第7話 人を見る目

 戦場での出来事が昔話になる。

 そんなものを語り合った所で、話のタネにもならないと当時は思っていたのだが。

 存外、そうでもないらしい。

 死線を潜り抜けてきたダヤン君との会話は弾む一方、気付けば朝を迎えてしまう程であった。


 ソファの上で目が覚めると、俺の隣に妻のフェスカが寄りかかるように眠っていて。

 ダヤン君は正面に座り込み、起床した俺を見て口角を上げながら、得意気にこう言った。


「試験前に、手合わせ願えませんか」


 部下の申し出を断るような、野暮な男ではない。

 水を頭から被り残る酒を吹き飛ばして、俺達はブリングス城の修練場へと向かうのであった。


――


「刃が無い模擬刀か」

「あくまで訓練用ですからね。ロクに手入れもされていない鉄の塊ですが、当たったらそれなりに痛そうです」


 確かに、手入れは全くと言っていい程にされていない。

 壁に放置される様に立てかけられていて、誰でもご自由にといった感じだ。

 足場は砂地、練習試合には丁度良さそうな広さに、四隅に柱か。

 

「互いに試験を控える身、寸止めにしておきましょうか」

「そうだな、寸止め出来れば、だけどな」


 握った感じ、普通の剣よりもズシリと重い。

 素振り用の剣なんだろうな、寸止めするだけでも相当な力を要する。

 

「ふふっ、頼みますよ。……では、参ります」


 タンタンタン、とリズミカルな歩調で砂を巻き上げながら、ダヤン君は俺へと突進する。

 さて……六年ぶりの彼の腕前がどれほどのものか、この目で見させて頂こうかな。


――


 ガギィンッ! という音と共に、俺の握り締めていた剣が空中に舞った。

 ひゅんひゅんと回転するその剣が、地面にザクリと突き刺さる。 


「っっしゃっ! サバス隊長から一本取ったぞ!」


 まだ、手が痺れている。

 想像以上だったな。


「いやはや、流石はダヤン君だな」

「そうでもない……と、謙遜したい所ですが、ここは素直に喜ばさせて頂きます」

「その方が、こちらも負けた甲斐があるというものだ」


 部下の成長は素直に喜ぶ、それが上長としての役目の一つだ。

 抜かされる存在でなくてはならない、それが上の存在というもの。


 ……負け惜しみ、かな。


 さて、二戦目をどうやって遠慮して頂こうか。

 これ以上彼の相手をしてしまうと、俺の両手が壊れる可能性が高い。

 

 おだてた方がいいのか、素直に負けを認めて話を違う方向へと持って行くべきか。


 そんな事を考えていると、ぱちぱちぱちと手を叩く音が聞こえてきた。

 まばらな拍手と共に、修練場の観客席にいた一人の男が得意気に語る。


「あの天漣てんれんの太刀筋を重い模擬刀で再現されてしまっては、さすがに防戦一方にもなってしまうというもの。数度の反撃も刃届かず、良いとこ無しで終わってしまったようですね、アル・サバス兵長どの」


 俺の名を知っているようだが、顔に見覚えはない。

 耳に掛かる程度の白髪、紫色の唇に青白い肌、一目見た感想は道化師だな。


「それだけ、彼が成長した証でもありますよ」

「いやいや……彼が成長したのではなく、貴方が弱くなったのでしょう?」


 にこやかな顔をしているくせに、随分と言葉に棘がある。

 明確な敵意を持って接してくれているのだ、無駄な社交辞令が不要と判断出来て楽でいい。 

 昨日の兵士といい、王都はこんな輩ばかりなのかなと、軽く嘆息をついた。


「此度の特例試験、貴方が参加すると耳にしてから一体どのような対策を講じるか。少々思考を巡らせていたのですが、この程度なら考えるまでも無さそうです」


 くっくっくっ、と口元に手を当てて笑う男。

 文官特有の袖丈の長い服装に、頭に載せたこじんまりとした帽子。

 彼も特例試験の合格者なのだろうか? 見た感じ、戦場には向かなそうな体躯をしているが。


「さっきから耳にしてりゃあサバス隊長のことを悪く言いやがって……今回は俺が勝ったけどな、隊長が現役時代の力を取り戻したら俺なんざ瞬殺なんだよ。甘く見てんじゃねぇよ雑魚が」


 俺をかばってくれて有難いんだが、その言葉はどこか胸の奥底に仕舞っていて欲しい。

 ダヤン君と謎の男がにらみ合っている中、一人、未だ痺れる我が手を見る。

 まぁ、分かっていた事だが、模擬戦になった段階で不合格間違いなしなのだろうな。


 技を磨いてきた六年間と、立哨の眠気に戦ってきた六年間とでは、差が開きすぎている。

 白兵戦模擬と聞いた段階で「ああ終わったな」とは思っていたが、予想通りといった所か。

 叶うならば、この屈強なダヤン君と小賢しい文官君とで潰し合ってくれる事を、切に望むよ。 

  

