第46話 見えない未来

 夜。夕食を終えた誠也せいやは、食後の一家団欒もそこそこに、早めに自室へと戻った。机に着くなりスマホを開くが、新着メッセージは届いていない。更に誠也はLINEを開き、まりん先輩のトーク画面を開く。

 

【先輩、一度お話しませんか?】

 

 夕方、えり子に促されて送信したメッセージ。そこに「既読」の文字はついていなかった。

 帰宅してから、何度同じ動作を繰り返しただろうか。誠也は、もう何度目かの溜め息をついて、スマホを閉じる。


 誠也はベッドに移動して、仰向けになった。実際、まりん先輩と話す機会を得られたら、何を話したらよいのだろうか?

 ぼんやりと天井を見つめながら、誠也は考える。


(そもそも、俺はまりん先輩に何を求めているのかなぁ)


 少なくとも部には戻ってきてほしい。もちろん、願わくば部長も引き受けてほしい。しかし、まりん先輩がすんなりと部長を引き受けてくれるとは到底思えない。かと言って、部長は固辞しつつ、これまで通り一部員として部活に参加するという選択肢が彼女の中にあるだろうか?


 誠也が目を閉じて苦悶の表情で思いを巡らせていると、不意に机の上に置かれたままのスマホの着信音が鳴った。

 誠也は急いで飛び起きて、スマホを開く。送信の主は陽毬ひまりだった。


 【明日の夜、Galaxyギャラクシー借りられることになったので、バンド練習します! 参加できますか~?】


 誠也がトーク画面を開いている間にも次々と既読の数字が増えていき、早速コントラバスの遥菜はるなから参加する旨の返事が送信されてきた。もっともこのグループでは、コントラバスではなくベースと言うべきだろうか。

 誠也も早速、参加の意向を返信する。

 

 ひょんなことから思い付きで結成された即席バンド。「あ~りお♥お~りお ぺぺろんち~の!!」というふざけたバンド名も、えり子がイタリア料理店「Osteriaオステリア La Gemmaジェンマ」のメニュー表から適当に付けたものだ。しかしそんな経緯とは裏腹に、練習は次第にストイックになってきている。後から声をかけた遥菜と柚季ゆずきに関しては、途中で離脱してしまうのではないかと誠也は心配したが、それは杞憂だった。日曜日の本番が楽しみだ。


 そこまで考えて、誠也の思考は停止する。今日は9月4日。文化祭は9日・10日の2日間開催されるが、吹奏楽部もこの即席バンドも出演は2日目の9月10日。そして、この日を最後に3年生の先輩は部活を引退する。それまであと、たったの6日しかない。しかも今はもう夜だ。あと1時間ちょっとで明日になる。実質5日間だ。

 そして、誠也にとって重要なイベントがもう一つある。文化祭1日目の9日は、えり子の誕生日だ。

 

 一週間後の今頃は、2年生の中から新部長が誕生している。そして、えり子との関係性にも何らかの変化があるだろう。しかし、今の誠也には、たった一週間先の未来が全く見えなかった。


 ♪  ♪  ♪

 

 5日火曜日。誠也がまりん先輩にLINEを送ってからまもなく丸一日が経とうとしているが、まりん先輩からは返信はおろか、既読すらつかない状態のまま、その日の放課後を迎えた。

 

 誠也とえり子が音楽室の楽器庫に入ると、幾人かの生徒が何やら探し物をしている様子だった。誠也は楽器庫の棚を隈なく見ているハシモこと、クラリネットパートの橋本花菜かなに声をかける。


「ハシモ。何か、探し物か?」

「あ、誠也くん。あのねぇ、真梨愛まりあのリードケースが無くなっちゃったんだよぉ」

 ハシモはいつものようにおばちゃん口調で誠也に答える。

「リードケース?」

「そうなんだよぉ。本人はいつもの場所にちゃんと置いてたって言うんだけどねぇ。誠也くんとリコちゃんも、もし見かけたら声をかけておくれよ」

 そう言って、ハシモは隣の棚を探し出した。


「……どう思う?」

 不審に思った誠也がえり子に問うと、えり子は飄々とした顔で答える。

「もにゃ~、真梨愛ちゃんもそんな大事な物無くすなんて、そそっかしいわね~」

 誠也はえり子の素っ気ない返答に戸惑った。

 

 昨日から俄かに目立ち始めた、一部の2年生による不穏な空気。そこに来て、不自然な遺失物。あの真梨愛が、楽器に関わる大切なものを無くすはずがない。しかも陽毬が「首謀者」と断定する、中村美羽みう先輩の足元であるクラリネットパートで起こった事件だ。一連の出来事を結びつけずに考えることの方が難しいだろう。


「でもさぁ……」

 誠也は尚も話を続けようとするが、えり子に遮られる。

「ねぇ、片岡。早く音出ししないと、合奏あわせに間に合わなくなっちゃうよ」

 そう言って、えり子は棚から自分の楽器ケースと譜面台を持ち出すと、廊下へと歩き出す。誠也は不服ながらも自分の楽器を持ち、えり子の後に続いた。

 

 誠也とえり子は、合奏前のウォーミングアップをするため、誰もいない空き教室に入った。

 

「なぁ、やっぱりさっきのハシモの話、おかしいと思わないか?」

 誠也はケースから楽器を出しながらそう言うと、えり子は微笑みながら答える。

「片岡、『壁に耳あり障子にメアリー』だよ」

「そんな外国人女性は知らない」

 誠也は呆れ顔をしつつもえり子の言いたいことは理解した。


「あんなにたくさんクラのメンバーがいるところで、不用意にそんな話をしたら、バーン!」

 えり子は昨日と同様、手でピストルの真似をして誠也を撃ち抜く。

「お兄さん、身を滅ぼしますよ」

「確かにそうだな」

 誠也が首をすくめながら笑顔で答えると、えり子は少しだけ笑顔のトーンを落として続ける。

 

「特に、片岡は気を付けた方が良いよ」

「なんで俺が?」

 誠也が不審そうに聞き返すと、えり子は真顔で答える。

「昨日、ひまりんが言ってたじゃない。1年生だけで集まったときの話、2年生にリークしてるって」

 それを聞いた誠也は、露骨に嫌そうな顔をする。ただ、確かにそう考えれば、あの日2年生を痛烈に批判していた真梨愛が標的になるのも辻褄が合う。

 

「それってさ、俺たち1年生の中に内通者スパイがいるってことか?」

「まぁ、もしくは、廊下で誰かが立ち聞きしてたかだよね」

 誠也は、深いため息をつくと、それ以上話す気になれず、楽器の音出しを始めた。

 

 

 この日の合奏は何事も無かったかのように淡々と進んだ。真梨愛も合奏に参加していたので、リードの件は何とかなったのだろう。しかし、露骨な無視の件や今日の真梨愛のリードケース紛失騒動が続き、部の雰囲気が悪くなっていることは感じた。誠也はもしかしたら帰りの反省会で、部長からその件に関して何らかの言及があるのかと期待したが、残念ながら特にこの話題には触れられなかった。きっと部長の友梨ゆり先輩にも葛藤があるのだろうと推察した。

 

 部活が終わり、誠也とえり子が音楽室の隣の教室で帰り支度をしていると、フルートの松村果穂かほから声をかけられた。

「誠也くん、ちょっといい? 大道具の件で聞きたいことがあるんだけど」

 誠也はカバンに荷物を詰めつつ答える。

「あぁ、大丈夫だよ。えり子ちょっと待っててくれ」

「うじ」

 えり子は素直にうなずく。

「リコちゃん、ごめんね」

 果穂が申し訳なさそうに手を合わせる。

「全然大丈夫~」

 

 えり子に笑顔で見送られながら、誠也は果穂に続いて教室を出た。

柑奈かんな先輩にお願いされてさ、文化祭当日の運搬の段取り考えなくちゃならなくて」

「なるほどね」


 果穂と誠也は倉庫の前まで来た。鍵は無いので柵の外から物品を確認する。

「持っていくのは、あの大きい箱と、譜面隠しだけでいい?」

 果穂が倉庫の中をのぞきながら確認する。

「あと、あそこに立てかけてある看板もだね」

 

