番外編 お正月バージョン

(※注意)ぴんぽんぱんぽーん(※注意)

 このお話は本編とは関係のない番外編のお話です。時系列的には少し先になると思われます。どうしてもお正月の話が書きたくて本編完結してないのに番外編とか書いてしまいました。ご納得頂けましたら、ご覧ください。



「もーいーくつねーるーとー、おーしょーおーがーつー!」

 一月一日。

 笹森の白い息と、勢いに任せた調子外れの歌声が、すっきりと晴れ渡る空に吸い込まれていく。

 初詣のために駅に向かう人々とは逆に、僕と笹森は駅から住宅街への道を辿る。

 正月らしく浮かれた様子の笹森の腕を、肘で軽く小突く。

「おい……おい笹森、うるせえ」

 白のダウンジャケット。ピンクのマフラーとニット帽子で顔の半分が隠れていても、笹森の表情が緩み切っていることはよくわかる。

「いいじゃん! せっかくのお正月なんだし!」

 僕は空に向けてため息をつく。ひときわ大きな白い息が空に吸い込まれていった。

「はあ……なにが正月だよ。元旦なんてのは十二月三十一日の翌日でしかないんだぜ? ただの祝日だよ。浮かれてんじゃ……くあぁあ……ねえぞ」

「めっちゃ眠そうじゃん」

 話の途中、不意に出たあくびをしっかりと指摘されてしまった。今は寒さで目が覚めているからまだいいけれど、暖かくなったら睡魔に抵抗するのが大変そうだ。今朝鏡で自分の顔を見て、目の充血とクマが酷かった。そんなことを考えていたらまたあくびが込み上げてきたので、口の中で噛み殺す。

「徹夜だよ」

「大晦日だからって夜更かししたんでしょー」

「ちげーよ」

「てかさ、なにその荷物」

 笹森が僕の背中を指差す。続いて指先と目線を、僕の手元に移していく。

「多すぎじゃない? リュックと両手に紙袋って」

「仕方ないだろ。正月早々、琴羽さんの実家にお呼ばれしてるんだぜ。いろいろと準備が必要なんだよ」

 元旦の朝から僕と笹森は琴羽さんの実家である笹森家へと向かっていた。理由は、お正月をうちで一緒に過ごしませんか、と誘われたからだ。僕も笹森も、正月を正月らしく過ごす習慣がない。正月飾りは何一つ用意しないし、おせちも用意しない。テレビの正月番組でそれっぽい音楽と番組を見てちょっとだけ正月気分を味わって終わりだ。

 だけど近衛家は違う。門松も置くし縁起物も飾る。おせちも雑煮も餅も食べるという。ただし、今年は琴羽さんの両親である広明さんと聡子さんが揃って一日が仕事ということで、お正月が寂しい。そこで僕と笹森にお声がかかったというわけだ。