――


 実技試験当日、天気は曇り、数刻もせずに雨が降り出しそうな空模様だ。

 風で流れる金髪を手で押さえながら、愛妻が「いってらっしゃい」のキスをしてくれる。

 

「観客席で応援してるから、頑張ってね」

「ありがとう……だが、既に第一線を退いた身だからな。先日もダヤン君に負けてしまったし、あまり自信がないよ」

「大丈夫、貴方はあの戦争を生きて帰って来てくれた。間違いなく、私の勇者様なんだから」


 優しい言葉を胸に受けて、もう一度、彼女の柔らかい唇に俺のを重ねる。

 結果よりも生きて彼女の下に戻る、それだけが俺の信条だった。

  

「行ってくる」

「頑張ってね、大好きなアルちゃん」

 

 この言葉だけで百人力だ、今の今なら誰が相手でも負けない気がするよ。

 ぽつり、ぽつりと降り始めた雨の中でさえも、俺を祝福してくれる。

 そんな気にさせてくれるのだから、やはり俺の妻は世界一、最高の女だ。


――


 ブリングス城敷地内騎士館、天井の高い部屋に通されると、そこには数名ほどの男の姿が。 

 ダヤン君に白髪男も合わせて、二次試験合格者は全部で十名か。見ない顔がほとんどだな。

 空いていた席に座ることしばらくして、白銀の鎧に身を包む男が壇上へと上がる。


「此度は遠路よりご足労頂き、誠に感謝する。特例試験二次の試験官を務めさせて頂く、第二白銀騎士団団長、アックス・Y・アルベールだ。既に役職に就いている皆様とは、今後も何かと顔を合わせる機会が増えるかもしれない、これを機に私を覚えていってくれると嬉しい」


 さわやかなイケメン、だった男だな。

 既に年齢は俺達と同じ、もしくは若干上といった所か。

 第二白銀騎士団団長となると、陛下直属部隊の一つ。

 エリート中のエリートなのは違いない。


「さて、既に案内に書かれていた内容と重複するが、二次試験は白兵戦模擬となる。此度の試験は士官候補を選抜する試験だ。もちろんただの白兵戦ではない、実際に部隊を率いての戦争模擬を想定している」


 アルベール騎士団長が指を鳴らすと、室内に数十名の兵士が規則正しい歩調で入ってきた。

 数えたところ……五十名か、見れば、ほとんどが若い兵士で構成されている。

 

「人数は五対五、模擬戦に参加させる兵士は、こちらに並ぶ兵士の中から選別していただく。一人一名ずつ、最終的に二次試験参加者十名、全員に五名づつの兵士があてがわれる事となる。名を呼ばれた者は前へ出て、兵士を選別して欲しい。なお、この順番は一次試験結果に基づくものとする。質問はあるかな? …………では、ディアス・スクライド君、前へ」


 体躯の良い者から順に、自隊の兵士として選抜されていく。

 当然だ、模擬試験で優位になるのは一目瞭然。


「次、ダヤン・バチスカーフ君、前へ」


 ダヤン君が選んだ兵士も、同じように鍛え上げた肉体をもった兵士を選択した。

 次々に名前が呼ばれているが……俺の名前が呼ばれない。 

 それはつまり、俺の一次試験の結果が最低だったことを意味するのだろう。

 

「次、アル・サバス君、前へ」


 席を立ち、新兵の顔を見る。

 視線を合わせる兵士は一人もいない、皆が自分を外してくれと言っているように見えるな。

 俺の成績が最低だというのは、この場にいる全員が理解しているのだろう。

 優秀な敵よりも、愚鈍な味方の方が恐ろしいというのは、軍隊の常識だ。


「……君、名前は?」

「ザック・リコルオンです」

「分かった。リコ、俺の試験とはいえ、絶対に君の為になる内容にしてみせる。今回は宜しく頼むよ」


 握手し、リコ君の肩をぽんぽんと叩く。

 細身にメガネを掛けたリコ君。

 驚いた表情は、まさか自分が選ばれるとは思っていなかったが為か。

 席に戻るなり白髪の男が近くにより、含み笑いと共に俺に耳打ちする。


「早速、戦線離脱ですか? 言い訳を作ることが出来て良かったですね」

「言い訳?」

「あんな兵士、白兵戦で役に立つはずがない。瞬殺されて終わりですよ」


 どうでもいい内容をわざわざ……。

 しかし、彼の方が俺よりも上なのだから、どこか釈然としない。


「ドグマール・ジャスミコフ君、前へ」


 くっくっくっと含み笑いしながら、白髪の男は名を呼ばれ立ち上がる。

 ドグマール・ジャスミコフか、覚えたくもない名前が耳に残ってしまったな。

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