第20話 不穏な空気
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。
何もせずとも顔がにやけてしまう。
合格とは、こんなにも気持ちの良い言葉だったのだろうか。
いいやダメだ。
これまでとは違う、王都での役務になるのだ。
立哨している門兵一人一人に目を配らせ、俺が指導しないといけない。
指導か……指導に当たるとあったが、実際にはどの役職に就くのだろうか?
兵長のまま……という事は絶対にないはず。
曹長だろうか? それとも少尉だろうか?
左官はさすがにないよな、それは飛躍しすぎている。
「試験結果が宜しかったご様子ですね、サバス隊長殿」
エントランスを出てすぐの場所でジャミ君に声を掛けられる。
柱に寄りかかっていた彼は背景と同化していて、一瞬どこから声を掛けられたのか分からなかった程だ。
「……ジャミか、俺を待っていてくれたのか?」
「ええ、この馬鹿みたいに長い正門までの道程を、一人で歩くよりはサバス隊長と歩いた方が良いかと思いましてね」
「そうか、ダヤン君とスクライド君は」
「私が出た時には既におりませんでした。兵に聞くと、二人口喧嘩しながら城を後にしたそうですよ」
すっかり犬猿の仲になってしまったな。
あの酒場での一件以降、彼らは顔を合わせれば口文句を言いあっているが、どうしたものか。
「ちなみに、ジャミの結果の方は?」
「当然、不合格です」
「……そうか、すまなかったな」
「いえ、お気になさらずに。私としはこうして貴方と共に歩ける今を、純粋に喜びたいと思っておりますから。それに、私の役務地は元よりこの王城にあります、ほとんど何も変わらないのですよ。ダヤンさんとスクライドさんは、残念ながら遠方になってしまいますけどね」
この場にいないという事は、あの二人も落ちたという事か。
筆記試験結果を考慮すると、成績が良かった……という訳では無さそうだしな。
ダヤン君は模擬試験の方も運が悪かった、スクライド君でなければもっと良い結果を残せただろうに。
「今回求められていたのは、まさに求心力。サバス隊長のようなお人だったのでしょう」
「俺に求心力があると思うか?」
「ええ、現に私が引き寄せられておりますからね」
「……それは、喜んでいいのか、少々悩むな」
「喜んで下さい。さて、そろそろ正門です。今後のご予定は?」
正門まで結構な距離があったのに、気付けばもう目の前だ。
ジャミ君の言う通り、会話しながらの方が気分的に随分と違うな。
「まだ何も言われていないが、一度ヴィックスへと戻らないといけないらしい」
「引継ぎは重要ですからね、奥様と娘さんもご一緒ですか?」
「そうなると思う、ヴィックスの家も引き払わないといけないしな」
「男手一つでは、何を残すかも分かりませんからね」
「全くだ……皿の場所一枚ですら分からんよ」
「ふふふっ、そんな事では、奥様に見限られてしまいますよ?」
フェスカが俺を見限るなんて未来、想像も出来ないな。
想像したくもない、といった方が正解か。
「ジャミはどうするんだ?」
「試験も終わってしまいましたからね、元々の場所へと戻るのみです」
「そうか……まぁ、ジャミとはまた王城で会う事もあるだろうからな」
「ええ、楽しみに、お待ちいたしております」
「色々とありがとう、これからも宜しく頼むよ」
彼も、最初の印象とはずいぶんと変わった。
道化師だと思っていたのが、もはや懐かしい。
すっかり見慣れた彼との別れを告げ、俺はフェスカの下へと走り出す。
きっと首を長くして俺の帰りを待っているはずだ。
一秒でも早く、俺の合格を伝えてあげないと。
――――ジャミ視点
全く、年甲斐もなく小躍りしちゃって。
あれだけ感情を表に出してしまう人だからこそ、人がついて来るのかもしれませんね。
私には到底出来そうにありません、私に出来る事は――――
「ジャスミコフ一等書記官、写し絵に関して質問があると、陛下がお呼びです」
「えぇ、今すぐ向かいますと、お伝え下さい」
――――こうして、画策することしか出来ません。
酒場で伝えたでしょう? 私は、男の為に動くような人間ではありませんよ。
貴方の為に、家までわざわざ何度も足を運ぶような人間だとお思いですか?。
一目見た瞬間、すぐに気付きました。
貴方の奥様、フェスカ様はお亡くなりになられた第三王女、シャラ様に似ています。
いいえ、似ているなんてものではありません。
彼女は生き写し……いえ、シャラ様本人の可能性だってあります。
陛下の家族愛の深さは誰もが知るところ。
シャラ王女が生きていると知れば、陛下は何としても彼女を奪い取ることでしょう。
「すみませんねぇ……サバス隊長」
既に遠くなった彼を想い、眼を細める。
「利用させてもらいますよ、全てはこの国……いえ、私の為にね」
――主人公視点
「「お父さん、合格おめでとー!」」
わぁ! っと紙吹雪が舞い上がると、盛大な拍手で祝福される。
家の中がめちゃくちゃになるとか、後片付けが大変とか、そういうのは二の次だ。
飛びついてきた二人から頬にキスをされ、にんまりと口端が緩みまくる。
「あはは……この歳になってこういうのは、何か照れるな」
「照れてるアルちゃんも可愛い!」
「パパ可愛い!」
頭にマーニャお手製の三角帽子をかぶり、「祝! 合格!」とフェスカの字で書かれた布をたすき掛けにする。紙吹雪もマーニャとフェスカの二人で作ったらしく、良く見れば何枚かはハートマークをしていたり。
三人家族にしては豪勢な料理がテーブル上に並べられ、山盛りサラダの芋和えや、大量の肉の包み焼き、搾りたての果実ジュースにお手製のケーキまで用意されているじゃないか。ケーキの上にも「合格おめでとう!」と丁寧な字で書いてあって、これが不合格だったらこれら食材はどうしていたのだろうか? と無駄に心配してしまう程の量に、ただただ圧倒される。
「本当に凄い、私達王都に住まう事になるのね!」
「この家をそのまま住んでも構わないんだって、団長が言ってたな」
「えー! マーニャのお家、ここになるのー!?」
「そうだよ? マーニャも嬉しい?」
「嬉しいー! あ、でも、アンネちゃんと会えなくなるのは寂しー」
マーニャが言うまで、そういう所にまで考えが回らなかったな。
フェスカと目を合わせると、彼女は俯いてしまったマーニャを優しく抱き締める。
「一度ヴィックスに戻るから、その時にきちんと挨拶しようね」
「……うん! アンネちゃんに挨拶するけど、何回も会いに行くもん!」
健気な娘の笑顔に、どこか涙腺が緩む。
いかんな、もう歳なのかな。
娘が天使に見えてしまうよ。
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