転職

 俺の勤めている会社は、いわゆるブラック企業と呼ばれている会社で、過剰なノルマを課せられ、深夜まで仕事をし、ろくに休みもない最悪の職場だった。勤めはじめてから3年間、なんとか耐えていた俺だったがもう限界だ。


 俺は勤務中なのにも関わらず、職場を衝動的に飛び出して、気がついたら郊外へ行くバスに乗っていた。


「もうどうでもいいや。このままどこかに行ってしまおう」


 鬼のように連絡が入ってくる携帯電話の電源を切って、しばらくバスに乗っていた。




『えー次は動物園前、次は動物園前です』


 バスやアナウンスが聞こえる。次の停留所はどこかの動物園の前らしい。


「降りてみるか。動物園なんて久しぶりだ」


 そして俺は次のバス停で降りて、動物園に入園した。


 動物園は広くライオンや猿、パンダといったお馴染みの動物達を見学した。どの動物ものんびりとしている。そんな動物達を眺めながら、会社のことを少し思い出してため息をついた。


「こいつらはいいよな。動物園の動物は餌もらってのんびりしてりゃいいんだから。俺もここの動物になりたい……」


 そんなことを考えていると、俺は良いことを思いついた。


「待てよ、動物って言ったら人間だって動物だ。なら人間が飼育されていてもいいはず。よし! この動物園で俺を飼ってもらえないかお願いしてみよう!」


 俺は早速園長室まで行き、自らを売り込みに行った。


「園長、お願いします。俺をこの動物園で飼ってください! 人間を飼育している動物園なんて他にありませんよ?」


「それもそうだな。じゃあ、明日から入れる?」


 園長は俺の提案を即座に受け入れて、俺の入園が決定した。


 次の日、俺が動物園に出勤すると「これ衣装だから」と飼育係に渡された服は普通の男性用スーツ。さらに案内された俺の檻は机がありパソコンが置いてある事務室の様になっており、これでは会社みたいだ。


「うちの動物園は檻の中を野生と同じ環境にする様にしているからね。じゃあ後はよろしく。時々様子を見に来るから」


 そう言って飼育係は去っていった。


 檻の中に残された俺がとりあえず机に座ってみると、そこには書類が置いてあり、パソコンを使った作業をするように指示が書いてあった。俺はそれに従ってパソコンを使って、指示された作業をこなしていく。


 やがて開園の時間となり、大勢の人たちが俺の檻の前に集まってくる。しかし、俺は作業があるのでひたすらパソコンに向かっている。


 時々飼育係がやってきて、食事を渡しながら「おいコラ! まだそれだけしか済んでないのか! この無能!」などと罵倒してくる。俺は飼育員に怯えながらひたすらパソコンで作業をこなす。


 時々、動物に関する紹介のアナウンスが流れてくる。



『ヒト、サル目ヒト科ヒト属。学名ホモ・サピエンス。ヒトは高い知能と器用な腕を持つ動物で、他のヒトとコミュニケーションを取り集団で生活し、複雑な社会を形成しています。しかし、最近ではこの動物園の個体の様に、複雑化されすぎた社会に適応できずに苦しむ個体も多くおり、問題になっています』

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