第74話 魔女、外へ出る

 アンジュの咆哮に怯むことなく駆け出すアルベル、それを援護するように矢に魔力を纏わせて放つスレイナ。魔纏まとい仕様の矢を嫌ったのかアンジュは翼を羽ばたかせ矢を風で吹き飛ばそうとしたようだけど失敗したようで飛膜を貫かれ穴を空けられている。


 痛みは無いようだけど、飛膜に穴が空いたことで空をうまく飛べなくなったようだ。その穴の空いた飛膜も少しずつだけど既に塞がリ始めている。魔纏を纏わせた矢の攻撃が効果ありと見たスレイナは乱れ打ちを始める。


 アンジュに矢は当たりはするけど鱗で弾かれているようだ、魔纏仕様の矢でも鱗を貫けるほどの威力はないようで、ダメージらしいダメージは与えられないでいる。飛膜は貫けても流石に鱗はむりだったみたいだね。


 そんなアンジュとスレイナの攻防を横目に、突き進んだアルベルが「うおぉぉぉぉぉぉ」と言いながら大剣で斬りかかる。アルベルも魔纏を使っているので当たれば鱗に傷くらいはつけられるかもしれないね。


「お主ら容赦がないの、だが当たらなければどうということはないのじゃ」


 普通に矢は当たってるけど痛くなければノーカンの精神かな?


「細かいことを気にするでないわ」


 おっと声が出ていたみたいだね。ついでだしスレイナに少しだけアドバイスしてみようかな。


「スレイナ、魔纏の応用その一、魔力の形は纏うものを覆うように使うけど、覆ってしまえば形は自由自在だよ、こんな感じでね」


 そう言って魔術で石の矢を一つ作りそれに魔纏を使う。魔力は矢を覆う形に作られているけど、そこから矢じりの部分のみドリルのように回転させて見せる。


「こんな感じだね」


 そう言いつつ作った土の矢を適当に壁に向かって飛ばす。壁に当たった土の矢は壊れることもなく矢の大きさの穴を開けて消えていった。


「師匠やってみます」


「やめんか、そんなのが当たったら死ぬわ!」


「大丈夫大丈夫、チクッとするだけだよきっと多分」


 さっそくスレイナは試しているようだけど、なかなかうまく行かないようで何本も矢が裂けたり割れたり切断されたりと駄目にしている。まあぶっつけでできるもんでもないから仕方がないかな。


「スレイナ、お主は合格じゃ、合格じゃからな物騒なものをこちらに向けるでないぞ」


「あ、はい、ありがとうございました」


 スレイナは失敗した大量の矢の残骸を回収してこちらに合流してくる。


「凄く難しいですね、ですがいつかは使いこなしてみせますよ」


「まあ頑張りなさい、手元から離れた対象に魔纏を維持させることができるだけでもすごいことだからね、スレイナならすぐにできるようになるよ」


「戻りましたら矢はもったいないので適当な木の枝ででも練習します」


「制御に失敗したらああなっちゃうから気をつけなさいね」


「お兄様はまた無茶なことを」


 視線の先には、足に魔纏を使おうとして失敗したようで盛大にすっ転んで転がってくるアルベルの姿が見えた。アルベルの足が曲がってはいけない方向に曲がっているのでポシェットから上級ポーションを取り出してぶっかけた後に無理やり口に突っ込む。


 鼻を摘んでいるので苦しそうに暴れているがポーションを飲み干したことで足は治ったようだね。


「うげ、げほげほ、師匠は俺を殺す気か」


「何いってんの、ちゃんと足治ってるでしょ」


「足? もしかして折れてた?」


「見事に曲がっちゃいけない方向に曲がってたね」


「お兄様は無茶のしすぎではないですか」


「いや、なんとなく行けると思ったんだけどな」


「発想は良いけど使い方が間違ってるよね。まだ制御が甘いのに自分の体に使うのも危険だからやっちゃ駄目だよ」


「それは身をもって理解しました」


 アルベルは立ち上がって足の具合を確かめている。


「ちょっと見ておきなさい」


 私は靴の裏部分に魔纏を使い上空へと駆け上がる。魔纏で空気を蹴るイメージだね、それを繰り返し宙を駆け回り地上へ降り立つ。


「多分アルベルはこんな感じでやりたかったんだよね、足に魔纏を使うんじゃなくて靴のすぐ裏に纏わせて空気を蹴る感じでやるといいよ」


「師匠すげー、空を走るとかできるもんなんだな」


「すぐは出来ないと思うけど、使いこなせればこういう事もできるってことだよ」


 私の場合は別に魔纏を使わなくても魔法で飛べるから必要ない技術だけどね、魔法に比べると魔纏での空宙歩行は効率が悪いし疲れるんだよ。


 アルベルが早速試そうとしたのか盛大に吹っ飛んでいった。先程とは違い足に直接は使ってないから犠牲になったのは靴だけみたいだけどね。しばらく放って置いていいでしょう。


「それでアンジュどうするの?」


「どうすると言われてもの……。まあアルベルも合格で良かろう。今のアルベルでは魔纏と言ったか、あれを使ったとしても我の鱗は貫けぬと思うが今後に期待と言ったところかの」


「もうちょっと本気で戦ってあげても良かったんじゃないの?」


「これで良いんじゃよ。さてアルベルにスレイナよ、我が前に来るが良い」


 魔纏の練習をしていた二人がそばに寄ってきてアンジュに向かって跪く。アンジュが手のひらの上に銀色の光が灯る、その光をアルベルとスレイナに向かって降り注ぐ。


「これにて龍の試練はしまいじゃ。それでは我が手に乗るが良い、外まで送っていこう」


「「ありがとうございます」」


 アルベルとスレイナが頭を下げお礼を言っている。その後は忘れ物がないか確認をしてからアンジュの手のひらに乗る。


「しっかり掴まっておれよ、それではゆくぞ」


 アンジュの手が少し閉じられ私たちがそれぞれ飛ばされないように指を掴むと急速の飛び上がった。ひたすら上へ上へと飛んでいると上部に逆さの水面のようなものが見えた、そしてアンジュはそのまま水面へ突入してた。


 アンジュが何かをしているようで、私たちの周りには空気の膜が張られていて、水圧を感じることもなく、濡れることもなく、呼吸が普通に出きた。しばらくして水の中から飛び出し空のヘと昇っていく。


 かなり時間が過ぎていたようで外は黄昏時だった。アルベルとスレイナはホバリングしているアンジュの手のひらの上から、遠くに見える城や貴族街、それと城下に灯りが灯り始める光景を暗くなるまで眺めていた。

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