第二十三話 化け物退治 in 夜の校舎④

 ふと違和感を覚えて、音流は頭を傾けた。


「そういえば、さっきから妙に落ち着いてますね」

「あー。ここちょっと明るいから。ほら、誘導灯もあるし比較的月明りが入っているから。それでも流石に怖いけど、お腹に力を入れて我慢している」


 そう自虐しながら、陸は力なく笑った。


「あはは、我慢しているなんて言わなくていいですよ。それにしても同志が暗闇が苦手なんてちょっと意外でした」


「暗闇が怖いのはお祖父ちゃんが原因なんだ。幼い頃は全然怖がっていなかったみたいなんだけど」

「お祖父ちゃん、ですか」


 音流は瞬きもせずに、オウム返しをした。


「うん。幼い頃、お祖父ちゃんがクリスマスのサプライズをしてきたのがトラウマになっちゃって。

 突然部屋を暗くなったかと思うと、そろりそろりと近づいてくるもんだから、すごく怖くて泣き出しそうになった。いきなりバァーンとクラッカーが鳴った瞬間は心臓が止まるかと思って、本格的に泣き出しちゃった。

 そのせいで暗闇にいるだけで今すぐ鼻の先で何かが弾けるんじゃないか、って怖くなった」


 陸がなつかしさに生暖かい息を吐くと、音流はゆっくりと目尻を下げた。


「愉快なお祖父ちゃんなんですね」と微笑ましく思った音流は少し目じりを下げた。

「愉快というか、無邪気な人だった。いつも笑顔を絶やさず突飛なことばっかりして、よく振り回されてたよ」

「……だった……されてた」と音流は噛み締めるように過去形を反芻した。

「あ、ごめん。お祖父ちゃんはもういないから」


 それは一年前のことだった。妻を早くに亡くし一人暮らししていたお祖父ちゃんは、倒れているところは近所の人に発見された。

 発見時には息をしていたものの、たったの数日で息を引き取った。死因はありきたりなもので、陸は覚えていない。

 しかし遺された言葉や物は、今も大事な宝物だ。


【好きなことをして、幸せに生きていきなさい】


 葬式の後、陸が形見分けとして譲り受けたのが、先日落としてしまった腕時計だ。まだ諦め切れておらず、今でも落とし物として届けられていないか職員室に通ってチェックしている。


 大好きだった祖父のことを思い出したことで、陸は生暖かい息を吐いた。その横顔を見て、音流はおもむろに口を開く。


「ウチもじいじが亡くなったんです。去年」

「そうなんだ」


 僕たちの年だったらそんなに珍しい話じゃない、と陸は割り切っている。流石に老衰は早いだろうが、病気で亡くなる可能性はある。


「ウチが日向ぼっこが好きなのも、日向ぼっこで死のうとするのも、全部じいじの影響なんです。じいじが死んだせいでウチの生活が狂っちゃったんです。両親も——」


 話しの内容に反して、声音は妙に明るかったのだが、陸の耳には痛々しく聞こえて、息を呑んだ。


 なんの返事もないことを悪い意味に捉えたのか、音流は膝を抱えた。


「すみません。こんな話、聞きたくないですよね」

「そんなこと——」


 陸が言い切る前に、ガタン、と何かの落下音が聞こえた。


 その音は音楽準備室から響いており、二人はとっさに身構えた。


 バン、と。


 突如、激しい音が響いた。


 ドアが勢いよく、内側から開かれたのだ。


 二人が同時にドアの向こうを見る。すると


「ぅぁ……」と陸が情けない声を出すと同時に

「おぉ……」と音流は興味津々そうな声を上げた。


 ドアの向こうには、4つの目が浮かんでいた。上下の二組で瞳の形が違う。上二つはギョロリと丸い真っ黒な瞳。下の二つは人間のような形状だ。


 身の危険を察知した音流はとっさにスマホのライトを消した。しかしいきなり暗くなったことで陸は悲鳴を上げそうにったのだが、音流がとっさに胸で抱きしめて、それを止めた。


 誘導灯の科学的な緑色光に照らされ、化け物のシルエットが浮き彫りになる。 


 化け物は二本足で立っており、片手には光を放つ何かが握られている。頭部は音流の証言通りに羽が生えているが、今は開いたまま静止している。


 化け物は陸達に視線を止めると同時に、固まった。


「ナ、ナンデ……?」


 どこかうろたえているような声だった。


 音流は何かに気づいたのか、考え込むように視線を上に向けた後、合点がいったように頷いた。


 それからの音流の行動は迅速かつ不可解だった。


 スマホのライトを点け、自分の顔を下から照らし始めたのだ。青白い光を浴びた少女の顔は非常に不気味で、服装も相まってまさに『トイレの花子さん』のようだ。


「うらめしやー」


 音流がおどろおどろしい声でおどろかすと、絶叫が響き渡った。


 化け物が叫び、陸も共鳴するように叫んだ。

 

 それだけでは収まらず、突如、化け物の頭部だけが飛翔したのだ。しかも音流のいる方向に、だ。予想外の出来事だったため、反応できていない。


「ちょ、あぶ……!」


 頭部が衝突する寸前、陸が音流を押し倒した。


 幸いなことに、髪の毛をかすめるだけで済んだ。当の頭部は壁にぶつかりながらも、廊下を通り抜けていった。


「危ないだろ!?」


 陸が半狂乱に叱ると、音流はキョトンとした表情を浮かべた。まるで信じられないものを見たように呆けていたのだが、すぐに顔を引き締めた。


「同志、ありがとうございます」と優し気に微笑んだ後「ですけど、あの化け物の頭を追いかけなければなりません!」と興奮気味に続けた。


 陸が今の態勢に気づいてハッと退くと、音流はササッと立ち上がり、スタンディングスタートのポーズをとる。


「そんなに勢いよく走りだしたら……」


 陸の弱々しい制止を聞かず、音流は廊下の床を蹴った。


 そして、ビタン、と勢いよく転んだ。最初から転ぶことが目的で走り出したのかと疑いたくなる程気持ちのいい転び方だった。


 ふと陸が横を見ると、残っていた化け物の体と目が合った。飛び去ったのは正確には頭部そのものではなく頭部の上に乗っている何かだったのだろう、しっかりと頭部がある。


 その事実に気づいた陸は、体部分の正体を見極めようと目を凝らした。しかしそれに勘付いた化け物の体は走り去ってしまった。


「え、はや……」


 化け物はかなりの俊足で、すぐに姿が見えなくなった。


 音流は悔しそうに唇を噛んだが、すぐに切り替えて耳の裏に手のひらを当て、聴覚に意識を集中させる。


「……聞こえる。校庭の方向です」


 音流は意気揚々と指さし、走り出す。


「同志、追いかけますよ!」

「ああ、うん、そうだね。足元に気を付けてね」

 

 音流が無事に走り出すのを見届けて、ホッと息をつく。


 後を追いかけようとしたのだが、廊下の奥の暗闇を見て足がすくんだ。しかし周囲が異様に明るいことに気付いて見渡すと、電気ランタンが無造作に放り投げられているのを見つけた。


「あれ、これは確か……」


 ランタンの隣に、見覚えのあるものを見つけて、拾い上げる。


「これ、大事なものじゃないのかよ」


 拾いものを手に、音流の後を追いかけた。

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