第9話 アル・サバスという男 ★ドグマール・ジャスミコフ視点
「では、これより特例試験二次、四回戦を開始する!」
高らかな宣誓と共に、ようやく試合が始まりましたね。
戦いとは情報を制する者が勝つ、それは古今東西不変なもの。
我が隊の兵士の力量は、数値化せずとも全てにおいてサバス隊よりも上でしょう。
三回戦のような砂浜での戦いならば正面から戦えて楽なのですが、残念ながら試験の場は森。
どこまでも続く鬱蒼とした森は、足場も悪く視界も悪い。
観客席の声も何も聞こえて来ないのですから、流石は王都魔術研究隊と言った所ですかね。
朝起きてこの景色だったとしたら、私であってもここが闘技場だと気づかない事でしょう。
「ジャスミコフ隊長」
「ええ、この場から動かなくて結構。待っていれば勝手に相手からやられに来ますよ」
ですが、どうせなら揺さぶりをかけておきますか。
戦争とは、人心を掴む所から始まるのです。
「魔術:
我が隊の面々が耳を塞いだのを確認した後、発生させた光の玉に向かって叫ぶ。
「我が名はドグマール・ジャスミコフ! 聞こえますかアル・サバス隊の皆さん!」
爆音で草木が揺れ、衝撃波が目に見える程に視界が歪みました。
魔術:連波する声々によって上がった声量は、間違いなく相手にも届いているでしょう。
「貴殿たちが仕えるアル・サバスという男は! あのアグリアとの戦争において隊長職についていた男です! ですが! 敵と邂逅するも命乞いをし! 媚びへつらい! 靴底を舐めて生き延びる事を選択した愚か者です! 相手を殺すことなく自分達が生き延びる選択をする! そんな彼等の部隊の事を、我々は侮蔑と嘲笑の意を含み、こう呼んでおります!
私の話を耳を塞ぎながらも聞いていた兵士達は、こちらを見て口角を上げました。
当然でしょう、生き延びる為に味方を裏切る輩は、叩き潰すべきです。
「私の話が虚偽だと! この場を凌ぐ為のものだと貴殿たちは思うかもしれない! だが! その話が真実だという証拠は、誰でもないサバス隊長が保持している! そう、彼は! あの戦争を生き延びたにも関わらず兵長止まり! 貴殿等と一つしか階級が変わらないのです!」
全てが真実であり、まことしやかに噂されていた内容ですから。
この場にいる兵士達が疑う事はないでしょう。
「この試験では、殺さなければ良いと言われております! つまり、私達は貴殿を傷つけることが出来る! 痛い思いはしたくないでしょう!? 魔術によって傷はすぐに塞がるかもしれない、しかし味わった痛みは経験として一生涯残るのです! 私は、将来有望な貴殿たちに! そんな思いをして欲しくないと、声を大にして伝えます! 私はここに宣言する! ドグマール・ジャスミコフの軍門に下った貴殿たちを、我々は無傷で受け入れると!」
そして、軍門に下ってきた兵士達を受け入れれば、サバスは一人になる。
十一対一、この図が完成すれば、間違いなく我々の勝利は揺るぎません。
「もう、耳を塞がなくても大丈夫ですよ。後は優雅に待ちましょうか、勇敢なる一人目の到来をね」
不殺隊の噂は、戦争当時から耳にしておりましたが、まさかここで役に立つとは。
文官である私は王都から離れる事はありませんでしたが、戦況が拮抗していたのは確か。
そんな中、誰一人として兵が死なない部隊の存在は、異様でしかありません。
相当、城内でも噂になっておりましたよ、サバス兵長殿。
終戦後に罰せられるかと思いきや、まさかの田舎城への更迭で済んでしまうとは。
王の靴底でも舐めたのでしょうか? 生き恥を晒してまで生に執着するとは、醜いものです。
「……十五分程経過しますが、動きがありませんね」
「隊長、俺、偵察に行ってきましょうか?」
一人目とは勇気がいるもの、ましてや本物の戦争ではない以上、禍根が残る。
それを配慮した呼びかけをしないと、動くに動けないと言った感じでしょうか。
「いや、先ほどのでこちらの位置は筒抜けでしょうから……もう一度呼びかけてみますか」
魔術:連波する声々。
サバスが選んだ兵士は、揃いも揃って無能な者が多かったですからね。
降伏勧告に応える勇気もないのかもしれません、全く、無能は嫌ですね。
「我が名はドグマール・ジャスミコフ! 聞こえますかサバ――――」
シュルルルル……――――ゴッ。
風きり音と、標的に当たった音が耳に残る。
視界が揺れ、立っていたはずなのに地面が近い。
突然、口の中に不快な鉄の味が広がる。
一瞬、何をされたのか分からなかったが、強烈な痛みで直ぐに理解した。
「ぎゃあああああああああああぁ! 矢、矢が、口に!」
「敵襲だと!? ジャスミコフ隊長を守れ!」
武器は支給されたもの以外は持ち込み禁止だったはず!
なのに、なのになぜ矢がここにあるんですか!
