第16話 現代テイマーはスローライフを満喫する
ヒトの運命は、神様に左右されるのかと言えば、実のところそうかもしれない。
だが、その後どうするかは人それぞれだと感じる。
与えられた運命をどう活かすか、それには周りの人が理解し助けてくれる場合もある。
同僚となったヒト、恋人となったヒト、そんなヒトが助けてくれる事もある。
幸い、俺の場合、勇者の召喚と引き換えにこちらの世界に来たが、耕さんといった人情味あふれるヒトが教えてくれた事、ユエさんとの出会い、ミキさんとの出会いが、この世界で生きていく決心ができた。
これまでの生活スタイルを変えることなく、俺は毎朝3時に起床し、クロウ、ブラック、シロのご飯をあげ、アパートの掃除をする。
アパートも少しばかりリノベーションをし、耕さん達に住んでもらっている。
おかげでアパートの周辺はいつも綺麗で、ご近所さんからも好意的にみられている。
クロウ達の活躍により、カラスのゴミ漁りが無い街としてテレビにも取り上げられたが、都市伝説のように面白おかしく取材されただけで、既に皆の記憶にも残っていないだろう。
防犯面から言っても、ブラック達の監視により、下着泥棒や痴漢といった犯罪が一件も無いということから、この界隈の交番に勤務するお巡りさんは、毎日自転車に乗りご近所さんまわりをしていることが実績であると言ってた。
シロの側溝や下水道掃除も堂に入ったモノで、今は隣の区まで遠征し、一週間に一度、金属の日を決め、ポリ袋にとんでもない金属を入れていく。
そんな毎日を過ごして行くうちに、いつの間にかお金が貯まり、パスポートを購入することができた。
これで、晴れてこの世界の身分を保有した訳だが、それから結構時間がかかった。
先ず、パスポートを紛失したところから始まるんだが、入国審査の記録が無いから密入国者扱いにされ、強制送還をくらうことになった。
ただ、強制送還を食らった先であるセン〇クリス〇ファー・ネービ〇には、ミキさんが先乗りして、すべてサポートしてくれて滞りなく住所などを段取りしてもらい、向こうでの滞在が一週間で、再度、この国の地を踏んだ。
さらに向こうのビザ申請も、ミキさんが日本で会社(支社)を立ち上げ、その支社の代表としてユエさんが就任したことから、就労ビザも簡単に取得することができ、ユエさんの会社に雇用される形で、アパートの経営を任されている。
それに、あと1年もすれば帰化申請も出来る。
クロウ、ブラック、シロ達のお世話も、俺一人ではなく、耕さんのメンバーが仕事としてやってくれている。
その仕事料としてアパートに住んでもらっているというウィン・ウィンの関係だ。
ユエさんとミキさんとの関係だが、恥ずかしいが“姉妹丼”の意味を理解した時は、流石の俺も真っ赤になったが、当の本人達は楽しんでいるようで、それはそれで良かったんではないかと思う。
ミキさんはしょっちゅう帰国してくれるし、俺とユエさんも飛行機なるものに乗って向こうの国に行っている。それに、ミキさんが住んでいる国でも、ホワイト(ネズミ)をテイムし、同じような事業を展開したが、コンビニからのナイショの提供が無いため、餌代がかかってしまった。
しかし、たった一回の集配により、向こう10年以上分の資金が集まり、餌代の問題は解消されることとなった。
ホワイト達の世話は、ミキさんが現地でNPOを立ち上げてやってくれている。
こうして考えると、この世界のヒト達は、どれだけ貴重な鉱物をまるで湯水のように使い古しているのか…。やはり、この世界のヒトは裕福なんだと実感した。
2年前、セン〇クリス〇ファー・ネービ〇にも土地と家を買い、別荘地として冬の間はこちらで暮らすようにしている。
ユエさんとミキさんに言わせれば、こういった生活を“セレブ”と呼ぶそうだ。
日々同じ事を繰り返していくことは退屈だとか面倒だと言うヒトもいるが、俺としては毎日同じ事ができる幸せを感じている。
今日もクロウ達にご飯を渡す。
クロウも現役を引退したのか、クロウの子供に代を譲り、アパートの一角で悠々自適な生活を送り、街のご意見番として若いカラス達の指導役を担ってくれているが、朝のご飯だけは欠かさずやって来て、昨日あった街での出来事を報告してくれる。
ブラックは相変わらずマイペースだ。彼らの中にも噂が広がり、新たなグループが入って来ているが、ブラックの人望というのか猫望というか分からないが、それが厚いのか、統率が行き届いている。まさに黒猫の中の黒猫ってな感じで、街で彼を見ると他のネコは彼が去って行くまで一歩も動かないといった徹底ぶりだ。
3代目のシロは、ネズミ軍団を統率している。
3代目は、殊の外貴金属を見つける能力に長けており、彼らの中には刀剣まで拾って来る強者もいるとか…。しかし、その刀剣ってヤバい代物ではないのか?
