第19話 勝手な想像だよ

 俺は再度、村沢に電話を掛けたが、電話はすぐに切れてしまった。スマートフォンで村沢の生放送を開いてみたところ、放送だけはしていたそうだ。映っているのは禍々しい扉と、村沢の姿だった。角度が変わるのを見ると、撮影者も同行しているようだった。俺はコメントを書き込もうとしたが、コメント欄には静止を促すものが多々見られた。「絶対にやばい」というコメントがあり、村沢の力量を超えているのは想像ができた。それにコメントの量もかなりのもので、帰還のアイテムを使用しろというアドバイスもあったが、どうやら村沢はそんなものを持ってきていないらしい。ログを辿っていくと、どうやら罠を踏んでしまい、ここに飛ばされたことがわかった。ボスの前なら、魔法書を使用してボス部屋にランダムに飛べば辿り着けるのだが、俺はとりあえずコメントをすることにした。


「何層で罠を踏んだんだ?」


 村沢を撮影している男の声が入り込む。


「七層です。七層の、小部屋みたいなところでした」


 男は言うと、村沢がカメラに向かってきた。


「新川、余計なことをするんじゃねえぞ」


 村沢の忠告を無視し、俺は七層へと急いだ。どうせ、嘘を付いて俺のことを誘い込もうとしているのだろう。こいつはそういうところがあった。人を操るのが上手いというか、話術に長けていたから、扇動はお手の物だ。


 七層に辿り着くと、小部屋らしきところを探した。けれどもそんな部屋は心当たりがなかったのだ。俺は村沢が生放送の動画を保存していないか確かめた。案の定、村沢はタイムシフト機能を利用していて、俺はどの辺りに小部屋があるのか調べてみた。壁伝いに歩いていると、突然、小部屋に移動していた。

 それらしき壁を押し込んでいくと手がすっと抜ける箇所を発見した。体ごと入れると、すっぽりと壁の中へと移動できたのだ。こんなところに隠し部屋があったとは、全然知らなかった。小部屋の床に魔法陣のような紋章が刻まれていたのだ。踏んでみると、俺の目の前に村沢が現れた。


 村沢はおっ、と驚いて後ろにつんのめる。村沢の隣には撮影者と思われる男がいた。俺の知り合いではないが、表情は青ざめていて、村沢につきあわされているのに恐怖しているようだった。


「帰るぞ」


 俺はそう言って帰還のアイテムをアイテムボックスから出そうとした。村沢は手を振って受け取りを拒否するのだ。


「新川、扉の反対側に出てみろよ」

「は?」

「どうせ、雑魚モンスターだと思うだろ?」


 俺は撮影者に帰還のアイテムを手渡す。彼は「すみません」と言いつつも、カメラを地面に置いて消えていった。残された村沢は舌打ちをするのだ。


「まあいいけどよ」


 俺はそう言って反対側の扉を押し込んだ。ドラゴンの形をしたモンスターと目が合うと、俺は後ろに退いたのだ。


「どうだ?」


 村沢はカメラを持って、俺を撮影していたのだ。俺はカメラではなく、村沢を睨みつける。


「まあ、強いモンスターだったな」

「つまり、この奥の扉は相当なボスがいると思わねえか? 新川さんよ。挑むかい?」

「お前は俺をおちょくってるのか?」

「コメントでも新川を引き止めているぞ。無双さんよ」

「わかった」


 俺は禍々しい扉の方に歩み寄り、押し込もうと重心を前にやろうとした。そのとき、笑い声がしたのだ。


「俺が悪かった。本当に行くなよ。新川の勇気はすげえのはわかったからよ」


 村沢はそんなことを言うのだ。


「お前は俺を試したのか?」

「いやいやそういうわけじゃねえけどよ。でも新川がここまでの男だとは思わなかった。素直にすげえと思うぞ。まあ、帰還のアイテムをくれよ」

「お前にはやらない」


 村沢は絶望的な顔をした。


「どういうことだよ。俺、友達だよな?」

「お前は俺のことを勘違いしている。お前は以前こんな事を言ったよな。俺が何回も死線を超えてきたってお前はいったんだ。けれどもそんなことはしていない。俺は勝てる相手を選んできて、余裕のある戦闘だけを繰り返してきた。だから生き残れたんだ」

「そんな、ラスボスの発言みたいなこと言うなよ」

「この奥にいるボスは死線を越えないと無理だろうな」


 村沢は俺の方に詰め寄った。


「いいから帰還のアイテムを寄越せって」


 俺は頭を掻いた。スマートフォンを開いて村沢の生放送を覗き見る。コメント欄には裏切られる村沢と、俺に対しての罵倒が書かれていた。


「な、何を企んでいるんだ?」

「わからねえやつだな。お前は何年、友達やってきたんだよ」

「まさか」


 村沢は扉の方に目をやる。


「行くのか? 本気で、この先にいるボスを倒しにいくのかよ」

「一回くらいは死線を越えてみねえとな」

「何をかっこつけてんだ。帰るぞ」


 俺は村沢の制止を振り切り、扉を押し込んだ。

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