 物品の確認は簡単に終わった。

「誠也くん、ありがとう。助かったわ」

「いえいえ、どういたしまして」

「ところで、誠也くん」

 誠也が戻ろうとすると、果穂が話を続ける。

「誠也くんって、今、陽毬たちと一緒にバンドやってるんでしょ?」

 誠也は不意にバンドの話題を振られ俄かに身構える。

「あぁ……」

 隠しても仕方ないので、誠也は正直に認めると、果穂が心持ち小声で続ける。

「遥菜ちゃんと柚季ちゃんには気を付けた方が良いかも」

 誠也は予想外の言葉に、目を見開いた。

「どういうこと?」

 果穂は倉庫の柵に背中を預けながら続ける。

凛花りんかから聞いた話なんだけどさ……」

 

 小笠原凛花りんかはパーカッションの1年生で、果穂たちのグループに属している。つまりは陽毬の言うところの、クラリネット1年、上原 けいの「トリマキ」だ。慶は現部長である友梨先輩の再来ともいわれており、慶とその「トリマキ」は、言うなれば保守派である。一方、パーカッションの2年生には、今回の部長選挙事件の「首謀者」の一人とされる三浦涼乃すずの先輩がいる。パーカッションの1年生は、凛花、柚季、奏翔かなと実乃梨みのりの4人だが、果穂の話によると、そのうち凛花以外の3人は、涼乃先輩にうまく取り込まれているのだということだ。

 

「あとさ、私たち、1年生の誰がどの先輩に投票したか、なんとなく情報を集めてるんだけどさ……」

 誠也が更に目を見開く。

「そんなことまでしてるのか?」

「まぁ、予想も含まれているけどね。多分、コンバスの遥菜ちゃんも2年生にそそのかされて、まりん先輩に投票してるよ」


 誠也は情報量が多すぎて眩暈がしそうだったが、不意に部活前のえり子との会話を思い出した。

(1年生の中に、内通者スパイがいるかもしれない)


 奇しくも今夜はバンドの練習がある。誠也は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「この話、ひまりんは知ってるの?」

 誠也が問うと、果穂は首を振る。

「まだ話してないわ」

 誠也は焦りを隠しながら続ける。

「実は今夜、バンドの練習があるんだ。果穂さんからひまりんに、情報流しておいてもらえるか?」

「オッケー、分かった」

 そこまで話すと、誠也と果穂は何事も無かったように音楽室の方へと戻っていった。

 

「ごめん、お待たせ」

 誠也が元の教室に戻ると、えり子はスマホをいじりながら待っていた。

「うにゃ~、おかえり。まだ、さかなとかも来てないから大丈夫~」

 同じ教室内では、幾人かの生徒が談笑している。誠也はそちらを気にしつつ、小声でえり子に話しかける。

「ちょっと、果穂さんから気になる情報を聞いた」

 えり子は自然と前かがみになって、同じく小声で聞き返す。

「もにゃ?」

 誠也は談笑しているグループに目をやりつつ、少し笑って答える。

「障子にメアリーだから」

 えり子は黙って首をすくめて笑った。

 

 その後、帰り支度を終えた奏夏かな萌瑚もこが教室に来て、合流。あとは陽毬が来るのを待つのみとなったタイミングで、陽毬から「Osteriaオステリア La Gemmaジェンマ」のグループLINEにメッセージが届いた。


 【今日のバンド練習まじめにやりたいから、あの話はNGね~。陽毬、笑っちゃうから~。あと、終わった後もし時間あったら、たっくんのお店行こっ!】

 

 陽毬のメッセージは実に機転が利いていた。恐らく、あの後すぐに果穂は陽毬に話をしたのだろう。

 

「あの話?」

 不審がる萌瑚に、誠也は自分の唇に人差し指を当てて制止した。それを見た萌瑚と奏夏は何となく察してくれたようだ。


 ♪  ♪  ♪


「おっけ~! じゃ、ここで10分休憩しようか~」

 陽毬がそう指示を出すと、バンドメンバーはそれぞれの楽器やマイクを置き、休憩モードに入った。誠也がロビーに飲み物を買いに行こうと立ち上がったその時、遥菜が不意に話し始める。


