4. - Turning Dreams into Reality
「で、できた………………」
精も根も尽き果てて、もはや完成を喜ぶ元気もない。
結局あれから二週間、放課後と土日の全てを使い、何とかベースパート以外を打ち込んだ音源を完成させた。
(データが消えてその日に作業した内容が無駄になったり、謎のこだわりを持ったチカに邪魔されたりと色々あったけど……なんとかなったな)
その筋の人から見れば私が作った音源は本当に拙いものだろうけど、最善を尽くしたと思う。
時刻は午前一時を回っていて、変人だけれど意外に規則正しい生活をしているチカにメッセージアプリで完成を伝えるが既読にすらならない。
せっかくなので最後の一回と思って完成した音源を再生する。
スピーカーから流れる軽快な音が静かな夜に合わないと感じ、ボリュームを絞った。
「悪くはないけど趣味じゃないな」
テレビも見ないので流行りの番組や芸能人も知らないし、好きなアイドルもいない。
今回チカが持ってきたこの曲も『どっかで聴いたことあるかな』程度だった。
チカだって、好きなのは全然別のジャンル。
「これでいい」ってチカは言うけど…………。
(本当にこれでいいのか?)
売れ線だからといって趣味じゃない音楽の動画を上げて、それを見て連絡をしてくるバンドはそういう音楽をやりたいバンドなんじゃないかという疑問が拭えない。
そんなバンドに入って、チカは満足いく活動が本当にできるのだろうか。
かえってチカのストレスになることはないだろうか。
であれば、キチンと自分の好きなジャンルの音楽で動画を作成するべきなのではないだろうか。
「でも、そんなこと考えても私にはわからん」
あーだこーだ考えているうちに、いつの間にか曲の再生が終わって再び部屋が静寂に包まれる。
室内は雰囲気重視で間接照明のみ点灯させている。
パソコンから漏れる強めの光を遮るように後ろを振り向くと、暖色系の光で淡く色づく壁紙に、私の影が揺らいでいた。
椅子に膝をあげて抱えた自分の姿。
そして本物の私より遥かに大きくフチ取られた影。
(これから私はどうなるのだろう……)
少し前に天涯孤独の身になってしまったが、今は何とか生活できているが、将来のビジョンが全く見えない。
学校と家の往復を繰り返す毎日。
両親から残された財産が減ってしまうことを恐れて、自身の虚像をネットに投稿し、僅かではあるが収入を得ている。
ただそれをこの先もずっと続けられることなのかと思うと、疑問が残る。
何かに焦っているのだろうか、はたまた、何かに怯えているのだろうか。
恐らく私は後者だろう。
漠然とした不安に押しつぶされそうになっても、高校生という身分で圧倒的に強い力に守られている。
来年、再来年までは、高校生を続けているだろう。その先は? 大学に行く? 社会に出る?
全くピンとこない。
「私、この先、生きていけるのかな……」
何回目かわからない、決して答えの出ない問いかけをする。
「でもまぁ、なるようにしかならないか…………」
これが、いつもお決まりの終わりの合図。
私は再びPCに向き直り、完成した曲の編集画面を見る。
苦労の証がそこに表示されている。
「何だかんだ言って、楽しかったんだよなぁ」
昔から、私の日常に変化をくれるのはいつもチカだった。
そして、辛い時、寂しい時に一番近くにいてくれたのも。
「くっそー。今回もまんまとチカに乗せられた」
それはいつものことだけど、ただ今回は、その『いつも』と少し違った気がしていた。
チカには聞いていないが『このままでは何も変わらない』『日常を変えたい』という気持ちを強く感じた。
少し寂しい気もするが、チカが楽しいと感じること、嬉しいと思うこと、何かを達成するための道のりで、その先にチカが笑っていられるような未来があること。
そこに繋がるのであれば、私は何度乗せられてもいい。
『チカの力になりたい』
気の遠くなるような作業だったけど、途中からそんな気持ちになったのは、私としても意外だった。
「さーてと、寝るか」
パソコンをスリープモードにして、間接照明の明かりを絞り、ベッドに入る。
電気を完全に落として寝るのは、チカが来た時だけ。
暗闇が怖くてしかたないから…………。
翌日、早速チカはうちに突撃してきた。
日曜日なのでまだマシだが、それにしたって、こちらは深夜まで作業していたの七時台に来るのは反則だろう。
何か人の気配がするなと思って目を開けた瞬間、ベッドの横で膝立ちになり私の顔を覗き込んでいたチカが視界いっぱいに広がった時、申し訳ないけど私は恐怖を感じて、過去イチで大きな叫び声をあげてしまった。
悪びれる様子もないチカに対して流石にキレて鍵の返却を迫ったしけど、チカには「絶対に嫌だ」といって拒否された。
(だったら、まともに訪問してこいよ……)
チカと付き合いうときのコツは、あまり引きずらないことだ。
いつまで怒っていても疲れるだけだし、意味がない。
「…………。悠妃、ご苦労様。ありがとう。早速聞きたい」
「わーったから、ちょっとはーなれーろ! どうせ朝ご飯、食べないで来たんだろ? お前のぶんも作ってやるから、それ食べてからにして」
「要らないのに……それより……」
「へ・ん・じ・は?」
「…………はい」
出鼻をくじかれて、明らかにシュンとしてるけど、私を人生で一番ビックリさせた罪を思えば、安い。
いつもの自信満々なツリ目が垂れてる顔がめちゃくちゃ私に刺さったので、朝食にはチカの好きなオムレツにホットココアもつけてやろう。
(………………私、やっぱりチョロすぎるか?)