 両親がいないとはいえ、嫁の実家で正月を過ごすというシチュエーションに、僕は若干戦々恐々としていた。そのために入念な準備をしてきたのだ。

「優一朗のリュックに矢、刺さってんだけど? 合戦でも行くの?」

「どこでやってんだよ。というかこれ、知らないのか? 破魔弓って言ってな。男の子が無事に成人できるように祈願する正月の縁起物だ」

 ふうん、と、さして興味もなさそうに笹森は応じる。

「琴羽さんの家って未成年の男の子いるの?」

 笹森の質問に、僕は軽く首を横に振る。

「いや、いねえな。けどいいんだよ。こういう縁起物はいくらあっても」

 僕のリュックからは破魔弓以外にもいろんなものが飛び出していた。

「このゴテゴテの装飾が付いた羽子板は?」

「破魔弓の女の子バージョンじゃね?」

「ダルマは?」

「縁起物」

「熊手は?」

「縁起物」

 ジトッと僕に蔑む視線をくれた笹森は、はあ、と呆れた様子で脱力した。

「……浮かれてんのは優一朗のほうじゃん」

「はあ? バッカおまえ、こーゆーのをどれくらい知ってるかで、向こうの俺を見る目が変わるんだよ! 一見バカそうな大学生が縁起物とかちょー知ってたらギャップだろ?」

「なんにも知らない小僧が、って思われるだけじゃない?」

「や、やめろ。いきなり俺のプランを崩壊させるようなことを言うな! 嫁の実家に正月に顔を出すプレッシャー舐めんな? もうちょっと吐きそうなんだぞ!」

「豆腐メンタルウケるー」

 ケラケラ笑う笹森を、僕は恨みがましい目で睨む。

「で、でも大丈夫だ。今日は一つ、ミッションを授かっている」

 そう言って、不敵に微笑んで、両手に下げた風呂敷包みを掲げてみせる。笹森も気になっていたらしく、食いついてきた。

「なにその風呂敷包み」

「中身は着いてからのお楽しみだ」

「いいの? そんなこと言って。引っ張ればその分ハードルが上がるんだよ?」

「地味に僕のメンタルが削れるようなことを言うんじゃない。大丈夫、もう着いた」

 足を止めて、一軒の家を見上げる。

 続いて目を向けた笹森があんぐりと口を開けた。

「え! ここ!? でっか! お金持ちじゃん!」

「ふ。まあな」

「優一郎がドヤ顔すんなし。ウザ」

「てめえ……」

 そのとおりだけど。もう少し言い方考えろ。

 門を開けて石畳の敷かれた庭を横切り、玄関の前に立つ。

 何度来てもここに立つと緊張する。手汗をズボンで拭って深呼吸をする。

 ピーポーン

「あ! ちょっ、なに勝手に押してんだ笹森!」

「優一朗がもたもたしてるからじゃん」

「まだ心の準備ができてないでしょうが!」

 ガチャリ、とドアが開いた。インターフォンでの返事もなく、いきなりである。

 予想以上に低い位置に、白い髪の女の子がひょこっと顔を出した。

「どちらさま?」

 近衛家に居候しているアリアちゃんだ。サラサラの長い白髪がまとめられて、後頭部でお団子を作っている。赤い玉のついた串が長い髪を一つにまとめているらしい。青と白の振袖の袖を揺らして、ドアをぐいーっと広げる。

「あけおめー! アリアちゃん」

「あら、すずじゃない。あとユーイチロー」

 ついでのように言われた。僕を見た瞬間、アリアちゃんの顔から赤みが消えて明らかに意気消沈した。くっ、いくら僕でもちょっと傷つくぞ。

 でも僕は大人なんで、傷つきつつも愛想笑いの顔は崩さない。

「あはよう、アリアちゃん」

「てかアリアちゃん着物じゃん! ヤッバ! ちょーかわいいんだけど!」

「ふ、ふん。とーぜんでしょ」

 笹森の言葉に、アリアちゃんは僕を見て下げたテンションを一気に上げ直して、ひらひらと袖を振ったり、体を捩って背中の帯や柄を見せてくれたりした。

「日本の着物は可愛くて好きよ。動きにくいのがけってんね」

「かわいいー持って帰りたいー」

「こえーよ」

 ほら、アリアちゃんも「ひえぇ」って顔してるじゃん。

「ま、まあいいわ。すずは入れてあげる」

「やったー」

 じろっと、アリアちゃんが僕を睨む。

「ユーイチローはお呼びじゃないからバイバイね」

「いやいやいやいや! 僕もお呼ばれしたんだってば! 開けてよアリアちゃん、いま両手塞がってて開けられないんだよ!」

「しーらない」

 ややくぐもった声が玄関のドア越しにきこえてくる。

 腹立つぅ! けど年始そうそう問題を起こして険悪になりたくなんてないし。仕方がない、ここは禁断のあの言葉を使うしかない。

「……お年玉あげるから」

 ガチャリ。

 早速玄関の扉が開いた。現金なやつだなあ。まあ、もともと渡すつもりで用意してきたし、素直に開けてくれるならまだいいか。

 開いた扉の前に立っていたのは、ニコニコ顔の笹森だった。

「ありがとう!」

「おまえの分はねえよ……待って閉めないで!」


 広い上がり框に荷物を置く。奥のリビングから人の気配とテレビの音が聞こえてきていた。屋内の暖かさが冷え切った顔面に染み込む。

 サンダルを脱いだアリアちゃんが「さむいさむいー」と言いながらばたばたとリビングに駆け込んでいく。

「お邪魔します」

 声をかけると、廊下の奥の方から「はーい」という声が返ってきた。声音からして琴羽さんであることは間違いない。

 顔を上げた僕は、荷物を置いた中腰姿勢のまま固まった。

 着物姿の琴羽さんが、静々と歩み寄ってきた。

 目の覚めるような紅の生地に梅の花の刺繍が施された美しい着物だった。艶やかな黒髪をきれいに結い上げている。髪に刺した櫛の装飾がゆらゆらと揺れ、蛍光灯の光を受けてきらきらと輝いていた。薄く化粧をしているようだけど、頬の赤みは紅を塗っているわけではなさそうだ。少し照れた様子で微笑みながら、浅く頭を下げる。