クロウ達のご飯が終わると、アパートに戻り、火の魔道具でお湯を沸かし、コーヒーなるものを飲むのが日課だ。
その後、ユエさんの部屋に行き朝食を作る。
今日はスクランブルエッグにトースト、あとは簡単なサラダにする。
「ユエさん、朝だよ。」
「うーん…。もう少し寝かせて…。」
「ダメだよ。今日は朝10時に耕さんの会社と打ち合わせだろ。その後、ミキさんが送ってくれた商品の確認とWebに掲載する商品の撮影だよ。」
「うーん…。誰か代わりにやってくれないかなぁ…。」
「昨日、何時までラノベ読んでたの?」
「3時かな。イサークさんの部屋の電気が付いた頃に寝たんだけどね…。」
「それじゃ睡眠不足じゃないか。ちゃんと6時間は寝ないと。」
「そうだけどね…。でもラノベって楽しいよね。」
「うん。でもそれはそれだよ。さぁ、早く起きて。」
「はーい…。」
彼女も今や社長だ。それにマンションとアパートのオーナーという2足の草鞋を履いて大活躍中。その中でも毎晩6時に家に帰り、俺と夕食を食べるという規則正しい生活?を送っている。
彼女との出会いが無ければ、彼女がラノベ好きで異世界という存在に理解もしていなかったのなら、俺はこんな風に生活は出来ていなかっただろう。
それを考えると、神様がくれた運命というものも悪いモノではなかったと感じる。
そして、ラノベという存在に出会えたのも良かった。
この世界のヒトは、自分の世界とは違った世界にあこがれを抱くのだろうか。
今の現実世界ではなく、時には勇者となり、時には伯爵令嬢となり、また時には魔物になるなど、波乱万丈な生き方をするが、皆幸せな結末を迎えている。
”他人の不幸は蜜の味”とはいうモノの、不幸な境遇を呪いながら生きていくよりは、チートでも良いから皆と幸せに暮らしていくストーリーが好まれているようだ。
では、俺はどうなのか?
向こうの世界からやって来た、何も知らない男がヒトの温かさに触れ合いながら出世していくという物語はどうだろうか?
以前、ユエさんがそんな話を書いてみても面白いかもね、とは言っていたが、この世界には冒険譚は存在しない。
確かに異世界人が強制的に召喚をくらう人間はそうそう居ないだろう。それに外国人だからと言って、しょっちゅう警察さんに尋問されたりすることも無いし、裏のシンジケートが俺を殺しに来ることなんて無い。
今ここで生活していることが幸せなんだよ。
「イサークさん、どうしたん?何か真面目な顔をしているけど…。」
「あ、ごめんごめん。
今ね、この間ユエさんが言ってた異世界からやって来た俺がこの世界で無双するって話を書くとどうなるのかなって思ってね。」
「あ、そんな話してたね。
でも、それって投稿しても読んでくれるかなぁ…。
だって、この世界で幸せになってるんでしょ。
そんな幸せな生活を書いても、惚気にしか見えないよね。」
「あはは、その通りだね。
それに一日一日を普通に過ごす事が幸せなんだよね。」
「そうだよ~。こうやって恋人となって、一緒に暮らしていくって話を書いても、誰も読んでくれないよ。
あ、そろそろ時間だ。それじゃ、行って来るね。
じゃぁハグして。」
軽くハグをした後、キスをする。
照れ笑いを残して、ユエさんは部屋を出て行った。
さて、掃除でもしましょうか。
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この世界には、異世界からやって来た人間もいるかもしれない。
そういったヒトがいたら、温かい目で見守ってあげて欲しい。
そのヒトも、世界は違えど生きているんだ。
歯車がかみ合えば、皆にとって有益な存在になるかもしれないからね。
前の世界では万年Cクラスだったテイマー職の俺でも、ここまで幸せになれるんだ。
他のジョブを持ったヒトなら、もっと幸せになれるだろう。
でも、忘れていけないのは、どこに居ても自分は自分である事。
そして、自分の気持ちに正直に生きていく事が大切なんだ。
「さて、ポリ袋の選別でもしようかな。」
ユエさんの部屋を出て、シロ達が居るであろう小屋に足を運んで行く。
今日もありきたりな一日になりそうだ。
とても幸せだ。
~Fin~
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