行き遅れの侯爵令嬢は初めての恋を知る

モンチ02

99敗の毒舌令嬢

 



「もう最悪ですわ! どいつもこいつもわたくしをけ者にして!」


 マリンダは帰宅するなり煌びやかなドレスを荒々しく脱ぎ捨てた。

 ぽいっと脱ぎ散らかされたドレスを拾いながら、マリンダの弟であるルクスが「またか……」と言いたげな表情を浮かべながら姉に尋ねる。


「なになに、姉さんまた婚活パーティーに失敗したの? これで99敗目だっけ」


「こらルクス、婚活パーティーなんて低俗な呼び方しないでって毎回言ってるでしょ! 社交界と呼びなさい社交界と!」


「はいはい、社交界ね」


 やれやれとため息を吐くルクス。

 どうやら今日の姉もご機嫌斜めのようだ。その原因は考えるまでもなく、社交界で男性から相手にしてもらえなかったからだろう。


 マリンダ=バルクホルン。

 由緒正しいバルクホルン侯爵家の長女にして、容姿端麗かつ芸道に秀でた才女だ。


 実の弟ながら、姉ほどの優良物件は中々居ないと自負している。侯爵家の娘であるのは勿論のこと、目を見張るほど美しい容姿に加え、料理や裁縫だってお手の物。


 どこのお嫁に出しても文句の一つも出ないだろう。

 だがしかし、マリンダは今年で27歳を迎えたが未だにお嫁に出ていなかった。


 そう――27歳である。

 もう30手前のアラサーだ。


 貴族の場合、早ければ生まれた日には婚約相手が決まっていることもある。まぁそれは王族や爵位の高い貴族といった特殊な場合に限られるが、そうでなくても10代には決まっており、かなり遅くとも20前後には誰かしら決まっているだろう。


 なのに、あろうことかマリンダは27歳の現在で結婚をしていなかった。


 念の為言っておくが、彼女はこれまでに一度も婚約しなかった訳ではない。幼少の頃にはもう既に婚約相手が決まっていたのだが、その相手から十五歳の時に婚約を破棄されてしまったのだ。


 貴族同士の婚約破棄は、よっぽどの事でないと成立されない。

 貴族の婚約は利害関係に基づいていて、信頼関係にも罅が入ってしまうからだ。ならば、それらの全てを投げ捨てまでマリンダとの婚約を破棄した理由とはいったい何なのか。


 “他の女性を愛したいから”、である。

 そう大したことではない。単にマリンダは振られてしまっただけの話である。


 貴女よりも素敵な女性が見つかりましたなんて言われたら、淑女レディとして大人しく引き下がるしかないだろう。本当は辛くて悲しいけれど、別れの時には侯爵家の人間らしく堂々とした態度で振る舞った。


 まぁ、その後でうわ~んと大泣きして両親とルクスに慰められたのだが……。


 それがマリンダの“第一回目”の婚約破棄であった。

 そう、残念なことに彼女が婚約破棄されたのは一度だけではないのだ。


 侯爵家の長女だ。

 他の貴族からしたら喉から手が出るほどの優良物件だろう。マリンダの両親は娘に元気になってもらいたくて、新たに他の貴族と婚約を結んだ。

 しかし、十八歳の頃にもう結婚間近というところまできて、先方から一方的な婚約破棄を言い渡されてしまった。


 いやいやいや、と。

 既に結婚式の段取りまでして、関係各所にも招待状を送って、花嫁衣裳も用意したのにそれはないだろう。婚約破棄の理由は何だと憤慨しながら問い詰めると、婚約相手が他の女性を本気で愛してしまったからとふざけた事をのたまってきた。


 そう、またしてもマリンダは振られてしまったのだ。

 こんな事があるのかと、マリンダは絶望してしまう。それはそうだろう、数日後には幸せな結婚式を上げていた筈なのに、突然婚約を破棄されて全部がパーになってしまったからだ。


