第二話 花よりレアチーズケーキ
「素晴らしい!」
一目惚れした上に胃袋を掴まれた陸は、歓喜の声を上げていた。
『なんでも頼み事を聞いてくれるヤツ』の姉こと
カフェに到着するなりカウンター席に案内された陸は、コーヒーとチーズケーキを頂いた。お代はいらないと前置きされて罪悪感を抱きながらチーズケーキを口に運ぶと、感情全てが吹き飛んだ。
濃厚なチーズのうまみに、しっとりなめらかな舌触り。甘すぎず、上に乗ったベリーソースの酸味が後味をさっぱりとしてくれる。チーズのうまみとビスケット生地の仄かな香ばしさが、口の中でじんわりと広がり続ける。
吐く息も
自然と涙が
涙のしょっぱさに余韻がかき消さないように、唇を堅く閉ざした。
そんな陸の豹変ぶりに『なんでも頼みごとを聞いてくれるヤツ』こと
「なんで泣いてるの……?」
陸にとって食べ物で泣くのははじめての経験だった。それ程までに感動的なレアチーズケーキだと感じていた。
「いや、感動的なんて言葉では言い表せるわけがない。魅惑的? 蠱惑的? いやそれだとねっとりとした表現になる。もっとさわやかで奥深くて、濃厚な表現は無いものか! 自分の語彙力の貧困さが恨めしい!」
鮮烈な衝動を抑えきれず、声にして発していた。
「えっと、ありがとう……?」
エプロンを締めながら楓が恥ずかしそうにモジモジしているのを、陸は気にすら留めなかった。
「君面白いねー。でも静かにしてね。シー」
唇に人差し指を立てた君乃にたしなめられ、陸は恥ずかし気に下を向いた。
すみません、と謝罪をすると頭を撫でられる感触を感じて、陸は顔を上げた。撫でていたのは君乃ではなく楓だった。残念半分、照れ半分で「なんだよ」と口を尖らせた。
「つむじが二つあったから」
「だからなんなんだよ」
「面白い」
つむじが二つあるからと言って何か特別なわけじゃない、と陸は十三年の人生を振り返った。つむじ二つに福耳に仏ぼくろ。いくら徳のありそうな特徴を持っていても、陸の運はお世辞にも良いとは言えなかった。
それどころか2つのつむじに吸い寄せられるように、貧乏くじだけが陸のもとに巡ってくる。本人はそう言う星の元に生まれてきたのだ、と諦めの境地である。
考え事が終わっても二つのつむじを弄り続ける楓に「ちょっと、もういいでしょ」と陸が抗議した。楓は名残惜しそうにしながら指を離した。
少し沈んだ気持ちを仕切りなおすように、残りのレアチーズケーキを堪能し、フルーティーで苦味の弱いコーヒーで落ち着く。
「ご馳走様です」
「お粗末様です」
君乃が食器を下げると、楓が陸の横に座った。悪戯っぽい顔を向けられて、陸は嫌な予感を察知した。
とっさに店内を見渡すと、他のお客さんはいなくなっていた。
ガラス張りのドアを見ると、『OPEN』の札がかけてあった。外からは『CLOSE』の5文字が見えているだろう。
「店じまい、早いですね」
「ちょっと、今日は特別にね」
この時初めて、この二人が本当に姉妹であることを理解した。詰め寄り方や、ニンマリとした不敵な笑みがそっくりだったのだ。陸はべっとりとした汗を大量に滲ませた。
「あの、お邪魔なようなので帰りますね」
「1200円」
君乃が突然言い放った。
「ケーキとコーヒーセットの値段」
「せんにひゃくえん……」
1200円。それは中学生にとって大金だ。購買の弁当が2、3回は食べられるし、漫画も2冊ぐらい買えるだろう。ジュースに至っては何本買えるだろうか。
(いや、そっちからお代はいいって言ったじゃん!)
理不尽だと思いながらも、一目惚れした弱みから反論できない。
「ちょっとお話しない?」
「……はい」
陸はすでに罠に引っかかっていることに気づいた。アメリカのトゥーンアニメでよく見る、チーズの罠に引っかかったネズミの気分だった。
(すべてはレアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い)
ふとレアチーズケーキの味を思い出し、だらしない顔をしてしまったが、君乃の視線に気づいてキリッと襟を正した。
「まあ、お話というかお願いなんだけどね」
陸はゴクリと唾を呑む。レアチーズケーキのためには肝臓の一つや二つを売る覚悟でいた。
「君の落とし物を明日、楓と一緒に探してほしいんだ」
「あ!」
陸は甲高く叫んだ。お祖父ちゃんの形見の腕時計のことをすっかり忘れていたのだ。
これも全部、レアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い。
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