3話 ちょっと義母で遊んでみた
……と、いきがってみたものの、押し花を極めるためには問題がいくつかある。
ひとつ目は言わずもがな両親だ。いくら出来損ない呼ばわりをしているとはいえ、公爵家の子息が女性のような趣味に没頭しているなんて広まれば公爵家の恥になる、とかいう理由で絶対に妨害してくるのは確定だ。そんなものクソ食らえだが、せっかく作ったものを壊されたり捨てられたりしてはたまらない。だから先に黙らせておく必要がある。
ふたつ目は主人公のクラルテがもう間も無く編入してくるということ。時系列的に今は本編前だが、倒れる前に学園に咲いている芍薬の花が散り始めていた。ゲームのストーリーの一文に「もう少し早く編入してきていたらこのシャクヤクは君にその美しい姿を見せられたのに」という台詞があったからおそらく間違いない。クラルテが編入してしまえば強制的にゲームの本編が始まる。そうなると悪役であり本編のラスボスであるシュヴァリエ俺は否が応でも関わらざるを得ない。なぜなら学園で起こった事件の黒幕はシュヴァリエだからだ。
もちろん俺はそんなつまんないことはやらない。だって趣味の妨げになるじゃねえか。こう言ってはなんだが俺は面倒事が嫌いなんだよ。
「まあ……主人公と仲良くするっていうのが1番いいんだろうけど、周りは許さないだろうし。関わらないっていうのも学園内だから微妙……どうすっかな……」
いっそ学園内に味方でもできれば少しは希望が見えるんだろうが、残念なことに俺には友達どころか取り巻きもいない。完全に孤立している状態だ。授業中はもちろん昼休み、放課後も俺の元に寄ってくる人間は皆無……。思い返してみるとすっげえ虚しい奴じゃん俺。前世じゃ友達はそれなりにいたし家族とも良好な関係だったのに、全く真逆の環境になってしまっている。
…………よし。
「……とりあえず、主人公は後回しにしよう」
どうせストーリーは無視するって決めたんだし、先に面倒な方を片付けますかね。あの両親には昼のヨルガオにでもなってもらおう。
そのためにはなんらかの手札が欲しいな。俺痛いのは嫌だし。
……そういえば俺が倒れた原因は毒に当たったからだと言っていたな。多分倒れる前に食べた飯の中に混入されていたことはまちがいない。……ちょっと聞いてみるか。
「サリクス、いるか?」
扉に向かって声をかけるとすぐさまサリクスが顔を覗かせた。
「はい、どうしましたか?」
俺は黙って手招きをする。これはシュヴァリエがいつも使っていた内緒話の合図だ。この国には人を呼ぶときに手を動かす文化がない。多分無意識のうちに前世の感覚が出ていたんだろうな。まあ、主人のことを他所でしゃべるのは使用人の規則に反するからやらないだろうけど。
サリクスは流石に勝手知ったるものですぐに俺のそばに黙って耳を寄せてきた。
「お前の能力を使って俺が倒れる前に食べた最後の飯の情報を持ってこい」
「……かしこまりました~」
言うや否やサリクスの姿は跡形もなく消える。
「さてと……あいつが戻ってくるまでの間に俺も何か探るとするかね」
もう動けるんだし、少しでも体の感覚を取り戻しておかないといざという時ときに逃げられない。……戦わないのかという質問は受け付けないぞ。俺は基本的に暴力反対なんでね。それに犯人が女性だった場合は殴れないし。……まあ、向かってきたら転ばせるくらいはするかもしれないけど。
俺はサリクスが戻ってきた場合のために書き置きをしておく。まだやってもらいたいことがあるしね。さて久しぶりに外に出ますか~!
……なんて呑気なことを考えていたのも束の間、俺は全く嬉しくない相手に遭遇した。思わず隠れてしまったよ。バッチリ見られたけどな。直後、ひどく冷淡な口調が飛んできた。
「下僕の分際で女主に挨拶もしないの?」
げ・ぼ・く、ねえ? いつも通りの挨拶ありがとうございますこんちくしょうが。父親おっさんがいないところで俺に出くわすといつも下僕という言葉を使っていたっけね。シュヴァリエの時は何も感じなくなっていたけど柊紅夏の人格が蘇ったことで心が戻った。
……せっかくだし、反撃しますか♪
俺が角から姿を見せるなり、義母は汚物でも見るかのような軽蔑の表情を向けてきた。地味に顎が上がっているのは気のせいじゃないよなぁ?