 凄く楽しみだったのに……幸せだったのに全ては幻に消えてしまった。

 塞ぎ込んでしまったマリンダだったが、両親やルクスから献身的な支えと持ち前の明るさを発揮し、なんとか切り替えることができた。


 そして今度は家族総出で慎重に慎重を期して婚約相手を吟味し、ようやく三度目の婚約をしたのだが、今回は早めに婚約破棄されてしまった。三度目ともなれば理由は言わなくも分かるだろう。


 またまたしても振られてしまったのである。

 侯爵令嬢が三度も婚約破棄をされたなど、過去や未来を入れてもマリンダ以外現れないだろう。


 そして貴族達は気付き始めるのだ。

 婚約破棄をされるのは相手が悪いのではなく、マリンダ本人の性格が悪いせいではないのか、と。


 それは強ち間違っていない。マリンダが振られてしまうのは、彼女の性格に起因しているからだった。


 マリンダは気が強く、“思ったことを口に出してしまう”悪い癖があった。

 良い言い方をすれば正直者で、悪い良い方をすれば空気が読めない人間。

 ほんの些細なことだし、別にギャーギャーと怒鳴る訳でもないが、積もりに積もれば腹も立ってくるだろう。


 貴族の男性はお淑やかな女性を好む。

 なので、あ~だこ~だ咎めてきたり口を挟んできたりするマリンダを煩わしく感じてしまうのだ。


 尻に敷かれる未来を想像して憂いている時に、お淑やかで後ろに一歩引いて肯定してくれる魅力的な女性が現れればそちらに心が傾いてしまうのも無理はないだろう。

 マリンダが婚約者達に振られるのは、気が強くて口が悪いからだった。


 そんな感じで、マリンダ=バルクホルンは性格が最悪という噂が貴族間に広まっていった。


 婚約相手の恋人を無理矢理別れさせようと虐めたりした『悪役令嬢』だとか、婚約相手の自尊心を破壊した『毒舌令嬢』だとか、あることないことを散々言われてしまう。


 そうなると、例え侯爵令嬢だろうが婚約したがる貴族は居なくなってしまった。

 こちらが婚約の話を持ち掛けても、「どうかご勘弁を!」と戦々恐々といった態度で断られてしまう。


 その時マリンダは21歳で、とっくに結婚適齢期を終えて崖っぷちに立っていた。だが、彼女は諦めなかった。


 絶対に結婚がしたいし、運命の相手はきっと見つかる。

 婚約が無理なら、自分から結婚相手を探しに行けばいい。


 そう腹を括ったマリンダは、社交界という名の婚活パーティーに出向くようになる。自分から必死にアピールして男を捕まえようとするのだが、残念なことに上手くはいかなかった。


 社交界に行ってはダメ、行ってはダメを繰り返し、気付けばもう27歳。

 そして本日、もれなく99敗目を喫してしまったのだった。


「はぁ……そろそろ本当に潮時かしら」


 マリンダはソファーに深く腰を下ろし、大きなため息を吐く。


 これまで諦めずに社交界に出向いてきたが、99敗もすれば流石に身も心も堪えてくる。大体27歳のアラサーで、よくない噂もある自分なんかを今更見初めてくれる殿方なんて居ないだろう。


 それに、いい加減キツい。

 今やマリンダは社交界の名物と化している。勿論悪い意味で、だ。笑い者にされるくらいなら、ここらで諦めるしかない。


「そんな事言わないでよ姉さん。姉さんが結婚してくれないと、僕だって結婚できないんだからさ」


 そう言いながら励ましてくるルクスに、姉はジト目を送った。


「わたくしに気を遣わないでルクスはさっさと結婚してしまえばいいのですわ。知っていますわよ、貴方モテモテなのでしょう?」


「いや~、バルクホルン家の長女を差し置いて先に結婚なんてできないよ」


 ルクスは現在22歳。

 姉と同様に容姿に優れ性格はちょっと暗いがそこがまたクールで素敵! と言われている彼は、姉と違いまぁモテる。

 貴族令嬢からも人気が高く婚約しないかと誘われているのだが、未だに誰とも結婚していなかった。


 何故かと聞かれれば、本人曰く「姉より先に結婚なんてできない」と気を遣っているからだそうだ。が、はっきり言ってしまうと姉をかまいたいただのシスコンである。因みに弟だけではなく、両親もマリンダを溺愛していた。


