4.目の前の悪魔

 目の前にいる、さっきまで弁護士だった女性は明らかに人間ではないように見える。足が震えているのが自分でもわかるが、ビビッているなんて真琴にバレるわけにはいかない。


「ドーンさん? その角って本物なの?

 なんかお話に出てくる悪魔みたいだけど……」


「やめろ真琴、そいつに話しかけるんじゃない。

 本物の悪魔かもしれないぞ!?」


「あーら失礼ね、かもしれないじゃなくてれっきとした本物よ?

 とは言っても別に悪人のつもりではないけどね。

 地球みたいに天神信仰が優勢な世界だと悪魔なんて呼ばれがちだけどさ。

 正式には魔神と天神だから勘違いしないでよね」


「魔神…… 神様なんですか?

 じゃあ僕たちに危害を加えるつもりはないと?」


「ないない、善悪は人間たちが勝手に決めるものであってアタシたちには存在しない概念よ?

 魔神を敬う子たちにとってはアタシたちが善だし、もちろんその逆も然り。

 まあ話として作りやすいのは天と地、光と闇、そして善と悪みたいな?」


「はあ、大体そんなもんですね……

 というかドーンさんは本物の、その、魔神? なんですか?」


「だからそう言ってるじゃないの。

 8年前にダイキと契約してトラスへ連れて行ったのもアタシ。

 その頃はまだ下級魔神として死後の魂を回収する仕事をしてたからね。

 詳しくは省くけど、そこで仕事をしてもらったから報酬を与えたの」


「それがあの家ですか。

 でも僕たちがそのトラスって言う別の世界へ引っ越すこと前提ですよね?

 偶然親父が急死して母さんも家出してたから助かりますけど……」


「ダイキはさ、予見してたんでしょ。

 自分の息子はダメ人間だって良く話してくれたもの。

 いざってときには孫を助けたかったんだと思うわ。

 何事もなければ今みたいなことにならなかったんだし。

 だからあなた達が困らないように財産を残してアタシに託したわけ」


「今みたいなことって…… でもなんでいきなり正体を明かしたんですか?

 急に角なんて生えたら驚くに決まってますよ」


「でもお兄ちゃんにも角が生えてるよ?

 もしかしてマコにも生えてる?」


 真琴に言われて横を見ると、羊のように曲がりくねった角を生やした真琴が座っている。慌てて自分の頭を触るとどう考えても角としか思えない固い感触が手に触れた。


「うわああ、なんだこりゃ!?

 僕も悪魔になっちまったのか!?」


「だから悪魔じゃなくて魔神って言ってたじゃない。

 でもお兄ちゃんのはどっちかというと鬼みたいだね」


「同族には隠蔽魔術が効かないからアタシの角が見えるようになったってわけ。

 でね、角の生え方には個人差があるのよ?

 肉体派は直線的、魔術派は湾曲的な形状が多いって言われてるの。

 きっと真琴は魔術系ね」


「えー!? マコったら魔法少女になれちゃうの!

 やったー!」


「―― って! 二人とも! そう言うことじゃないだろ!

 僕たちは人間じゃなくなっちゃったってことか?

 こんな姿でどうやって生きて行けばいいんだよ……

 ドーンさんなら元に戻せるんだろ? 頼むよ!」


「あれ? 気に入らなかった?

 トラスで暮らすなら魔族じゃないと色々不便だと思うわよ?

 天神信仰は風前の灯だから加護もほぼ無いしね。

 もちろん魔術は魔族にしか使えないし、肉体的にも優れてるんだから」


「だからって何の説明もなしに突然こんな事するなんて……

 と言うか、トラスへ移住するのは決定、なんですかね……?」


「いいじゃん、マコはお兄ちゃんと二人で引っ越すの楽しみ♪

 マコがちゃんと面倒見てあげるからね」


「真琴が乗り気だから決まったのかと思って指輪をはめてもらったんだけど?

 あれがアタシとの契約の証ってわけ。

 あなた達は神じゃなくて人だから魔人ってことになるけどね。

 でもおまけで普通の人よりも強くしておいてあげる、いわゆる転生チートってやつ?」


「転生ってことは生まれ変わるってことですか?

 真琴とは離れ離れになるってことじゃないですよね?」


「そこは希望次第だけど、二人ともゼロからの転生は望んでないでしょ?

 本当は魂を別の世界へ移す時には記憶はすべて消すのよ。

 でも今回はダイキとの契約だから特例で今のまま送ってあげる。

 その代わりってこともないけど、地球にいた痕跡は全て消えるけど構わないわね?」


「お母さんのことも……? マコが忘れちゃう?

 それとも向こうがマコの事忘れちゃうの?」


「向こうが真琴を産んでないことになる、かな。」


「それじゃマコを棄てたお母さんは存在しないってことになるんだね!

 酔っぱらって叩いてきたお父さんも!

 マコには優しいお兄ちゃんだけいればいいもん!」


「真琴…… 今まで守りきれなくてゴメンな。

 これからは僕に任せとけ、一緒に幸せになろう」


「うん、だって夫婦だもんね」


「いや、それは違うが……」


 念のため指輪を引っ張ってみるがビクともしない。どうやら指と一体化してしまっているようだ。それでも真琴はニコニコとご機嫌で微笑んでいる。


「まあトラスには夫婦で指輪を交換するなんて習慣はないから気にしないで平気よ。

 あれは天神信仰がお布施を集めるための口実だからね。

 奴らは金の亡者なのよ、何かにつけて金品を要求するのは天神信仰の特徴だわ」


「ま、魔神信仰でしたっけ? こっちは生贄とかのイメージ有りますけど……」


「あなた聖書読んだことないでしょ、生贄も天神の要求よ?

 魔神信仰だと魂を貰って契約するくらいかしらね。

 しかもそれは魂の死が来るまでで強制的に取り上げたりはしないし。

 ダイキは地球時間の8年前に転生して109歳まで生きたからね。

 魂の回収にずいぶん時間がかかったわ」


「そうか、爺ちゃんは次の人生で長生きできたんだな。

 なんだか安心したよ」


 僕はいつの間にかこのドーンの言うことを信用するようになっていた。まあ信用するなと言っても、自分の頭に生えた角がそれを許してくれないのだが…… それにしても、こんな馬鹿げたことをあっさりと受け入れている真琴が少しだけ羨ましかった。

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