル? それは一体何だ?」


『D』の言葉にノヴォスは眉をひそめる。


 その言葉に占い師は立ち上がると、両手を広げ歌うように語り出した―――――……


「シックザールクリスタル……それは、この世の運命をつかさどる幻の宝石……! その輝きを手にした者はありとあらゆる願いを叶えられるという……。すべてを超越する力も、尽きることのない永遠の命も、すべて……!」


 その情報にノヴォスはわずかに目を見開くが、すぐに冷静を装うと口を開く。


「……そのような物が存在するなど余は聞いたことがない、戯言もいい加減にしろ!」


 しかし、『D』は怯まずに言った。


「それはそうでしょうね。しかし、実在するのです、百聞は一見に如かずです、お見せしましょう」


「な……」


 ノヴォスが絶句し、玉座の間が静寂に支配される中、『D』は懐に手を入れると、小さな小さな水晶の欠片を皇帝の前に差し出した。

 その欠片は光を反射してキラキラと輝いていた。


「これは……?」


「これがシックザールクリスタル……の欠片です。さて、それではご注目」

 そう言うと『D』は部屋の中央まで移動し、水晶の欠片を天高く掲げる。


「シックザールクリスタルよ、その力を示せ!!」


『D』の言葉が響くと、水晶が光を放つ!

 玉座の間の全員がまぶしさに目を細めた瞬間、絶叫が響く。


「ぎゃあああああ、な、なんだ、これは……!?」


「か、体が、体があぁぁぁぁ!!」


 見ると、玉座の間に控えていた兵士たちが黒い何かに飲み込まれていくではないか。


「な、何だこれは……!」


「陛下、お下がりください!」


 兵士の一人が皇帝の前に立ちふさがり剣を構えるが、その体もみるみると黒く染まってゆく。


「ぐっ、ううぅ……!」


 そして、ついにその体は黒に染まりきると、川に墨を垂らしたときのようにゆっくりと溶けていった。


「な、何が起こったのだ……?」


「こ、こんなことが……」


 玉座の間に残ったのは、ノヴォス、メースブッター、そして『D』だけであった。


「一般兵のみなさんには少し気の毒なことをしましたが、これで私の話が真実だと理解していただけたと思います」


 『D』の言葉にノヴォスは我に返ると、浮かせた腰を下ろして言う。


「確かに凄まじい力だ……。そんな小さな欠片だけでこれほどとはな……」


 その時、ピシピシと音を立て、『D』の手の中の水晶の欠片にヒビが入る。

 そして、その欠片は粉々に砕け散った。


 『D』はそれを一切気にすることなく、口を開く。


「宇宙中に無数に散らばるこの欠片を集め、シックザールクリスタルを完全な形にすることが出来れば、ギーガーク帝国の永遠の安寧が約束されるのです」


「宇宙に無数に……だと? そのような物をどうやって集めろと言うのだ?」


「そこで私の占術が役に立つのです。私はシックザールクリスタルの大まかな位置を知ることが出来るのですよ」


「なんと……! それは真か……!」


 驚きの声を上げるノヴォス、その横でメースブッターが得心したように小さく笑った。


「なるほど、わたくしたちにその情報を提供する代わりに、帝国に取り立て重要なポストに就かせろということですね」


『D』は満足そうにうなずくと、「そういうことです」と言った。


「ひとつ、気になることがある。そのような力があるのならば、何故貴様は自らクリスタルを集めようとしないのだ?」


 ノヴォスの問いに『D』は指を立てて答えた。


「一つ、先ほど述べた通りクリスタルは宇宙中に散らばっております。一人で集めるのはとても不可能なのです。一つ、私は自らが支配者になろうなどとは思いません、支配者の下でかいがいしく働いている方が私には向いているのです」


「殊勝なことですわね、しかし、気持ちはわからないでもない。支配者には支配者の悩みがありますもの」


 メースブッターの言葉に『D』は小さくうなずき言葉を続ける。


「私は自らが仕えるべき君主を探しておりました。ノヴォス皇帝ならば、私の力を正しく使ってくださると信じていますよ」


 『D』が言うと、ノヴォスは顎に手を当てて考える仕草を見せると、やがて口を開いた。


「ふむ……よかろう、その話乗ってやる。貴様には帝国幹部の地位を与える。早速探索部隊を編成しシックザールクリスタルの欠片を集めるのだ!」


 その言葉に、占い師『D』は恭しく頭を下げると玉座の間を後にするのだった――……


「よろしかったですの?」


 占い師が去ったのを確認し、メースブッターが口を開く。


「何がだ?」


「あの者のことですわ、信用してよいのかしら?」


「ふ……奴の言葉がすべて真実でないことは余とて気づいておるわ。しかし問題はない。我らに害を為そうとしたその時は即座に処刑してやればいい。それに……」


「それに?」


「もし、シックザールクリスタルの話が本当ならば、余にとってはまさに喉から手が出るほど欲しい物だからな」


 そう言うと皇帝アーク・ノヴォスは玉座に深く腰掛け足を組むのであった――……。



 遠く宇宙の彼方でそんなやり取りが行われていることなど知る由もなく地球ではいつも通りの時が流れていた。


 そんな地球――日本の首都東京のどこかに紗印しゃいん市という町がある。人口5000人程度、周囲にはまだ自然が残るが中心部では高層ビル群が立ち並び、近代化が進んでいる。


 そんな小さな町に暮らす平均的な一家の住む二階建ての一軒家の中の一室、物語はそこから始まる……。

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