「チカ、オムレツに、お前の好きなココアでいい? ついでにご飯とパンあるけど、どっちにする?」
「ごはん。あと、目玉焼きとお味噌汁」
「かしこまりましたー。ご注文を繰り返します。パン、オムレツ、ココアな!」
着替えるのも面倒だったので、パジャマの上からエプロンをして朝食の準備をする。
多少汚れたり匂いがつくかもしれないけど、日曜日だし、後でまとめて洗濯してしまえばいい。
冷蔵庫から凍った食パンを取りだし、コンロの魚焼き用のグリルで焼く。
トースターは場所をとるので、もっぱらこの焼き方。
パンが焼ける間に、オムレツを作る。
「チカー。おはし並べてー」
「わかった」
心を入れ替えたのか、素直にキッチンに来て慣れた手つきではしとコップを並べていく。
ついでに、言われてもいないのに、冷蔵庫からバターやジャム、お茶も持っていった。
「チカ、どうした⁉︎ メチャメチャえらいじゃん。ついに心を入れ替えたのか?」
オムレツを作りながらチカに声をかけると、嬉しそうにトトトトっと駆け寄ってくると、私の耳元に顔を近づけた。
「悠妃…………なんだか新婚さんみたいだね」
「なっ」
熱い感情がたちまち体の奥底から爪の先、髪の毛の先まで到達し、体を焦がす。
チカはにこりと笑うと、リビングに戻って行ったが、反対に私はフリーズ。
結果、オムレツとパンを無残に焦がした。
(動揺しすぎだろ!)
「まったく。チカ、パンも卵もお前のせいで無駄になったし、作り直さなきゃいけなくなったんだけどー」
「ふぁたしのふぇいじゃない」
「食べながら話すな! 行儀悪い」
焼き直したパンにバターとジャムをたっぷり乗せ、リスのように頬張っているチカは、ゆっくりとした動作で飲み込みお茶を飲む。
「私のせいじゃない。悠妃のミス」
「お前があんなこと言うからだろ!」
まったく、まったく…………。
よっぽどお腹が空いていたのか、それとも完成した楽曲の試聴を早くしたいのかはわからないが、チカは恐ろしく早いスピードで朝ご飯を食べ終わると、食器をシンクに片づけ、ローテーブルで食事を続けている私の隣に腰を下ろすと、ぴったりと私の体にひっつき、無言のプレッシャーをかけてくる。
「お前は散歩に行きたい犬か? 犬なのか?」
せっかくの日曜日、朝食をゆっくり食べたいので根負けし、パソコンをスリープモードから復帰させて音楽制作ソフトのファイルを開き再生ボタンを押すと、モニタースピーカーからイントロが流れ始めた。
チカは、通しで一回聴き終えると、今度は自分のベースを持ってきて、合わせる練習を始める。
私は、その様子を眺めていたが、苦労して苦労して一つの作品として完成させた楽曲に、嬉しそうに、そして本当に楽しそうにベースを合わせているチカの姿を見ると、なんとも言い難い達成感と幸福感を感じる。
(ったく…… )
いつも何を考えているかわからないし、突拍子もない行動をするチカ。
調子に乗るとメンドクサイので本人には秘密にしてるが、私は、チカが自信に満ち溢れた表情でベースを弾いている姿が本当に好きだ。
(天才ベーシストかはわからないけどな)
ただ、細身でスラっとしたチカがベースを弾く姿は、どこか清楚で近寄りがたい気品に溢れ、サマになっている。
その姿がたまらなくカッコイイ。
その日のうちに、何回も撮り直しをした上で、チカの弾いてみた動画がこの世に完成した。
あとは簡単に編集をして、動画投稿サイトにアップするだけだ。
私は、この動画を完成させてしまったことを、ひどく後悔することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます