小話 不死身と呼ばれた男、惚れる

 パーティーが解散してから五年過ぎた。様々な国を依頼をこなしながら渡り歩き、今ではゴールドランクになっている。この五年の間は臨時でパーティーを組むことはあっても基本ソロでやってきた。


 そして俺は今、依頼を受けてある島に上陸している。この島はオンセンジマと言われる変わった島で、お湯が湧き出る宿が多数ありリゾートの島とも言われている。


「お待ちしておりました冒険者様方」


 船でこの島に来たのは俺だけではない。今回の依頼は20人規模のレイド依頼になっている。依頼の内容なのだがこのオンセンジマのゲンセンと呼ばれる所に魔物が巣くってゲンセンをせき止めてしまったと言う話だった。


 迎えに来ていた人に従い、ぞろぞろとついていくと集会所の様な所に連れて行かれた。そこで現状や敵の規模などを聞かされ、魔物退治は明日ということが決まった。


 話し合いの後はパーティー単位で宿が手配されているようで、集まっていた島の宿の案内人にそれぞれのパーティーが、連れられていった。あいにく俺はソロなので一番小さな宿に泊まることになった。


 そして俺はそこで彼女と出会うことになる。彼女は黒髪の女性で、今では懐かしく思えるダーナの街で俺の治療をした女性に似た顔立ちの人だった。


「いらっしゃいませ、当宿ヤスラギの郷へようこそおいでくださいました」


 そう言って出迎えてくれた女性の名はシノといった。ヤスラギの郷と呼ばれる宿は今まで泊まったことのあるどの宿とも違った。板張りの道やタタミと呼ばれる草を編んだような床などがある、なんだか変わった宿だった。


 この宿はシノと母親のスズの2人で営んでいるという事だった。父親はシノが幼い頃に亡くなったということだ。俺はこの黒髪の2人に興味を持った。それとなく食事の時に詳しく話を聞いた所、この小さな宿はこの島に最初に建てられた宿とのことだった。元々は一人の男がオンセンを利用するために建てたのだとか。


 そのうち男は建てた家を拡張して、このヤスラギの郷という宿を開いた。そしてこのオンセンは怪我に良いとか疲れが取れるとか色々な効果があると言う噂が広がり人が来るようになり、いつしか複数の宿が出来上がり今になったのだとか。


 そして驚くことにこの宿を建てた男は異世界の人間だったらしいのだ。といってももう200年ほど前の話しなので既に亡くなっている。その異世界人の血を引いているのがスズとシノということだ。


 オンセンというものに入ってみたかったのだが、残念なことにゲンセンがせき止められているために入ることはできなかった。明日魔物の討伐が成功してゲンセンを取り戻すことができれば入れるということになる。


 さて、魔物退治なのだがこれに関してはあっさり成功した。対して強くない猿の魔物が50匹ほどいて、ボスが一匹いただけで比較的簡単に倒すことができた。後はゲンセンを堰き止めていた大岩を魔術師が砕いて持ち出せば依頼は完了だった。


 堰き止められていたゲンセンからはお湯が山の下へ流れていくのを確認して今回のレイドは終りを迎えた。村に戻るとそこかしこから湯気が立ち上っていて宿に戻るとオンセンが出たことを喜ばれた。その晩オンセンに入った俺は、このオンセンの虜になってしまった。



 俺がこのオンセンジマにとどまってから三年が過ぎた。最初の頃はヤスラギの郷に宿泊していたのだが、いつからか宿の手伝いをするようになった。


 女性二人で経営していたのだが、そこで俺という男手を手に入れたわけだ。手伝いの代わりに食事と宿代は免除になり、オンセンも入り放題となると俺に断る選択肢はなかった。


 この島にとどまり続けた理由としてオンセンが気に入ったということに嘘はないが、本当のところは一目惚れだった。


 そんなわけで二年ほど前に俺とシノは一緒になった。一目惚れだったことに俺自身も暫く気が付かなかった。それを自覚した俺は告白したわけだが、シノは「仕方がない人ね、実はね私も一目惚れだったのよ」とはにかみながら承諾してくれた。


 共に歩み始めてから二年経った今では、子供も生まれて俺もすっかり一児の親となっている。冒険者家業は引退をして宿を切り盛りするようになった。この三年間忙しくも穏やかな毎日を過ごしてきたのだが、最近少し困った事態に陥っている。


 何が起きたのかと言うと、オンセンの効能が少しおかしくなってしまったのだ。といっても悪い意味ではないのだがそれでも困りごとに変わりがない。その効能が少しずつ噂となって島の外に広がり、ヤスラギの郷に宿泊を望む人が押し寄せる結果となった。


 同じゲンセンを使っているはずなのにその効能はヤスラギの郷のオンセンにしか出ていないのも困っていたりする。元々3組しか泊めることができない宿だったのだが、俺の冒険者時代に稼いだ金を使い急遽宿の拡張をしたりと大変な目にあっている。


 さて俺たちを困らせている効能なのだが、事の起こりは半月ほど前だった。その日は、膝に矢を受けて近衛を引退した元騎士団長が、たまたまヤスラギの郷に泊まったことが発端だった。


 ただの傷ならポーションで治るはずなのだが、どうやら膝に受けた傷はポーションでは治せなかったようだった。そこで療養も兼ねてこのオンセンジマに来たというわけだ。元々ここのオンセンの効能には傷の治療もあるからだろう。


 結論から言うと、オンセンに数日入った事により元騎士団長の、ポーションでも治せなかった膝の傷が治った。もっというなら古傷なども一切合切治った。この時点で俺は自分の体質に考えが及んだわけだ。


 ダーナの街で黒髪の少女の治療を受けてから異常なほど傷が治るようになった。それこそ致命傷すらも治ってしまうほどの治癒能力を得ていた。


 どういうわけかヤスラギの郷のオンセンには俺の特異な治癒の力が、いつの間にか効能として現れるようになっていたようだった。

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