第3話 旅立ち

「うわっ、起きてる。」


先にドアを開けたモリーは驚いた様子でそう呟いた。


「うわっ、本当だ。どうしよう。」


モリーに続いて部屋の様子を確認すると、起きる気配のなった二人が目を覚ましこちらを見ている。


「うわっ、ネエちゃんらの話は本当だったのか。てっきりエッチな事されるのかと。」


「まだ言ってんの?」


私たちが連れて来たおじさんはどうやら本当には信じてくれていなかった様だ。


「なんなんだよ、お前ら。ここはどこなんだ。」


私が召喚してしまったうちの一人、金髪の男の子の方がそう私たちに問い詰める。


「女相手は気が引けるが、しょうがない。」


白髪のもう一人の少年をよく見ると、口が常人の倍以上は裂けている。ひょっとして、彼は魔物の類なのだろうか。


「落ち着いて・・・。何もしないから・・・。」


私は二人をなるべく刺激しないように、これまでの経緯を説明した。





「遊びで書いた魔法陣が発動して・・・僕たちが呼び出されただって・・・?。」


「ごめんね・・・。」


それ以上の言葉が思いつかない。


「謝って済む問題じゃないだろ!」


口裂けの少年にそう怒られるのも無理はない。


「だから、なんとかしようとおじさんを連れてきたんだけど・・・。」


おじさんは、私が書いた魔方陣を見つけて笑っている。


「うはは!なんだよこれ。タヌキが葉っぱで書いたような魔方陣書きやがって。」


「う、うるさいわね。別にいいでしょ。本当に、適当に書いただけなんだから。」


「良くないから、僕たちが現に困ってるんじゃないか!」


口裂けの少年が怒鳴る。


「訳も分からず召喚された挙句、送還魔法も使えないなんて!」


「面目ないです・・・。うう、どうしよう・・・。モリー。」


私は思わずモリーに助けを求めた。


「改めて見ても本当に酷い。なんなのこのヘッタクソな魔方陣・・・。私が書いた方がまだマシよ。ほら、ここをこう書いて・・・。」


おじさんと一緒になって私の魔方陣をこき下ろしているモリー。


「ちょっとモリーってば!」


「ああゴメンってか、あたしに助けを求めないでよ。あたしがなにか出来る訳ないじゃない。」


モリーはいかにも他人事といった感じで私の書いた魔法陣に落書きを書き足す。


「いっそここをこう繋げてだな・・・。ほら、こうすればタヌキの顔に・・・。」


モリーの隣で金髪の少年が一緒になって落書きしている。


「君まで何で他人事なんだよ!」


口裂けの少年が金髪の少年を怒鳴りつけた。


「ちょっとおじさん・・・。」


「お、なんだ?」


その場をなんとかしてもらおうと、私はひと際楽しそうなおじさんに助けを求めた。


「うーん。とりあえず落ち着けよお前も、ホラ、そこの口裂け。」


「え、僕?」


口裂の少年におじさんは尋ねる。


「そうお前。お前名前はなんて言うんだ?」


「僕の名前か。」


口裂の少年は続けた。


「僕の名前はルシフェルだ。元居た世界では・・・いや、何でもない。」


少年は何かを言いよどんだ。


「何よ?」


「いや、気にしないでくれ。僕はただのルシフェルだ。」


「ただのって、ただのルシフェル君には見えないな。その口なんて露骨に魔物って見た目してるじゃねえか。」


おじさんが口をはさんだ。


「ちょっとおじさん!(下手に刺激しないでよ・・・。)」


「み、見てくれは関係ないだろう。」


少年は少したじろいだが、特に襲い掛かってくるような素振りはなかった。


見た目ほど悪い奴ではないのかもしれないと私は思った。


「で、そっちの金髪さんは?」


モリーは尋ねる。


「俺はミョウジョウ。・・・俺もただのミョウジョウだ。」


金髪の少年、ミョウジョウはそう言うと、意味ありげに口裂けの少年ルシフェルに視線を向けた。


ルシフェルもまた、ミョウジョウを意味ありげに見つめている。


この二人の間には何かがありそうだ。


大した事じゃなければいいのだけれど・・・。


私の心配を他所にミョウジョウは言った。


「この見てくれからは想像つかねえかもだが、俺は普通のミョウジョウだ。」


「いや、君はいたって普通の人間に見える。」


おじさんは答えた。


「まじ?俺ただの人間に見える?」


「ああ。なんだ、違うのか?」


「いや別に。」


ミョウジョウはどことなく嬉しそうな顔を浮かべている。


「なにがそんなに嬉しいのやら・・・。ねえ、おじさんどうしたらいいと思う?」


私が見つけたグリモアールを読みながらおじさんは答えた。


「うーん。力になってやりたい気持ちはあるんだが、どうやら俺が役に立つ事はなさそうだな。」


「そんなあっさりと・・・。」


「ほら、こう書いてある。」


おじさんはグリモアールに書かれた文章を指し読み上げた。


「『魔法陣で召喚した魔物を送り返すには、呼び出した本人による送還魔法、あるいは強制的に魔法を打ち消すほかない』と。」


「え、マジ?」


私はおじさんの読んでいるグリモアールを横から覗き込んだ。


「本当だ。ちゃんと読んでおくんだったわ・・・。」


後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


「ハア・・・一体どうすれば・・・。」


「何落ち込んでんのよ。まだ手はあるじゃない。」


落ち込む私にモリーが言う。


「ほらここ。『あるいは強制的に魔法を打ち消すほかない』って。」


モリーはおじさんを見つめている。


「おじさんの出番でしょ。」