「私、ちょっと気になることがあるんだけどさ。昨日、ファゴットの由奈先輩に、露骨に睨まれたんだよね」


 その瞬間、柚季以外のメンバーに緊張が走ったのを誠也は感じた。誠也は飲み物を買いに行く足を止め、様子を伺った。


「え? 何で?」

 柚季があっけらかんと遥菜に聞き返す。

「わかんない。でもさ、なんか、2年生の先輩の、最近多いよね?」


 遥菜はそこにいる全員に同意を求めるが、皆、曖昧な表情を作って誤魔化す。その中で唯一、柚季は堂々と答える。

「パーカスは今のところ雰囲気は悪くないかな。まぁ、涼乃先輩いるし。このメンバーだからざっくばらんに話しちゃうけど、遥菜は篠原先輩に言われてまりん先輩に投票したんでしょ? 先輩の指示に従ったのに、睨まれるとか訳わかんなくない?」


 柚季のあまりにも赤裸々な発言に、誠也は何と答えて良いか分からなかった。そんな中、陽毬が口を開く。

「柚季ちゃんは、何か知ってることがあるの~?」

 陽毬が知らないふりをして柚季に問うと、柚季は「これ、誰にも言わないでね」と前置きをして話始めた。

 

「多分、部長選挙で莉緒りお先輩の選出を阻止した2年生が、このままだとまりん先輩が辞退して、結局部長が莉緒先輩になっちゃうからって、イライラしてるんだと思う。それに、3年生や私たち1年生がそのことをよく思ってないことを知ってるから、色々と嫌がらせをしてるのよ。きっと今日の真梨愛ちゃんのリードケースの件もそうだと思う」

 

 柚季の言っていることは、至極真っ当な意見だ。しかし、誠也の中で柚季が「スパイ」である可能性が否定できないため、返答に困った。誠也が頭をフル回転させている横で、今度はえり子が柚季に問いかける。

「うにゃ~、柚季ちゃんの今の話からすると、やっぱり遥菜ちゃんが2年生に目を付けられてるのはよくわからないよね」

 えり子が可もなく不可もない発言で会話を繋いでくれる。

「そう。そこなんだよね……」

 柚季はそう答えて、考え込む仕草をする。

 

「もしかして~、柚季ちゃんは今日のリードケース事件の犯人、知ってるの~?」

 陽毬が明るい口調で、突然核心に迫る質問を投げかけたのも、きっと何か考えがあっての事だろう。問われた柚季は眉間にしわを寄せたまま答える。

「わかんない。涼乃先輩も首をかしげてたよ。まぁ、演技かもしれないけど」

 誠也は、柚季が嘘をついているようには思えなかったが、かと言って「スパイ容疑」を晴らすにはまだ十分ではない気がした。恐らく陽毬やえり子も同じように考えているのだろう。不用意に発言できず、沈黙が訪れる。

 

 その沈黙を破ったのは、陽毬のスマホのアラーム音だった。

「はい、休憩時間終了! 色々気になることはあるけど、まずはせっかくスタジオ借りてるし、日曜日に向けて練習しないとね!」

 

 陽毬のその一言で沈黙の空気から解放されたメンバーは、再びそれぞれの楽器やマイクを構えた。

 誠也も解せない想いは一旦横において、記録用のビデオカメラをスタンバイした。


 ♪  ♪  ♪


 バンドの練習が終わった後、柚季と遥菜以外の5人は、陽毬の従兄いとこが経営する店、「Osteria La Gemma」に集まった。先ほどまでバンドの練習をしていたスタジオ「Galaxy」からは至近距離にあるが、柚季たちに悟られぬよう、それぞれコンビニに立ち寄るなどして集合した。


 メンバーが全員揃うと、早速陽毬が話し始める。

「もう夜遅いから、早速端的に話すね。まず、夕方LINEした件なんだけど……」

 陽毬は果穂から聞いた話を皆に伝えた。

 

「まぁ、今週に入って1年生が無視されたり、今日の真梨愛ちゃんのリードケース事件も含めて、金曜日の1年生のミーティングの内容が『首謀者』に伝わっていると考えるのが妥当よね。それで、もしかしたら1年生の中に情報をリークしている人がいるかもしれないと。そういうことね」

 奏夏がここまでの話を端的にまとめる。


「ただ、さっきの柚季ちゃんと遥菜ちゃんの会話も、嘘を言っているようには思えないんだよね」

 そう言って、怪訝そうな顔をする萌瑚に、誠也も同意して頷いた。

「もにゃ~、不可解だわ~」

 そう言いながらえり子が天井を仰ぐ仕草をすると、陽毬がさらに続ける。


「もっと不可解なことがあるのよ」

「え? なに?」

 奏夏が不審そうに問うと、陽毬が続ける。

 

