第19話 孤独の受け皿
週末。誠也はテスト勉強をしつつも、時折
一方で、美香は「焦る必要もない」とも話していた。確かに「もう一つの誕生日」の翌日以降も、えり子は誠也に対しこれまで通り接していたし、この週末もいつも通り、他愛もない内容のLINEが誠也とえり子の間を行き来していた。
期末テストの期間中は、えり子の勉強を邪魔しないことが最優先だ。誠也は引き続き、えり子の些細なサインを見逃さないようにしつつも、これまで通り、普通に接することに努めた。
その他にも、
♪ ♪ ♪
7月7日、テスト最終日の朝。誠也はえり子といつも通り、電車に揺られながら学校に向かっていた。
テスト期間中も誠也たちは、朝練があるときと同じ時間に登校した。早い時間帯は待たずに空いているスクールバスに乗れることが主たる目的だが、もちろん早く着いた教室で、テスト勉強をすることも欠かさなかった。
「ねぇ、片岡。今日、七夕だね~! 帰りにさ、星見れるかな?」
えり子が笑顔で誠也に話しかける。
「ごめん、今日、多希と飯食いに行く約束してて……」
誠也はバツが悪そうにそう言うが、えり子は表情を変えずに答える。
「もにゃ~、そうだったね! 忘れてたよ~」
「ホント、ごめん」
「ううん。多希ちゃんの誕生日、延期になっちゃったもんね。多希ちゃんのことは大事にして」
放課後。5日間にわたる期末テストはようやく終了し、今日から早速部活動が再開する。誠也はえり子と穂乃香とともに、音楽室へ向かった。誠也はテスト勉強からの解放感と、久々に楽器を吹ける喜びに心を弾ませながら廊下を進む。
「誠也、ちょっといい?」
音楽室前の廊下で、誠也は呼び止められた。声の主は
誠也は浮かれていた気持ちに水を差され、危うく舌打ちしそうになったが、冷静を保つ。
「先に行ってるね~」
えり子はそう言って、穂乃香と音楽室へ入っていった。
「誠也、今夜、話しできる?」
真梨愛は警戒するように周囲を見回しながら、小声でそう言った。
「いや、ごめん、今夜は予定が入ってるんだ」
誠也はまた面倒になることを嫌って、もちろん相手が多希だとは言わなかった。
「明日は?」
「明日はペットの親睦会で、明後日も地元の友達と約束があるんだよね」
誠也は申し訳なさそうな顔をしつつも、真梨愛の誘いは受けたく無かったので、予定が埋まっていたことに心の中で安堵した。
「何か、俺に話したいことがあるのか?」
誠也は一応、社交辞令的に内容を聞く。すると、真梨愛は珍しく神妙な面持ちで話し出す。
「誰にも言うなって口止めされてるんだけどさ、夏鈴が部活辞めるって」
真梨愛の予想外の言葉に、誠也は軽く目を見開いた。もちろん夏鈴のことは気にかけていたが、まさか今ここで、真梨愛の口からその話題が出るとは思ってもみなかった。
「もう、彼女の意志は固いのか?」
誠也は俄然、真剣な眼差しで真梨愛に問う。
「今日、ヤマセンに退部届出すって」
誠也は迷った。夏鈴のこととあらば、詳しく話を聞きたい。真梨愛が夏鈴とどの程度親しいかは知らないが、二人は同じ中学校出身だ。だからこそ、真梨愛はいち早く情報を得たのだろうし、経緯も知っている可能性がある。
しかし、今日は多希との約束がある。いつもだったら予定をずらすことも出来たが、今回ばかりはそうもいかない。一度、真梨愛が原因で延期をしているからだ。今回は主題が夏鈴とはいえ、真梨愛の話を聞くために多希との約束をキャンセルすることは、誠也には出来かねた。
「そうか。彼女のことは心配だが、俺もこの週末はどうしても予定をずらすことが出来ないんだ。申し訳ないけど、週明け、改めて話を聞かせてくれ」
誠也がそう言うと、真梨愛は承知した。
誠也が音楽室に入ると、えり子は穂乃香や