「この私を前になんともいい度胸をしているわね。お前はいつからそんなに偉くなったのかしら?」
あからさまな上から目線発言の義母を無視して俺は足を進める。もちろん視界に入っていないふりをして。普通は女主人をスルーしないよね。
「ちょっと! 私の姿が見えないの!?」
案の定、ややヒステリックな口調で言葉を浴びせてきた。もちろん聞こえないふり。これだけだと俺スッゲー嫌な奴だな。
「このっ……止まりなさいよ!」
「あれ? 義母上、いらっしゃったんですね」
「なんですって!? 下僕の分際でよくも私を無視したわね!?」
「ああ~すみません。私の名前は聞こえなかったのでそこの使用人にでも話しかけていたのかと思いました」
俺は努めて嫌味ったらしく言ってみる。だって名前を呼ばれていないのは本当だし? 俺の名前は下僕じゃねえんだよ。ちなみにダシにされた侍女がすんごい目つきで俺を睨んでいるが、使用人が仮にも公爵家の次男にそんな態度でいいのかねえ? まあ大きなお世話か。俺、知~らねっと。
「……毒に当たったせいで礼儀さえも忘れてしまったのかしら? あなた如きが私に口ごたえするなんて、また躾けてほしいの?」
怒りで肩を震わせながらも般若の面をつけた義母が言う。
「ちょっと何を言っているのかわかりませんね」
「そう……なら思い出させてあげるわ」
「その前に質問いいですか?」
唐突な俺の返しに義母は訝しげな眼差しを向けてきた。まあこの状況でこんなこと言われたら困惑するよな。
「先ほどから私の耳に美しいヒバリの声が聞こえているのですが、義母上はいつからヒバリを飼っていらしたんですか?」
義母は一瞬ポカンとしたが、みるみるうちに顔が怒りで赤くなる。さすがは貴族。意味に気づくのがお早いことで♪ まあ俺もわかりやすく言ったんだけど!
「下僕風情がよくもアクナイト公爵家の正当な女主であるこの私を侮辱したわねっ!?」
いや、あんたも散々侮辱してきただろ。たかが一回反撃されたくらいでギャーギャー言ってんじゃねえってんだ。俺は確かによその女の胎から出てきたけど、アクナイトに入れたのは公爵だ。渋々とはいえ俺を次男と扱っている以上、俺に当たるのはお門違いだろ。文句なら公爵に言え公爵に。
「シエンナ! この無礼者を断罪の間に引きずっていきなさい!」
「かしこまりました」
侍女が俺を引きずろうと手を伸ばす、直前俺は即座に踵を返し、無駄に長い廊下を全力疾走した。
「なっ!?」
反応が遅れた侍女が慌てて追いかけてくるけどそんな服で走れるわけないだろご愁傷様!
しかし廊下ですれ違う奴らが俺を見てギョッとするのはちょっと面白いな! ……お?
ちょうど正面の窓が換気のためか開けられていた。ラッキー♪
「待てっ!」
義母付きの侍女の声が背中に刺さるが、俺は躊躇わず窓枠に足をかける。そして徐に振り向き。
「ベ~!」
侍女にあかんべ~をプレゼントした俺はそのまま外へと飛び降りた。
ザフッ!
庭の木に受け止められ、するすると地面に降り立つ。公爵家のような高位貴族に仕える侍女は大抵下級貴族の令嬢だ。そんなお嬢様が窓から飛び降りるなんて芸当ができるとは思えない。普段は絶対に必要ないからな。よっぽどのことがない限り走ることもしないだろうし。でも人生何が起こるかわからないんだしちょっとは動けたほうがいいと思うぞ。
俺はそのまま自分の部屋へ戻った。すぐさま鍵をかけ、ベッドへ飛び込むなり。
「あ~っはははははっ!」
盛大に笑い転げた。拳で枕を叩き、ごろごろとベッドを横断し、大の字で仰向けになり、さらに声を立てて笑った。
いや~愉快愉快♪ あの時の義母の顔まじウケるんだけどっ! ああ、スマホがあれば動画と写真両方撮れたのに! 絶対見返すたびに大草原不可避だわっ!!!
「あ~、ちょっとスッキリしたわ!」
と言ってもシュヴァリエが受けた屈辱や侮蔑はこんなものじゃない。この際だから全部精算してやらぁ! でもその前に…………ぷっくっ……………。
「あ~っはははははは!!!」
その後、俺は気の済むまで笑い転げ、後から聞いた話では俺の部屋の前を通った使用人たちが揃ってドン引きしたという。
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