「優一朗さん、すずさん、あけましておめでとうございます」

「あ、あけましておめでとうございます」

「あけおめー、てかヤッバ! 琴羽さん着物ちょー似合うじゃん!」

 ストレートに感想が伝えられる笹森が羨ましい。僕は直視するのも遠慮するくらい緊張しちゃってるっていうのに。

 顔を上げた琴羽さんは嬉しそうに微笑んでいた。

「ふふふ。ちょっと張り切っちゃいました」

「振袖?」

「いえ。これは小紋と呼ばれるもので、振袖よりもカジュアルに着られるものと思っています」

「いいなー」

「すずさんも着てみますか?」

「マジ!?」

「やめとけよ。味噌汁を袖に引っかけてひっくり返すのがオチだ」

「あー。やりそう!」

 認めんのかよ。

 視線を琴羽さんに戻すと、バチッと目が合った。けど、今度は琴羽さんのほうが目を伏せてしまう。かと思うと、チラッと上目づかいに見てくる。そわそわとしてなんだか落ち着かない様子だ。

 ふいに、笹森に脇を小突かれた。

「なんか言ったら?」

「え?」

 あ、僕の感想待ちだったのか。と言ってもなあ、言いたいことは全部笹森が言ってくれちゃったし。

「え……と、いや、その……柄も縁起がいいし、発色も鮮やかだし、櫛もきらきらしててきれいだし、なんと言うか、すごくお正月っぽくていいと思う……!」

「いや、褒めるの下手か」

 笹森が呆れていた。うるさい、僕だってわかってるわ。

 琴羽さんは軽く両手を上げて着物全体を見せ、袖を振り、くるりと一回りしてから僕を見た。

「あの、似合っていますか?」

「は、はい」

 僕が答えると、琴羽さんは満足げに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 琴羽さんの頬がさっきに増して赤くなっている気がする。

 隣から盛大な溜め息が聞こえた気がしたけど無視した。

「立ち話もなんですし、まずは上がってください」

「お邪魔しまーす」

 ずかずかと上がっていく笹森に続いて、大荷物を持った僕も靴を脱ぐ。風呂敷のひとつを琴羽さんが持ってくれた。

「ありがとう」

「いえ。外、寒かったですよね? リビングに……えっと、こたつが出ているので、温まってください」

「あれ?」

 僕は首を傾げる。なんだろう、今唐突に違和感を感じた気がする。

 僕の反応を見ていた琴羽さんも一緒になって首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 と、言うしかない。違和感の正体は、僕にもわからない。


 リビングに入ると、ソファーが下げられて大きめの炬燵が設置されていた。四角い炬燵の一角にアリアちゃんが収まり、もう一角にどてらを着た梅蔵さんが座って駅伝中継を見ていた。

 僕たちの姿に気がつくと、梅蔵さんは首を捻って手を上げた。

「よお」

「お久しぶりです、梅蔵さん」

 先を歩いていた笹森が猫のようにするすると梅蔵さんに近寄っていった。

「おう、すずちゃん。いらっしゃい。ほら、お年玉だ」

「わーい。ありがとう!」

「炬燵あたんな」

「うん」

 別にそれが目的ってわけじゃなかったんだろうが、笹森は相変わらず人に気に入られるのがうまい。

「はー、あったかーい」

「ちょっとすず、なんでアリアとおなじところに入ってくるのよ!」

「広いしいいじゃん。一緒に使おう」

「いや! アリアもひとりでひとつ使いたい!」

 二匹の猫がじゃれるように炬燵の場所を取り合っている。

 そんな様子を尻目に、僕は荷物を置いて梅蔵さんに近寄った。

「あけましておめでとうございます」

「おう。おめっとさん」

 それだけ言うと、梅蔵さんの顔がずいっと近寄った。

「例の物は持ってきたか?」

「はい。ちゃんと用意してきました」

「よしよし」

 満足げに笑って席を立つ。

「じゃあ、わしは酒を取ってくるから、準備しておいてくれ」

 リビングを出て行く梅蔵さんを見送りながら、僕は持ってきていた風呂敷包みを引き寄せる。

「あの、優一朗さん」

 僕のすぐ隣に膝を付いた琴羽さんが顔を寄せる。いつもと違う、すこし柑橘っぽい香りがふわりと立ち上った。

「わたし、言われたとおりお餅しか焼いていませんが、本当によかったのですか?」

「もちろんです。僕が用意してきましたから」

 風呂敷包みを解くと、中から黒漆の重箱を取り出した。これは数日前に梅蔵さんに託されたものだ。

 机の上のみかんの籠をどけて、重箱を置いて蓋を取る。

 中には色とりどりのお節料理が詰まっていた。崩れないように注意して運んできたから、中身はきれいなままだ。もう一つの風呂敷包みも解いて、別の重箱も机に置いて蓋を取る。

