第八話 日向ぼっこで死のうとする少女①

 当初、陸は楓と顔を合わせるのに拒否感を示していた。


 理由は単純。「母を殺した」と告白されたからだ。それが真実であろうとなかろうと反応に困る。しかしそんな陸の悩みがちっぽけに感じる程、楓の抱える悩みは頓珍漢だった。


 陸は一人の同級生を前に苦笑いを浮かべている。


 日向ひなた音流ねると名乗ったその少女は小型犬のように人懐っこい愛嬌を持っているが、どこか頭のネジが外れた人間だった。


 自然に見える程度の化粧をしており、パチクリと大きな目が印象的だ。セミロングの黒髪に乱れはなく、パーツの大きい顔立ちはコロコロと変わる感情を十二分に表現している。よく見ると年齢の割に女性らしさが際立った体型をしているが、色気よりも愛嬌や純朴さが先に立つ。


 そんな陽だまりのようで朗らかな存在感を持っている少女だ。


 見た目はいたって普通である。それどころか万人受けするだろう。その姿を見た瞬間、陸は内心安堵していた。


 大きく口が開かれ、言葉が発せられる。


「ウチは日向ぼっこで死にたいんです!」


 あろうことか、その少女は高らかに自分の死に方を宣言したのだ。しかも悲壮感など微塵も感じさせない明るい声音で。

 

 陸はとっさに隣に座っている楓の顔を見た。楓も鏡写しのように同じ動きをしており、必然的に二人の目線が合った。二人とも眉が八の字に曲がっており、困惑の感情をありありと表している。


(これが原因かぁ)


 君乃から"お願い"をされた翌日、陸はプリントを運んでいた楓を捕まえて、悩みを聞き出した。楓本人も本当に困っていたのかあっさり白状した。『変な頼まれごとをされている』と。


 そうしてその日のうちに対策を練ることになり、『変な頼まれごと』の依頼人もまじえて『Bruggeブルージュ喫茶』に集まることになった。


 それで判明した『変な頼まれごと』の内容が「ウチは日向ぼっこで死にたいんです!」だったのだ。


 陸は目の前でジュースを啜っている死にたがりな少女の顔を凝視した。


(どう見ても自殺志望者に見えない)


 しかも日向ぼっこで死にたい、という条件付きである。


「えっと、太陽光を浴びながら死にたいってこと?」

「違います違います」と手を横に振りつつ「日向ぼっこをしながら、じゃなくて日向ぼっこで死にたいんです。例えば睡眠薬をオーバードーズしたり、混ぜるなキケンな洗剤を混ぜて有毒ガスを吸ったりした後に、日向ぼっこをして息を引き取ってもウチは満足できません。日向ぼっこが直接の死因じゃないとイヤなのです!」


 音流が明るい顔で告げた"オーバードーズ"や"有毒ガス"という自死を連想する言葉に、陸の背筋が一瞬凍った。


(なんでそんな顔で言えるんだよ)


 本気で死ぬことを考えたことのない陸にとって、それは衝撃的なことだった。

 死にたいという人間はげっそりとやせ細って、今にでも死にそうな顔をしていると考えていた。しかし今目の前にいる『日向ぼっこで死にたい少女』は、放課後友達と遊びに出たり、部活動に励んでいる方が自然に見えるほど健康的だし正常に見える。


「えっと、本気なの?」

「本気じゃなければこんなに堂々と言いませんよ」


(堂々と言ってるからこそ信じられないんだけど)


 陸は狐につままれた気分になり、さらに眉間の皺が濃くなった。


 しかしレアチーズケーキが運ばれきた瞬間、涎を垂れながしながら破顔した。


「両手に花だな」と配膳した清水が茶化したのだが、すでに陸の耳には届いていない。


 陸の頭の中はすでにレアチーズケーキに支配されおり、どう食べるかしか考えていない。


「こりゃだめだな」


 清水はあきれ果てて戻っていった。そんな美青年の背中に、音流は熱い視線を送っていた。


「いやー、ホストやっていてもおかしくないほどの美青年ですね」と鼻息を荒くしている。

「昔読者モデルをしていたみたいだから」と楓は淡々と言った。

「それはヤバイ! ねえ、鈴木君もそう思いますよね?」

「……このレアチーズケーキの方が美しい」


 陸は、まるで宝石を愛でる貴婦人のような目でレアチーズケーキをうっとり眺めている。


「えっと、人とスイーツは比較にならないんじゃないですか?」

「そうだとしても、僕はこのレアチーズケーキを選ぶよ」

「この人もヤバイ!」


 なぜか楓が照れているのだが、陸はそれに気づいていない。


 陸と音流にはレアチーズケーキとコーヒーのセットを、楓はサンドイッチをそれぞれ食べ始めた。音流は食べる前にスマホで写真を撮ってから「いただきます」と手を合わせていた。

 

「確かにおいしいですね!」と音流は目を輝かせながらほっぺを押さえた。

「そうだろうそうだろう」と陸は強く頷いた。

「なんで君が自慢げなの?」と楓は陸に向けて非難の視線を突き刺した。


 それからは各々黙って食べ続けた。


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