「真梨愛のリードケース、結局女子トイレのゴミ箱から発見されたんだけどさ、それみつけたの、クラの依織いおり先輩なんだよ」

「うにゃ? 依織先輩って、首謀者の『トリマキ』だよね?」

 えり子が目を丸くして聞き返す。

「そう。もうよくわからないわ~」

 そう言って陽毬はこめかみのあたりを右手で押さえる。


 誠也は皆の話を聞きながらも、無意識にLINEを開く。一定時間ごとにまりん先輩のトーク画面を開くことが、もはや癖になっている。いつものように何の期待も持たず、ただ機械的にトーク画面を開いた誠也は、思わず声を上げてしまった。

「あっ!」

 その声に、他の4人の視線は誠也に集まる。

「どうしたの?」

 陽毬が心配そうに問うと、誠也は呆けたままの表情で答える。

「まりん先輩のLINE、『既読』付いた」

 

 それを聞いたえり子は、ひまわりのような笑顔で誠也のスマホに手を伸ばす。

「片岡、ちょっとスマホ借りるね」

 そう言って、えり子はまたしても誠也のスマホを勝手に操作する。誠也はえり子が悪いようにはするわけがないと、黙ってその様子を見守る。

 

「ほいっ! 送信~」

 そう言って、えり子は最後に大袈裟に画面をタップして、誠也にスマホの画面を突き出す。

「おい、今度は送信までしちゃったのかよ」

 そう言って苦笑しながらスマホを受け取った誠也は、送信画面を見て一瞬で凍り付いた。

 

「おい、えり子! お前っ!」

 驚きと憤りの表情で抗議する誠也に、えり子は相変わらずのいたずらっぽい笑顔で答える。

「送信取り消ししちゃだめだよ」


「え~? リコなんて送ったの~」

 陽毬が興味津々で誠也に尋ねると、誠也は不貞腐れた態度でスマホをテーブルの真ん中に放り出す。それを陽毬と奏夏、萌瑚が一斉に覗き込んだ。


【先輩、明日パンツ見せてください! 約束ですよね?】


 それを見た3人は一斉に大笑いした。

「リコ、ナイス~」

 陽毬は笑い過ぎて涙目になっている。


 なぜそんなに笑えるのか誠也には理解できなかった。これでまりん先輩が激怒したら一巻の終わりじゃないか。誠也が不機嫌そうにそんな4人を見ていると、不意に萌瑚が声を上げた。

「あっ! 既読付いた」

 

 それを聞いた誠也は、急いでテーブルのスマホを拾い上げる。えり子の送ったふざけたメッセージの横には、確かに既読の文字が表示されている。誠也はスマホを強く握った。

「すぐお返事来るといいんだけど」

 奏夏が心配そうに誠也に声をかける。

「これでまりん先輩を怒らせたら、えり子のせいだからな!」

 

 誠也がそう言ってえり子を睨みつけた瞬間、誠也の手の中でスマホが短く震えた。誠也は急いで画面を確認する。

 

「ほにゃ? もしかして、返事来た?」

 えり子が相変わらずの笑顔で誠也に問いかける。

 

 誠也は画面を確認した後、えり子の質問には答えず、再びスマホを皆に見えるようにテーブルの中央に置いた。4人は身を乗り出してスマホを覗き込む。


【16時。2年7組の教室にいるかも】


「やったじゃん、誠也~」

 奏夏をはじめ、皆の笑顔があふれる。誠也も安堵して、表情が少しほころんだ。


 そんな中、えり子は控えめな笑顔でテーブルの上におかれたスマホを持つと、誠也に向けて手渡した。戸惑いながら受け取る誠也に、えり子は言う。

 

「片岡、今度は自分の言葉で返信しなよ」

 

 誠也は、一度わずかにほころんだ表情を再び引き締めった。事態はまだ緒に就いたばかりだ。未来はまだ何も確定していない。その未来は誠也にかかっている。そうえり子に言われた気がした。

 

 誠也は渡されたスマホを握りしめて言った。


「そうだな」

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