 琴羽さんが目を輝かせた。

「わあ! おせちですね!」

 起き上がった笹森とアリアちゃんも机の上の重箱に注目する。

「すっご! これ全部優一郎が作ったの?」

「鯛の煮つけとか昆布巻きとか、黒豆の煮たのとかはな。一部かまぼことか栗きんとんとかは出来合いのものを並べたけど」

「きれー!」

 これにはアリアちゃんも感心してくれたらしい。

「僕は子供のとき、おせちって苦手だったから、美味しいかどうかはわからないけどね」

「ユーイチローと一緒にしないで!」

「ご、ごめん」

 結局怒らせてしまった。今年もアリアちゃんと仲良くするのは難しそうだ。

「あとはお雑煮も途中まで作ってきたから、温めてお餅を入れたら完成かな」

「いいね! お腹ペコペコだよー!」

 食う専門の笹森は満足そうだ。というか、おまえもお呼ばれしてるんだから手土産のひとつも用意して来いよ。

「琴羽さん、ちょっとキッチン借りますね」

 お雑煮の入った鍋を抱えて立ち上がると、琴羽さんも一緒に立ち上がった。

「わたしもお手伝いします」

「いえ、大丈夫ですよ。せっかく綺麗な格好してるのに、汚したらもったいないですし。梅蔵さんのお酌をしてあげてください」

 やんわりと断る。

 今回梅蔵さんからは、琴羽さんにおせちを作らせないようにしてくれと言われている。正月だし、張り切っていろいろ作りたい琴羽さんの気持ちもわかるけど、正月早々腹を壊したくない梅蔵さんの気持ちもわかる。僕としても梅蔵さんに頼られる機会なんてそうないから、ここはなんとしても期待に応えて恩を売っておきたい。

 というこちらの思惑を巧みに見抜かれたような気がする。

 琴羽さんは少し寂し気微笑んでに「はい」と答えた。

 申し訳ない気持ちのままキッチンに向かうと、炭と化した餅が置かれているのを目にして、やはり任せなくて正解だったと思い直した。


 料理が出そろい、五人で炬燵を囲う。四角い炬燵に五人で座るとなったら一カ所はふたりで使うことになる。「シスと座る!」とごねるアリアちゃんをなだめて、笹森とアリアちゃんが同じ席に納まった。サイズ感的にも一番窮屈じゃない組み合わせだ。

「それじゃあ改めて、新年、あけましておめでとう。今年もどうぞよろしく」

 梅蔵さんの唱和に合わせて、各々がお猪口を掲げる。お神酒ということげ一杯だけみんなに配られた。アリアちゃんはなしだ。

「よろしくお願いします」

「おなしゃーす」

「日本のお正月ってにぎやかなのね」

「よ、よろし……」

「乾杯!」

 僕の挨拶は遮られた。今年も僕は間が悪い。

 賑やかな正月の朝食が始まった。まあ、時間的にはもう昼に近いけれど。遅い朝食もまた正月の醍醐味だ。

「アリアさん、お餅を食べるときひと口を小さくして食べてくださいね。あとお雑煮のお野菜もちゃんと食べないといけませんよ?」

「うー、なんでこんなに野菜が入ってるものを持ってくるのよ。ユーイチローってば気が利かないんだから!」

「僕のせいなの、それ?」

「やっぱお正月といえばお神酒だよねー」

「あ、こら笹森、おまえまだ未成年だろ。二杯目はダメだ」

「お神酒なんだしいじゃん」

「湯呑でお神酒飲むやつがいるか! せめてお猪口にしとけ」

 梅蔵さんがしかめっ面でテレビを見ている。

「きつそうだなぁ。息が荒いしフォームの乱れちまってる。こりゃあ連覇は厳しいかぁ?……おお! このタイの煮つけうめえな! 日本酒によく合うぜ!」

「どうも」

「あん? なんだ手作りか?」

「まあ」

「ふん。やるじゃねーか」

「優一朗さん、御神酒、もう少しいかがですか?」

「じゃあ、ちょっとだけ」

 着物姿の琴羽さんに酌をしてもらう機会なんて滅多にない。この機会に堪能しておかないと。

「……あれ?」

 なんか、琴羽さんがふたりいて、世界が上下逆さまなような……? いやいや、そんなはずないって。大丈夫、まばたきをすればすぐになおる……。

 あ、ダメだ、目が開かない。


 × × ×


「……いち……くん……おきて……」

 え?

