第六話 わたしが殺したから

「じゃあね。今日はありがとう」と楓がさっさと去ろうとしたため

「送ってく。自販機でジュースをおごる約束もあるし」と陸が呼び止めた。


 外はすでに暗くなりはじめており、街灯が目につく程薄暗い。陸としては暗い中、女子独りで帰らせるのは気が引けての言葉だった。


「本気だったんだ」

「一応感謝してるから」


 楓は「ふーん」と鼻を鳴らしながら歩き出し、陸はその後ろをついていった。


 しばらく無言で歩いていると、コインランドリー前の自販機が見えてきた。


「そこの自販機」と陸が指さしながら言うと

「別にいいよ」と楓がそっけなく返した。


 楓が足を止めずズンズン進んでいくため、陸は仕方なく自販機の前から離れた。


「なんなんだよ」

「お礼をもらったら『人助け』じゃなくなるから、いいの」


 陸はその言葉の意味が分からず、少し不機嫌な顔になった。


「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味」


 陸は「こりゃだめだ」と早々に見切りをつけて、これ以上深堀するのをやめた。


 しばらく無言で歩いていると、コンビニの看板が見えてきた。


「ほら、コンビニあるよ。お母さんに頼まれたんじゃないの」

「帰りに寄るから、今は大丈夫」


 何を思ったのか、楓が足を止める。陸は不思議に思いながらも合わせて止まる。


「君のお母さん、いい人そうだね」

「そうでもないよ。うるさいし怒ってばっかり。顔合わせれば勉強しろ、ちゃんとしろ、お兄ちゃんなんだから、小言しか聞いたことがない」

「でも、"例のアレ"で伝わってたよね」

「いつも頼まれているから。コンビニスイーツが大好きなくせに、自分一人でコンビニには行こうとしないんだ」


 陸はしょうがない母親なんだ、と言いたげな顔で肩をすくめた。


「でも、大人しく買うんだ」

「後が怖いからだよ。夕飯が一品減らされちゃう」

「仲がいいね」

「そんなことはない。喧嘩ばかりだよ。昨日も喧嘩して晩酌中のお父さんに怒られたなんだから」


 陸はふと、なんで喧嘩したのだろう、と考えた。きっと些細な理由だったのだろうが、すぐには思い出せなかった。


 陸の愚痴を聞いているのか聞いていないのか楓は


「……うらやましいな」と寂しそうに呟いた。


 その湿っぽい表情をみて、陸は足を止めた。そこは偶然にも街灯で照らされた場所だった。


「青木のお母さんは、違うのか?」


 楓も止まる。その背後にはチカチカと不規則に点滅する街灯があった。


 陸は光の明滅で目が痛くなり、とっさに目を閉じた。


「母はいないんだ」


 楓はなんでもないように続ける。


「わたしが殺したから」

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