「そうだわ!まだその手がある!その為におじさんを呼んだんですもの!」


私たちは期待を込めた視線をおじさんに向けていた。の、だが・・・。


「まてまてまて!まてーい!」


おじさんは慌てている。


「『あるいは強制的に魔法を打ち消すほかない』って、そんな事ができるのは上級魔法くらいだ!俺がそんな魔法使えると思うか?ただの廃品回収業者の俺が!?」


「人は見かけによらないし。」


「そう。それに私、おじさんがピカっとさせてるの見たんだから。」


私たちはおじさんに答えた。


「あのな、上級魔法が使える様なら、こんな田舎で廃品回収なんかやらねえよ。」


おじさんは続ける。


「それに、そのピカってのは、ただ売りもんにならねえ奴魔法で燃やしてただけだ。」


そう言っておじさんは小さな魔方陣と、私よりちょっぴりマシな炎魔法を私たちに見せた。


「おじさんって使えないのね。おじさんの癖に。いや、おじさんだから使えないのか・・・。」


モリーはおじさんに吐き捨てるように言った。


「そんな哲学っぽく人を傷付けるな。」


「今度こそ打つ手がないわ・・・。」


私は力のない目線を二人の少年に向けた。


「ったくしゃあねえな。」


落ち込む私におじさんは声を掛ける。


「お前さん、マジカルエンシェントって街、知ってるか?」


「マジカルエンシェント?それってたしか・・・。」


マジカルエンシェント、世界でも屈指の歴史を持つ魔法都市だ。


その街には魔法に関する様々な書物を保管した図書館があると聞いたことがある。


「その街がどうしたの?」


おじさんは言った。


「今回の事は昨日の満月の事がなにかしら関わっていると思うんだ。その街に行けば、もうちょっと詳しく満月の事がわかるかも知れんぞ。あいつらも連れてちょっくら行って来いよ。」


「そうよ!それにこの町以外にもまだ魔法使いは居るはずよ!諦めるのはまだまだ早いわ!」


モリーもおじさんの意見に同意しているようだ。


「いや、でも・・・。」


「なんだよ?」


おじさんは不思議そうな顔を浮かべている。


「その・・・。コレが、コレなもんで・・・。」


「コレがコレ・・・?」


おじさんに伝えるにはなんといえばいいのか。


「なんだ?コレがコレって。」


おじさんはモリーに尋ねている。


「お金がないって事よ。この子、貧乏だから。」


私はモリーが友達で良かったと改めて思った。


いつも言い出しにくい事を言ってくれる。・・・言い方はアレだけど。この際気にしない。


「なんだそういう事か。お前が貧乏な事くらいとうに知ってんだよ。この貧乏人め。」


「貧乏で何が悪い!」


「だったら俺が列車代出してやるよ。」


おじさんは笑顔を浮かべている。


「俺みたいなおじさんでも、お前らの手伝いくらい出来るって事を証明させてくれ。」


「やっかいな魔法問題の手伝いが出来るというその証明がお金ですか、魔法使いさん・・・。」


モリーの辛辣な一言がおじさんを襲う。


「モリー・・・。でもそうね、行かせて貰うわ!自分でまいた種ぐらい自分で何とかしなくちゃ!」


「列車代は出してもらってるくせに。」


モリーの辛辣な一言が私を襲う。


「うるさいわよモリー!さあアンタたちも早速準備なさい!」


私はルシフェルとミョウジョウをけしかけた。


「準備ったっても持ち物なんてないし。」


「・・・もう明日にしねえ?なんか今日ダルイわ。」


ルシフェルはそう呟き、ミョウジョウは何故だか寝始めた。


「なんであんた達がそう指揮を下げるような事すんのよ!善は急げ!行くわよ!」


私は早速荷物を纏め、乗り気じゃないルシフェルとミョウジョウを引き連れ駅に向かった。




「なんとか最終列車に間に合ったわね。」


列車に乗り込む私たちにモリーが声を掛けてきた。


「うん。色々と不安な事もあるから、お父さんの魔法道具もいくつか持ってきたけど・・・。」


私は出発の間際、急かす皆を尻目にお父さんが家に残していた魔道具をかき集めていた。


「これで少しは心もとなさも紛れるはず・・・。」


「とにかく気を付けてな。危ない事には関わらない様にするんだぞ。」


おじさんが列車の外から助言をくれた。


「わかってるわよ。」


「まあ、いざとなったら僕が力になるよ。元の世界に戻るなら、協力は惜しまないつもりだ。」


「ありがとう、ルシフェル。見た目によらず優しいのね。」


「だから見た目は余計だって・・・。悪い、少し眠るよ。まだ本調子じゃないみたいだ。」


そう言うとルシフェルは早くも寝息を立て始めた。


「俺も寝るか。おれもまグー。」


恐ろしいほどの早さでミョウジョウも寝てしまった。


そう言えば、二人は一体どんな関係なんだろうか?今度聞いてみよう・・・。


ピピピピーッ!!


警笛が駅のホームにコダマする。


__1番列車、間もなく発車します。___


ガタンガタン。


私たちの乗る列車がゆっくりと動き出した。


「じゃあモリー、行ってくる!」


私は列車から体を乗り出しモリーたちに別れを告げた。


「アンタもね!間違っても死ぬんじゃないわよ!!待ってるから!!」


「うん!元気でね!モリー!」


見慣れたモリーや街がゆっくりと、しかし確実に離れていく・・・。


こうして私はうっかり召喚してしまった二人を元に戻すための旅に出た。


しかし、その旅が自らの運命を大きく変える事になろうとは、この時の私はまだ知る由もなかった・・・。

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