「隊長、矢を抜きます! 我慢して下さい!」
頬を左から右に貫通した矢をへし折り、兵士が勢いよく引き抜く。
あまりの激痛に両手で頬を抑えるも、痛みが熱となって治まる気配すらしない。
「うぐううううぅッッ!」
「なんだ、この矢は……」
「寄こしなさい! 持ち込み禁止の証拠として私が預かります!」
奪い取るようにして手にした矢を見て、絶句する。
先端が尖っているものの、明らかにこの矢は軍指定のものではありません。
原木、枝葉をへし折り、矢に加工したというのですか。
いや、矢ならそれも可能でしょう。
しかし弓は? 弓が無ければ矢は放てません。
だとしたら、持ち込んだのは弓。
「なんて……なんて卑怯な男なのですか、アル・サバスという男は!」
「がはッ!」
私が叫んだと同時に、目の前の兵士が血反吐と共に倒れ込む。
「指揮官が無駄に叫ぶから、兵士が動揺するんだ」
「――――ッッ! アル・サバス!」
茶髪に赤い瞳、装備していた鎧の全てを脱ぎ捨て、街中を歩くような服装で短刀を握る。
兵が私を守るべくこちらを見ていた瞬間に距離を詰め、背後から襲ったというのですか。
だがしかし、単身こちらに攻め込んで来たのは愚策でしたね。
一人やられたとしても、五対一なら数での優勢は変わりません。
「包囲しなさい! この男を仕留めれば私たちの勝利です!」
「そうだな、だから逃げさせてもらうよ」
血に汚れた短刀を握り締めたまま、サバスは森へと向かい走り始める。
なんと卑怯な男か。隊長自ら敵前逃亡とは、上官としてあるまじき行為です。
ですが、既に走り始めた兵士達を見て、誤算に気が付きました。
サバスは鎧を脱いでいる。対して我らは
「待て、待ちなさい! その先に行ってはいけません!」
「え!? な、ま、待て! 止まれ! 止ま、うわああああぁ!」
重い鎧を装備しているが故に、急な停止すらもままならないのか。
いや……違う、木と木の間に
こんなにも近くで罠を仕掛けていたのに、私達は誰も気づかなかったというのか。
兵士四人まとまって倒れ込んだ瞬間、木上から彼らに襲い掛かる敵兵の姿が。
あんなにも分かり易い誘いに、まんまと乗ってしまった。
隊長自らが先んじる事で、自身を最高の餌として獲物を釣り上げる。
爆釣じゃないですか、ウチの兵士全員釣られてしまいましたよ。
怒りで血管がはち切れそうです。
ですが、そこにいるのなら、まだ間に合う。
魔術:連波する声々。
「サバス隊の兵士よ! 貴殿の隊長は奇襲や敵前逃亡、姑息な罠ばかりを使用している! 貴殿等はそれでいいのか!? 第二白銀騎士団団長、アルベール・Y・アックス殿が閲覧しているこの戦いで、そんな男の下で戦っていいのか!?」
木の上から襲い掛かったのは二名、背の低い男と、巨漢の男。
あの二人なら私が選別した兵士の方が力量として上、立ち上がりさえすれば間違いなく勝つ。
「巨漢の君、君なんか特にそうだ! 兵士選抜で最後まで残ってしまった君の役務人生は、これから更に過酷になってしまう事であろう! 今ならまだ、英断を下すことが出来る人物として再評価される! まだ間に合う! さぁ、こちらの軍門に下りなさい!」
最後まで残ってしまったという明らかな格付けは、彼の後押しには絶好の理由となる。
一人いけば後は芋づる式だ、さぁ、とっとと私の軍門に下るがいい!
いや、下らないとしても、私の話術に引っ掛かればそれでも構わない!
時間さえ稼げば、それだけで立て直せる!
「うるさい! サバス隊長は、こんな僕でも買ってくれてたんだ!」
……なん、だと。
手が止まらない、むしろ彼の逆鱗に触れた?
「僕は、僕を信じる人を裏切るような、そんな男にはなりたくない!」
巨漢の男が手にした剣が、容赦なく振り下ろされる。
凄まじい威力だ、肥満体の身体のどこにあんな力が。
「サバス隊長は言ってくれた! 本当なら僕を一番手に指名するはずだったと! だけど、一巡目に選ばれなかったのを見て、このメンバーなら僕を誰も選ばないと確信して、僕を最後まで残らせたんだと言ってくれた!」
「……ッ! そ、そんなもの、嘘に決まっているでしょう!」
「嘘だとしても、事実、僕は最後まで残った! だとしたら、僕はサバス隊長の言葉を信じたい!」
人心掌握を見誤ったか、既に彼らの中に私が入り込む余地は存在しない。
サバスが弱者を選んだ理由は、人心を掴みやすいからか?
溺れる者は藁をもつかむ、弱い人間は何かに縋りたいもの。
選抜の場から四回戦が始まるほんの二時間程度で、完全に……ッ!
「ジャスミコフ隊長、助けて、助けて下さい!」
「いつも俺達を馬鹿にしやがって、たまには負ける側の気持ちも思い知れ!」
「ぎゃあああああぁ!」
容赦がなさすぎる、日ごろの鬱憤も加味されているのか。
弱肉強食がモロに逆転してしまっている。
強肉弱食……弱き者が強者を喰らっているとでも言いたいのか!
「そこまでだ、皆、もう勝負はついている」
ピトリ……心臓が止まりそうな程の冷たい刃が、首筋に当てられる。
頸動脈を完全に捉えている、ほんの僅かでも動いたら、斬れる。
「奇襲に、罠に、虚言に、背面取りですか……一体、貴方はどこまで卑怯なのですか」
「卑怯? 戦争にそんな言葉が存在するはずがないだろう。殺された側は文句を言う前に殺される、言い訳も、懇願も、神に祈る言葉すら許されはしない」
首に当てた刃が外されると、腰が砕けた様にその場に座り込む。
生きた心地がしない、この男が発する言葉そのものが恐怖に染まる。
「……そうだ、ジャスミコフ君の言葉を、隊員名誉の為に一つだけ訂正させて頂く。不殺隊、その言葉の意味が違う。不殺隊とは相手を殺さないという意味ではない……俺の部下全員を殺させないという、俺自身の信念を言葉にしたものだ。だから――」
そこまで言うと、彼は私の顎を持ち上げ、目を見てこう言った。
「敵は全て殺した、誰一人残さずに」
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