「……いちろうく……おこたで……カゼひいちゃうよ」

 琴羽さん? なんか、ちいさい……?

「ゆういちろうくん、おきて。おこたで寝てると、カゼひいちゃうよ」


 × × ×


「……ちろうさん、ゆういちろうさん」

「……ん……はい?」

 琴羽さんだ。ちゃんと成長してる。

「優一朗さん、お……こたつで寝たら風邪をひいてしまいますよ」

「すみません、お酒飲んだら意識が飛びました」

「はい、わたしもびっくりしました。急にこたつに突っ伏して眠ってしまわれたんですから」

「なんか徹夜だったらしいよ。これ作ってたからかも」

 笹森が昆布巻きを口に運ぶ。

 梅蔵さんの姿がない。

「あれ? 梅蔵さんは?」

「こたつで眠りそうでしたので注意したところ。酔いを醒ますといってお散歩に行かれました」

「こたつ……あの琴羽さん、昔はこたつじゃなくて、おこたって呼んでいませでした?」

「ええ!? い、いきなりなんですか!?」

 一気に赤面した琴羽さんがまくし立てる。そんなに驚くことかな?

「なになに? こたつのことおこたって呼ぶの? なにそれ、可愛い!」

 笹森の言葉にブンブン首を横に振る。

「か、可愛くなんてありません! おこたなんて呼んでません!」

「いや、呼んでましたよ。琴羽さんがこたつって言ってるほうが違和感がありますよ」

 恨みがましい目で僕を見る。琴羽さんに否定的な目を向けられるのはなんか新鮮だ。癖になりそう。

「うう……どうしていきなりそんなことを言いだしたのですか?」

「いや、夢に幼き日の琴羽さんが出てきたから」

「は、初夢にわたしが……!」

 あー。初夢ってたしか元旦の夜から二日にかけての夢のことだから、これもまあ一応初夢ってことになるのかな。

「そうですね。初夢に現れた幼女形態の琴羽さんが言っていました」

「幼女形態……?」

「幼女形態ウケる」

「ようじょけいたいってなに?」

 僕の中途半端なボケを拾ってこねくり回すのはやめていただきたい。

「どうして呼び方を変えたんですか?」

 もじもじと言いにくそうにしていた琴羽さんが、そっと口を開く。

「……中学生のときに、授業中におこたと言って、笑われてしまいまして……ちょっとトラウマなんです……!」

「なにそれ! おこた可愛いのに!」

 落ち着け笹森。

 琴羽さんは両手で顔を覆ってしまう。

「やめてください……! かわいくなんてないんですぅ!」

「トラウマだっていうならしょうがないですけど、なんかがんばってこたつって言っていたような気がするので、琴羽さんが好きなように呼んだらいいと思いますよ?」

「そんなのどっちでもよくない?」

 アリアちゃんくらい我が道を行かれても困るけど、この図太さは琴羽さんにも少しはあってもいいと思う。

「あたし、今度からおこたっていおうっと」

 笹森、悪気はないんだろうけど、このタイミングのその発言は煽っとるようにも見えるんだよ。そういうとこだぞ。

 顔を覆っていた手を外して、琴羽さんは少し体を起こした。

「わたしがおこたと呼ぶようになったのは、おばあさまがそう呼んでいたからなんです。おこたに当たりながら、かるたとか花札とかお絵描きとか、いろいろ教えてくれました。えっと、つまりですね、なにが言いたいかといいますと、わたしはおこたと呼びたいです」

「では、うちではおこたと呼ぶことにしましょう」

 こういう家庭独自のルール、僕は意外と嫌いじゃない。

「……はい、そうしましょう」

 相変わらず顔は赤いままだけれど、琴羽さんは微笑んでいた。



 旧年中はわたしの拙作をお読みいただきありがとうございます。

 2024年もどうぞよろしくお願いいたします。

               浅月そら

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