第10話

ガルガンさんの工房は、ガルガンさんを筆頭にして3人の小さな工房だった。

それでも、上質な色ガラスという武器が、この工房の知名度を爆上げしていた。

差し入れにとお昼を食べ歩きしたついでに買ってきた甘菓子を手渡しながら、挨拶をすると茂りすぎた生垣のような髭を揺らして、ガルガンさんが笑った。

「お久しぶりですね。以前は、お祝いをありがとうございました」

「エリアーデ様、お久しぶりです。クレメンテ、できたんだな?」

「あぁ、できた。だから、報告がてらにな」

「どんな出来なんだ?もちろん、最高傑作なんだろ?」

「もちろんさ。しかも、エリアが素晴らしい物を作ってもらってね。それのおかげでもあるんだ。持ってきたら、見てみないか?おもしろいよ」

そう言ってクレメンテ様は、シュバット君初号機を楽しそうに説明しだした。

「すごいな…こんな魔道具は初めて見た。あれか?特別注文なのか?」

「うん。エリアの御母上の伝手でね。飛躍的に生産性が向上したんだ。これがあれば、ガルガンとの共同商品とかもできると思ってね」

「アリだな」

「エリア、どんなものが出来ると思う?何か、案はあるかい?」

「そうですね。小さな紐飾りくらいから始めてみては?同じ大きさにくり抜いた銀とガラスを好感してはめ込んで接着して、飾りとして揃い物として販売するのは、どうですか?恋人たちの、愛の証しだとか、交際の記念だとかの売り文句で売れませんかしら?」

ふとその場で思い付いたことを、持ってきた差し入れの甘菓子をつまみながら何気なく提案してしまった。

「面白そうだね。折角だし、今から作ろうか。エリア、ガラス板持ってきてるかい?」

菓子を喉に引っ掛けながら、コクコクと頷いてガラス板と銀板をカバンから取り出す。

クレメンテ様に差し出すと、2枚重ねて、小さな花びらの形をこなれた手つきでくり抜いた。

薄い紅色の板に銀の花びらが、銀の板に薄紅の花びらがはめ込まれて、かわいらしい揃いの板が出来上がる。

「飾り物にするには大きいですけど、接着部分をきれいにならして、一辺がこの半分くらいに成型できれば、いいかもしれませんね」

「これ以上小さくするのは、少し難しいな。薄い分、すぐに割れちまう」

「元から小さくするのではなく、内と外を一気にくり抜くなら、可能かもしれません。外側の形と内側の形の組み合わせを変えられたら、かなりの種類が作れますし。あ、くり抜く位置が変えられたら、男性にも恥ずかしげなく持っていただけるような素敵なものが出来るかもしれません」

「エリア…君って人は…すごいな!さすが僕の愛しい奥さんだよ。一点物の様に、他の人とは模様や意匠が被らなければ、世界に二人だけの絆の証しになるね」

「いいな。それ。かみさんと俺だけの意匠。ガラスと銀が反転しただけの、二人だけの飾り。うん、いけるんじゃねぇか?」

「貴族様には、お前が家紋なんかを彫ってやれば、特別に手間のかかったものが出来るな」

「いいですね。では、作ってもらう型の絵を描いてしまいましょう。紙をくださいよ、ガルガン。早く早く」

「焦るなよ。ほら、好きなだけ描けよ。俺も何色できるか確認しねぇと…エリアーデ様すまねぇな。俺たちにはこれが楽しいが、つまらなくないかい?」

二人のやり取りを、微笑ましく見ていた私にガルガンさんが気を使ってくれた。

「いいえ、楽しいですよ。私も、混ぜてください。一緒に考えますから」

「あぁ、ありがとうな。一緒にやろうぜ」

そこからは、どんな色のガラスでどんな型に来る抜くのか、形の組み合わせはどうするか、どんな強度にするかで時間が飛ぶように過ぎて、帰りはどっぷりと夜になってからになった。

御夕飯を奥様にごちそうになって別れた後、のんびりと帰り道を歩きながら、手をつないで帰った。



「エリア、今日は楽しかったね。新しいものをみんなで考えるのが、こんなに楽しいなんて思わなかったよ。エリア、君と出会ってからずっと、僕にはいいことばかりだ。君は、どうだい?幸せかい?不満や嫌なことは無い?」

「クレメンテ様、私も同じ気持ちです。新しいことを見るのも、聞くのも、作るのも、一人での作業とは違う。それが、楽しいと思いました。私だって、いいことばかりですよ。まぁ、たまぁに、クレメンテ様が意地悪ですけど…ね?」

「それは、だって、エリアが可愛らしいから仕方ないんだ。許してよ。今日もたくさん、大事にするから…ね」

「もう、また明日お寝坊さんになってしまいます。今日は、ほどほどにしてくださいっ」

まだまだ新婚の甘い空気を垂れ流しながら歩いても恥ずかしくない程に、通る人の少ない時間帯でよかったと、心の中で思ったのはクレメンテ様には言えないかもしれない。

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