第18話 届いた評判

「も、申し訳ございません!」

 私は慌ててひざまずき許しを請おうとした。しかし彼女は私の腕を掴み、それを止めた。

「ショーアイ公爵夫人?」

「く……くくく……」

 ショーアイ夫人は口を押さえて笑っていた。

「お、おかしくって……」

 公爵夫人は扇で顔を覆う。

「あの傲慢な男が、あんなに取り乱して……ぷっ、くくく……」

「あ、あの……」

「ごめんなさいね、不愉快な思いをさせてしまって」

「い、いえ、こちらこそ」

 ショーアイ夫人の反応に、私は戸惑う。

「その、怒っておられないのですか?」

「いいえ、胸のすく思いがいたしましたわ」

 ショーアイ夫人は肩をすくめる。

「確かに私は彼の支援者です。けれどあの男は年を経るごとに増長し、もううんざりしていましたの。何かと言えば、女、女と下に見て、私にまで暴言を吐く始末。支援を切ろうと思いましたけど、国王陛下のお気に入り故、それも簡単ではなくて」

「あ……」

「貴女をサロンへ招待するよう私に強く勧めたのも、近頃評判の高い貴女を皆の前でこき下ろすことで、優越感を得たかっただけなのでしょう。嫌な思いをさせてごめんなさいね」

「いえ、そんな」

「今日のことは、あの男にもいい薬になったでしょう。あなたは何も気になさらなくていいわ」

「は、はい、すみませんでした」

「ねぇ、皆様もそう思いましたでしょ?」

 ショーアイ夫人が私と腕を組み、招待客へと向き直る。すると彼女らからは大きな拍手が沸き起こった。

(た、助かった……)

 足の力が抜けそうになるのを、何とか耐える。

(公爵夫人の機嫌を損ねることは免れたけれど)

 コダールは、国王陛下のお気に入りだ。

(悪い評判、陛下に届いちゃうだろうなぁ……)


 ■□■


 ミューリの公爵家での一件は、貴族の間で面白おかしく語られた。元々庶民出身のコダールが不遜な態度で王宮を闊歩していることを、面白く思わない貴族も大勢いたのだ。特に夫人方に対して、不愉快な発言の多い男だったのもあった。

 噂はガレマ11世の元へも届いていた。

「全くけしからんことですぞ!」

 コダールはガレマ11世の執務室に乗り込み、大いに毒づいていた。

「頭空っぽの女が、この私を! 陛下の朋輩たるこの私を! 虚仮にしたのですぞ! 確か、そう、キサット、ミューリ・キサット! たかが子爵家の女風情が生意気な!!」

 憤るコダールの言葉を半分聞き流しつつ、ガレマ11世は執務を続ける。

「聞いておられるのですか、陛下! あの女は何と、男は下半身で物を考える生き物だと言い放ったのですぞ!? 男を見下しているのです! つまり陛下、貴殿もそこに含まれておるのですぞ!」

「噓はいけないな、コダール」

 ガレマ11世が、仕事の手を止める。

「余の耳には、彼女は『男は』ではなく『貴方は』と言ったと届いておるぞ」

「ぐっ、で、ですが!」

「すまないな、我が朋輩コダール。余は仕事中なのだ。退出してもらえぬだろうか」

 ガレマ11世の思いがけぬ素っ気ない態度に、コダールは不承不承と言った風で部屋を後にする。

 部屋に一人となったガレマ11世は、目を細め楽し気に呟いた。

「中々に興味深い女であることだな。ミューリ・キサットなる者は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る