6. - Isolation
「このバントに会ってこようと思う」
週明け、学校からの帰り道にチカからそう告げられて、私はスマホのメールアプリを開き、そのバンドから送られてきた勧誘メールを改めて確認する。
ボーカル、ドラム、ギターの三人で活動していて、ベーシストの募集をしている書き込みをバンドのホームページでも確認できた。
フクロウがモチーフのバンドロゴ。私の目から見ても格好いい。
オリジナル曲も何曲か動画投稿サイトにアップされていて、チカもこのバンドだったら良いと思ったのだろう。
(変に売れ線の曲ばっかり弾いてる感じしないし、チカもどっちかってーと、こういう雰囲気のバンドの方が好きだよなー)
ただ一つ気になったのは、チカが動画投稿サイトにアップしたのは売れ線の曲だったこと。
(アップした曲と雰囲気全然違うけど、大丈夫かな…………)
私からすれば、ある一定のレベルを超えた演奏は全部『上手い』に統一されてしまい、よく分からない。
でも見る人が見れば、ジャンルや雰囲気に関係なく、基本的なテクニックやそれ以上の技術も理解できるのかもしれない。
今回のケースも、それが認められてオファーをくれたのかもしれない。
それに、今いる三人のメンバーも、私たちと同じ女子高校生らしいから、それも一つの要因だったかのかも。
(これなら大丈夫……だよ……な……)
「良いんじゃねーか? 指定された場所もここからも近いし。それに、同じ高校生同士ならチカもそこまで気つかわないだろうし」
「うん。行ってくる」
「じゃぁ、私からメール返しておく。候補日は来週の土曜日でいいか?」
「いい。悠妃、ありがと」
「いいよ、別に。…………チカ、その……良いバンドだといいな」
「ん。ここから伝説が始まる」
「ふふっ、なんだそれ」
家に戻ってすぐに、勧誘のオファーをくれたバンドに返事を返す。
勧誘の御礼、次の土曜日に会いたいこと。こちらの連絡先の電話番号。
返事はその日のうちに来て、希望通り土曜日に顔合わせに決まった。
ただ、バンド練習の後がいいとのことで、少し遅めの時間と、場所はショッピングモールの駐車場を指定された。
どうやら、ショッピングモールに入っている楽器店の練習室を練習場所にしているらしい。
内容を確認してチカに共有する。
返事にはオファーを受けてくれたことへの御礼も丁寧な書きぶりで書いてあったが、向こうの連絡先は書いていない。
(普通、初対面同士だったら電話番号の交換しないか? こっちは提示したんだし)
あのチカのことだから何かトラブルがあったとしても「会えなかった。連絡するの面倒だった」とか言って特に気にせずに帰ってきそうだ。
せっかくのチャンスをそんなすれ違いで無駄にするのも勿体ない。
向こうもうっかりしてたんだろうな。
(仕方ねーな。もう一回連絡して向こうの電話番号、聞いておいてやるか)
私は、指定された日時・場所に同意する旨と、トラブルに備えてそちらの電話番号も教えて欲しいと記載してメールを返信した。
そして約束の土曜日。
私が送ったメールに対する返信がないまま約束の日。
「チカ。向こうから連絡先の返信なかったから連絡くると思う。待ち合わせの時間あたりに知らない電話番号からかかってきたら、ちゃんと出るんだぞ?」
「分かった。任せて」
「ったく、SNSのバンドアカウントに今日の件でDM送ったのに、全然返ってこねーし」
「なんか変な感じだったら、直ぐに帰ってくるから大丈夫」
「だな。あれからも勧誘メール来てるから他にも候補あるし。これっきりってことはないから安心しろ。てか、やっぱりこういう時って、ベース持っていくのか?」
「うん。もしからしたら『ちょっと弾いて』ってなるかもだし」
あのチカもやっぱり少し緊張しているのか、今日は声のトーンが少し高い気がする。
こいつも人並みに緊張することがあるのかと、それはそれで新しい発見だった。
「えー、それじゃーあれだ。天才ベーシスト様の前途を祝して、コレ、やる」
「何これ?」
「べ、別にたいしたもんじゃねーけど、お前、いつもピックケースとか、チューナーの予備の電池とか、適当にホイホイってベースケースのポケットに入れてるだろ。んで、いつも「無くした」ってなってるじゃん。だから、こまごまとしたものをまとめて入れられるポーチだよ。薄型のヤツにしたから邪魔にならないだろ?」
「悠妃、ありがと。大事にする。じゃ、行ってくるね」
「何かあったら直ぐに電話しろよ。迎えに行ってやるから」
「わかった」
チカは私のあげたポーチをベースケースの外ポケットにしまうと、それを颯爽と担いで出掛けていった。
(相変わらず、かっこいーな)
チカとウンザリするくらい一緒にいる私が、そう思ってしまうのだ。
多分……、いや絶対、周りはそれ以上にチカのことを魅力的に感じるだろう。
連絡をくれたバンドも、技術とかそんなのはどうてもよくて、チカの姿そのものに惹かれたたのかもしれない。
(…………ヤダな)
「って、私は何言ってるんだ」
誰もいないのをいいことに一人突っ込みを入れて恥ずかしくなった。
独占欲だと自分でも感じる。
チカはいつか私の元から去ってしまう可能性もあるだろう。