「ほら元気出して。そうだ、明後日にまた社交界があるんだけど行ってきなよ」


「もういいって言ってるじゃない。今更行ったところで、また除け者にされるのがオチですわ」


「そんな事言わないでさ。その日の社交界には僕の友人も珍しく出るんだ。姉も行くって言っちゃったし、行ってきなよ」


「も~、わかりましたわ。ですけど、次が本当に最後ですわよ」


 強引に勧めてくるルクスに、マリンダは仕方なく頷いた。

 ブラコンとまではいかないが、マリンダも可愛い弟の頼みは断れないのである。


(そう……これが最後ですわ)


 固く心に決める。

 次の社交界で良い相手が見つからなかったら、もうきっぱり諦める。

 ルクスがバルクホルン家を継ぐとしたら、姉の自分は邪魔に他ならない。家を出て、商人でも何でもなって一人で生きていく覚悟を決めていた。




 そして迎えた第100回目の社交界当日。

 マリンダは勝手知ったる振る舞いで屋敷に入って、社交界デビューしたであろう初々しい貴族男性にアピールしに行く。だって、他の男性には前の社交界で袖にされてしまっているから。


「あはは、そうなんですか。あのすいません、ちょっと外れますね……」


「ええ、よろしくてよ」


 お花を摘みに行くだけかと思ったが、マリンダと話していた貴族は他の集団に混じってからからかわれていた。


「お前危なかったな、危うく毒舌令嬢おばさんに喰われるところだったぞ」


「え~本当ですか!? そっか、あの人が噂の……。でも、見掛けは凄く綺麗でしたよ。とても歳を取ってるとは思えませんでした」


「バ~カ、見掛けに騙されるなよ。化粧で誤魔化してるだけだし、それに最悪なのは中身の方だからな」


「あの人も懲りないですわよねぇ。何度来たって誰も相手になんかしないのに」


「アラサーの必死さが伝わってきて……ぷぷ、申し訳ないですが笑ってしまいますわ」


「私達は“あ~はならない”ように気を付けましょうね」


「そうですわね」


「「あははははははは!!」」


「……」


 全部聞こえている。

 若い貴族連中が、自分のことをネタにして面白可笑しく笑っている。それを聞いているマリンダは、惨めさに身体を震わせていた。


 やっぱり来るんじゃなかった。

 もう諦めよう、彼等が真実を言ってくれたじゃないか。アラサーが必死にアピールしているのなんか見苦しくてたまらない。


 そんな事は自分が一番理解わかっている。

 だけど、それ以外に方法がないじゃないか。以前までは笑いたきゃ笑いなさいと強がっていたけれど、流石にこの歳になると強がることさえできなくなってくる。


 もう……完全に潮時なのだ。


 マリンダが項垂れる中、会場では社交界メインイベントのダンスパーティーが開かれる。

 貴族男性が気になった令嬢を誘い、受け入れたら真ん中でダンスをする。気に入らなくても社交辞令で誘ったりする場合もあるが、マリンダを誘う者は誰一人として居なかった。


「……っ」


 楽しそうに踊っている若い男女を眺めているマリンダは、零れ落ちそうな涙を必死に堪える。

 ダメだ、侯爵家の長女として、公の場で涙を流すのだけは許されない。なにより、これまで頑張ってきた己の矜持が許さない。


 居ても立っても居られず、マリンダは屋敷を出た。

 一目がない場所に出た所で我慢できず涙が溢れてきて、俯きながら階段を下っている時だった。


「きゃっ!」


「おっと!」


 階段を踏み外して転びそうになったところを、誰かに助けられる。


「ご、ごめんなさい」


「謝ることはないさ。大丈夫かい……ってどうしたのさ、どこか痛いのかい?」


「えっ?」


 クイッと顎を持ち上げられ、そう言われる。

 そこでマリンダは初めてぶつかった相手の顔を見て、驚愕した。


 何故ならば――、


「だって君、泣いているじゃないか」


 助けてくれた相手が、シュバルディ王国の第三王子だったからだ。

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