第112話 交渉の結果は


 結局グスタフと野生の恵獣の女の子の仲はかなり進んだようで、グラディスと群れのリーダーとでなんらかの約束が結ばれたようだ。


 それは今すぐに番になるとかではないようだけど、いずれは……という婚約に近いもののようで、また出会った時……その時まで彼女が生きていれば、という形になったようだ。


 その時まで……というのが野生の過酷さを感じさせたけども、ここらの魔獣は大体狩れているし、恵獣が一方的にやられるような天敵も存在していない。


 ということならまぁ、余程のことがなければ再開出来ることだろう。


 それまでグスタフはちょっとした切なさと不安を抱くことになる訳だけど、どうやらグラディスはそれも試練の一つと考えているようだ。


 再開する時まで不安などに耐えて、女の子のことを想い続けられるのなら番になっても良い、的な。


 随分と厳しいと言うか、幼いグスタフには過酷過ぎるように思えるけども、グラディスが決めた親子のことだからと俺からは何も言わないでおこう。


 向こうの群れも悪い反応はしていなかったし、恵獣ラン・ヴェティエル達にとってはそれくらいが普通……当たり前のことなのかもしれないな。


 実際グスタフも不安とかよりも仲の良い女の子が出来たことをただ喜んでいるようで……村までの帰り道でスキップのような、浮足立った様子も見せてくれた。


 そうやって村に帰ると……どうやら話し合いはすでに終わったようだ、何人かの男衆とロレンスさん達の姿が広場にあり、そこで酒盛りが行われている。


 あの様子なら前向きな結果に終わったに違いなく……こちらに駆け寄ってくるアーリヒの表情からもそれが分かる。


「どうだった?」


 と、問いかけるとアーリヒは、ニッコリとした笑みを返してくれてかなり良い結果だったようだ。


 だけどもここで話すような内容ではないらしく、俺のコタへ行こうと視線で促してきて……それはそれに従いコタに向かう。


 グラディス達の蹄を綺麗にして、軽くブラッシングしてゴミとかを落として、それから入室、そうしてそれぞれのクッションや毛皮の上に腰を下ろし、お茶を入れるため焚き火で湯沸かしを始めた所で、アーリヒが話を始めてくれる。


「結論から言うと同盟を組むことになりました。

 沼地の人々と、ではなくロレンス達と、という形です。

 議会における派閥……でしたか、ヴィトーが説明してくれたその群れとの同盟になります。

 内容としてはまず浄化を最優先とし、協力していくこと、情報交換を積極的に行うこと、魔獣の倒し方なども教えてあげることになりました。

 それと取引の再開……と、言っても以前のような形ではなく、より公平な形になるとのことで、こちらとしても得がある取引になるようです。

 この辺りの毛皮や木材、琥珀なんかは他とは比べ物にならない程質が良いので、その取引を再開出来たとなれば、ロレンス達の手柄ということになり、議会での影響力を増すことが出来るそうです」


 俺の説明が悪かったのか、アーリヒが派閥を群れと解釈してしまっているが……まぁ、うん、完全な間違いではないし、そこは良いとしよう。


 そして取引の再開か……この辺りの毛皮の質が良いというのは、多分だけど寒さのおかげなんだろう。


 寒さのおかげで虫や皮膚病なんてものが少なく、毛皮が荒れにくいらしい。


 確かに前の世界では山で見かけたイノシシとかが疥癬になっていたとかなんとか、そんな話をよく聞いたし、そういうのが無いとなったら、結構な差になるのだろう。


 琥珀は結構な頻度で見かけることがあり、木材もサウナに使っている甘い香りがする木材とかがそこら中にある訳で、あれがここでしか手に入らないとなったなら、それはもうかなりの価値となりそうだ。


「なるほど……ただ商人ってのは油断ならない存在だから、決して油断はしないよう皆に知らせておいた方が良いかもしれないね。

 それとさっき恵獣の群れを見かけたんだけど、情報交換を盛んにするってことは人の行き来が増えるってことで、そいつらが恵獣に手を出したら大事だから、そこら辺の約定も必要になるかな。

 沼地の誰かが恵獣に手を出したら即同盟と取引破棄っていう、厳しいくらいの条件で。

 あとは……ヴァーク達との仲介についても約定を交わしても良いかもしれないね、仲を取り持ってやるから、なんらかの見返りをよこせって感じでさ」


 と、俺が言葉を返すとアーリヒは頷いて言葉を返してくる。


「分かりました、話し合いは明日もすることになっていましたので、その時にそれらの条件についても話し合っておきます。

 ヴァークの件についてだけは、すでに話が進んでいまして、ベアーテがその辺りを取り仕切ってくれるそうです。

 ただまぁそのためには色々と条件があるみたいでロレンス達は樽一つ分の銀塊を要求されていましたね」


「ぎ、銀塊? 樽一つ分とはまた随分な量を要求したもんだなぁ……。

 そんなにたくさん銀を要求するのなら、同価値の金塊にしてもらった方が小さく済みそうなものだけど」


「同じ意見がロレンスから出ましたが、ヴァークにとっては金よりも銀の方が価値がありますから……そんな銀でなければ駄目だとベアーテは絶対に譲らないそうです。

 そんな要求でもヴァークとの取引が再開出来るのなら飲む価値はあるようで、ロレンス達はかなり悩んだ様子でしたが、最終的には要求を飲むことにしたみたいです。

 ……これでロレンス達はシャミ・ノーマとヴァークから妥協を引き出した英雄になれるとかなんとか、そんなことを護衛の者達が漏らしていましたね」


「……なるほど。

 まぁ俺達としても、浄化に理解のある勢力が力を増すことはありがたいことだから、悪くない結果だと思うよ。

 ……あ、ビスカを置いていった商人達は、これから再開する取引から外してもらった方が良いかもね。

 あの時の態度はあまり良いものとは言えなかったし、ビスカへの対応も良いとは言えないものだったし……それと、あまり良くない考えではないかもしれないけど、俺達と交渉が決裂した結果がどうなるのか……取引が停止されたらどうなるのか、良い見せしめになるかもしれないからね」


 そんな俺の言葉を受けてアーリヒはきょとんとした顔をする。

 

 別にそのくらい良くないですか? とでも言いたげな顔だ。


 それを受けて俺が結構ドライな所あるんだなぁと驚いていると、ずっと黙って話を聞いていた、クッションに横になって見学モードに入っていたシェフィが声を上げてくる。


『別にいんじゃない? それで落ちぶれるのならそもそもシャミ・ノーマの皆を蔑ろにするなって話なんだしさ。

 それに本当に落ちぶれるかは分かんないんでしょ? ならヴィトーがあれこれ気にすることはないよ』


「グゥ~~」

「ぐぅ」

 

 グラディスとグスタフまでがそれに続いてきて……意外に皆厳しいんだなぁと少しだけ怯んだ俺は、とりあえずそんな皆に振る舞うかと、湧いたお湯でもってお茶を……ポイントで量産した緑茶を淹れ始めるのだった。



――――


お読みいただきありがとうございました。


次回はロレンス達の帰還とかになる予定です


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