ただ私は…………もし叶うのであれば、私はいつまでもチカの隣にいたい。
「さてと。私も行くか!」
どうしても確認したいことがあり、私も家を出た。
「すみません。練習スタジオって今空いてますでしょうか?」
メールをくれた相手とチカが待ち合わせをしているショッピングモールに行き、そこに入っている楽器店の店員に話しかける。
「今ですか? この時間は残念ながらいっぱいですね。休日は社会人の方々の予約でいっぱいで……」
この楽器店の練習スタジオは全部で二つ。
チカには、集合時間を午後の六時半と、三十分早く伝えておいた。
向こうが指定した待ち合わせ時間は午後七時。
さきほど、メッセージアプリで集合時間を三十分遅くして欲しいと連絡があったと伝え、チカから『了解』と返信も来ている。
チカを勧誘してきたバンドからのメールには、直前まで練習をしていると書いてあったので、この時間に練習をしていないのは少し変だ。
「ですよね。じゃあ今度にします。ちなみに、今日ってガールズバンドの練習って入ってました?」
「今日は……。特に無かったですね。先ほどお伝えした通り、休日は、社会人の方の予約が多くて……。午前中は空いてることもありますけど。高校生ですか? もし定期的に使いたいのであれば、平日の学校終わりの時間帯がおすすめですね」
(やっぱり変だ。何かがおかしい)
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。メンバーと相談してみますね」
「お待ちしております!」
最初から利用するつもりが無いので少し罪悪感があったが、定員さんに御礼を言って楽器店を後にする。
(ヤバいかも)
私は、スマホを取り出しチカの番号を呼び出したが、話し中になっている。
集合場所は駐車場という指定のみだったので、おそらく今、電話で正確な待ち合わせ場所を調整しているのだろう。
「あーもう、どうするかな……」
(店員に事情を説明して館内アナウンスをしてもらうか?)
(……いや、説明の時間がもったいないし、その間に何かあったら……)
ジリジリと焦りの気持ちが増すが、とりあえず駐車場へ向かう看板が示す矢印の方に走る。
今日は土曜日、まだ館内にも人も多いので、人目のつきやすい屋外は避けるだろう。であれば、待ち合わせは立体駐車場の上層部が怪しい。
タイミングよく、駐車場に向かう上りのエレベーターが閉まりかけている。
「すみません! 乗ります!」
マナー違反だろうと今は関係ない。
最上階のボタンを押し、エレベーターが移動する間もチカに電話をかけ続ける。
最上階まで、あと1フロアというところで家族連れが降り、扉の『閉』ボタンを押そうとした矢先、携帯に表示されている画面が『通話中』に変わった。
「チカ!」
「チカ、今、どこ?」
「立体駐車場……。悠妃、声大……い」
「どのフロアかって聞いてるんだ。近くの柱に、アルファベットと数字の番号があるだろ? それ、教えろ」
「意味……わかんない……だけど……。えーっと、A7って書い……ある」
(一つ下のフロアか!)
階段を探している暇はないので、下のフロアに通じる車道を走る。
「チカ、今回のオファー、何かおかしいから行くな! そこで待ってて!」
「え? ……よく聞こえないんだけど……悠妃なに?」
「だから、行くなって!」
駐車場内だからだろうか、電話が遠くて、伝わらない。
車の合間をぬって電話口に大きな声で叫びながら必死に走る姿を、不思議そうに見つめる家族連れ。
私のただならぬ言動に、不安そうな表情を浮かべるカップル。
(くそ、ボケっと見てないで、なんとかしてくれよ。チカに何かあったら……)
慣れない全力疾走で息があがり、心臓の音が頭にガンガンと響く。
「チ……さん、私……ールした…………です」
「あ、こんばん…………あれ? 悠妃、いったん切る…………」
プッ――
「チカ!」
通話が途絶えた。
スマホを握りしめ、ひたすら走る。
ようやく下のフロアに辿り着き、A7のエリアを探す。
車の数はまばら。
チカから伝えられたエリアの方角を確認すると、奥の駐車場の隅に大きなバンタイプの車と、数人の人影が蛍光灯に照らされていた。
「やめて! 離してっ!」
大柄な男が、バンの後部座席にチカを無理やり押し込もうとしている。
「チカ!」
「何やってんだ! やめろ!」
無機質な駐車場に私の声が響く。
「悠妃、たすけ……」
チカは両腕を掴まれた状態で必死に抵抗しているが、相手は大の大人。
向こうも私が近づいていることがわかると、なりふりかまわずチカを抱き抱え、自分ごとバンの後部座席に倒れ込むように乗車させた。
「チカ!」
後部座席の扉が勢いよく閉められる。
私が後部座席のガラスを叩くが、濃いスモークが張られていて車内を確認することができない。
バンの中からは、チカと男達のくぐもった声が聞こえてくる。
「おい! チカに何してるんだ! ヤメロ」
必死にガラスを叩くが、そんな私の行動を嘲笑うかのようにバンはゆっくりと動き出し、ハンドルを出口方面へ切るなり急発進し、私を置き去りにした。
「ふざけんな!」
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