探し物
ㅤチャイムが鳴っても
「えと、気分を悪くしたらごめんなんだけど、なんで泣いてたの?」
ㅤ聞いていいものか迷ったが問いかければ、灯彩くんは表情を曇らせると、素直に教えてくれた。
「無くし物を、してしまって」
ㅤなるほど。泣いていたということはそれほど大切なものだったのだろう。一緒に探そうか? と問えば、灯彩くんは、え、と目を丸くする。
「でも、もう授業始まってますし」
ㅤ気付いてたんかい。てっきりチャイムが聞こえていなかったのだとばかり思っていた。しかし、授業中の教室に今更飛び込む勇気もない。
「一時間くらい行かなくても大丈夫だよ。泣いてる子を放っておけないし」
「優しいんですね」
ㅤ優しさではない。打算だ。授業をサボっても、人助けが理由ならなんだか罪悪感が緩和される気がする。それに、これは恐らくイベントだ。記憶にある灯彩くんとの初対面イベントとは異なっているが、記憶が当てにならないことはもうわかっている。好感度を稼げるならそれに越したことはない。私がそんなことを考えているとはつゆ知らず、灯彩くんはにこにこと嬉しそうに笑っている。涙は乾いたようだ。
「ところで、何を無くしたの?」
「チロルチョコを」
ㅤなんて?
「ごめん。上手く聞き取れなくて。もう一回言ってもらってもいい?」
「チロルチョコ、です」
ㅤどういうことだ。聞き間違いかと思ったが、そうではないらしい。
「あの、四角いチョコの?」
「はい」
「二十円くらいで買える?」
「はい」
ㅤ話しているうちに悲しさがよみがえってきたのか、少年の目が潤んでくる。高校生がお菓子を無くして泣いているとは一体全体どういうことかわからないが、もしかしたら何かすごく大切なお菓子なのかもしれない。形見、とか。形見のチロルチョコってなんだよとは思うが。
「一緒に探すよ」
「……いいんですか?」
「私もチロルチョコ、好きだし」
「ありがとうございます!」
ㅤ灯彩くんが、バッと頭を下げる。
「いいよいいよ。それでその、手がかりとかある?」
「ここら辺で落としたと思うんですけど。……あ、タピオカミルクティー味です」
ㅤこれはまた奇抜な味だ。以前コンビニで買ったアソートに入っていたのを覚えている。紡は普通のタピオカミルクティーが飲みたいよと言っていたが、私はわりと好きだ。
「美味しいよね。タピオカミルクティー味」
「食べことないんです」
ㅤなるほど。食べる前に落としてしまったのか。それなら、落ち込むのも分かるかもしれない。パッと当たりを見渡してみるが、チロルチョコらしきものは無い。灯彩くんがベンチに座っていたことを考えると、この辺りはもう粗方探したのだろう。私が加勢したところで見つかるとも思えないが、茂みを掻き分けて探してみる。
ㅤそれから次のチャイムが鳴るまで探したが、チロルチョコは見つからなかった。あった! と思ったら石だったり、ペットボトルのキャップだったりしているうちに、気が付いたら夢中になって探していた。
「力になれなくて、ごめん」
ㅤこれだけ探せばもしかしたら見つかるかもしれないと思っていたばかりに、無力さに覆われる。灯彩くんは首を振ると、「気にしないでください」と言った。口ではそう言うが、やはり悲しそうだ。何の代わりにもならないとは思うが、私は口走っていた。
「購買に同じものが売ってないか、見に行こうか?」
ㅤ灯彩くんは何も言わない。代わりを買えばいいだなんて浅はかだと思われただろうか。怒られるかもしれない。そう思ったところで、彼は口を開いた。
「……いいんですか?」
ㅤ声が少し震えている。
「私は別に構わないよ」
ㅤそう言えば、灯彩くんは感極まったように頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「えぇ、大袈裟だよ」
ㅤ探し物を手伝うよと言ったときよりも深々と下げられた頭に、複雑な気持ちになる。そんなに感謝されることではない。というか、買ってもよかったんだ。もしかしたら、無くしたチロルチョコが特別なものというわけではなく、灯彩くんは極度の人見知りなのかもしれない。そして、頑張ってお店に行って買ったチョコを無くしてへこんでいたのかもしれない。
ㅤ喜びが表情から滲み出ている灯彩くんを連れて向かった購買には、残念ながらタピオカミルクティー味のチロルチョコは売っていなかった。
「……無いね」
「はい」
ㅤみるからに元気が萎れていく灯彩くん。とぼとぼと購買から帰ろうとする姿を見ていられずに、引き止めた。
「待って。手、出して」
ㅤ不思議そうにしながら両手を差し出す灯彩くん。その手にピンクと水色のチロルチョコを載せる。
「全然代わりにはならないだろうけど。でも、ビスケットも美味しいから」
「いいんですか?」
ㅤ途端に元気を取り戻す灯彩くん。表情がころころと変わる子だ。
「いいよ。何の役にも立てなかったかさら、お詫び」
「そんなことないです! 一緒に探してくれてありがとうございました!」
ㅤまた頭を下げようとする灯彩くんに待ったをかけていると、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「リセちゃん!」
ㅤ振り返ると、紡が立っていた。何やら機嫌が良くなさそうだ。
「サボりなんて悪い子だ!」
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