すぐにえり子が音楽室から出てきたので、誠也はそのまま廊下を階段の反対側まで進んだ。えり子が後をついてくる。
周りに人がいないのを確認して、誠也は小声でえり子に話す。
「まだ、誰にも言うなよ」
「うじ」
えり子は口調こそいつも通りだが、真剣な表情で耳を傾ける。
「今、真梨愛から聞いたんだけど、夏鈴、部活辞めるらしい」
「ほへ~! 理由は?」
えり子は大きな目を更に丸くする。
「詳しいことは聞いてない。真梨愛も話したがっていた様子だったけど、今は時間が無かったから」
「今夜、話聞くの?」
「いや、迷ったんだけど、今夜は予定通り多希の方を優先しようと思う」
「うにゃ~、そうだよね。多希ちゃんの方も、これ以上延ばせないよね。しかも、真梨愛ちゃんの件で」
さすが、えり子は状況をよく理解している。
「さかなには言うの?」
「とりあえず、これ以上の情報は無いし、真梨愛から口止めされてるから、今のところ、えり子だけ」
「うじ」
時間の無い中で、えり子は必要な情報だけを端的に聞いてくる。このあたりも誠也がえり子に対し、絶対的な信頼を寄せているところだ。話が終わると、二人は何事も無かったように音楽室へ戻った。
音楽室に戻ると、程なくして部活が始まった。そこに夏鈴の姿はなかったが、それに気づいている部員はまだそう多くないだろう。簡単なミーティングの後、今日は合奏は無く、パート練習に充てられた。皆、久々の練習のため、ウォーミングアップに十分な時間をかける。
誠也もロングトーンで調子を整えながらも、頭の中はフル回転で様々なことを考えていた。
まずは、夏鈴の件だ。トランペットパートがこうして今日も平和な練習を行っている間も、恐らくホルンパートは緊急のミーティングが行われているに違いない。そうなれば、今日の部活の後は、
奏夏のフォローについては、えり子に任せることにした。
誠也はもう一つ、気がかりなことがあった。無用な誤解を避けるためにも、今夜、多希と食事をすることを真梨愛の耳には入れたくない。部活終了までに、そのことを多希に伝えておきたかった。
しかし、部活が終わるまでに多希に接触することは、案外難しかった。今日は最後までパート練習となったが、定期演奏会前のように1年生だけでパート練習を行っているわけではないので、パート練習にふらっと多希に元へ行って話すこともできない。
しかたなく誠也は休憩時間に、多希に対し、なるべくわかりやすいよう、丁寧なLINEを送った。
18時半。部活が終わると、誠也は手早く身支度を整えて、すぐに学校を出た。運よく待たずにスクールバスに乗れた。吹奏楽部の部員たちは誰も同じバスには乗ってこなかった。まずは一安心である。
多希とは高校の最寄り駅で待ち合わせている。待ち合わせ場所は、スクールバスの到着するロータリーとは駅を挟んで反対側である。多くの生徒がバスを降りてそのまま駅に入っていくので、駅の反対側まで来る生徒はほとんどいない。
誠也の乗ったバスがまもなく駅に着こうとする頃、多希からバスに乗った旨のLINEが届いた。15分もすれば多希も到着するだろう。誠也はバスを降りて駅に向かい、そのまま反対側の出口を出た。
多希を待つ間、スマホをチェックするが、多希以外の連絡は入ってこない。奏夏の方も気がかりだが、ここはえり子たちを信じることにしよう。
誠也がスマホでラジオを聞きながら待っていると、多希がやってきた。誠也を認めた多希は、わずかに微笑んだ。
「お待たせ」
二人はそのまま、駅近くのファミレスに入った。いろいろ気になることはあるが、まずは多希の誕生日のお祝いだ。
オーダーを済ませた二人は、ドリンクバーで用意したソフトドリンクで乾杯する。
「だいぶ遅くなっちゃったけど、多希、お誕生日おめでとう!」
「ありがと」
多希は小さな声でそう言い、少し目をそらした。
「誠也に『他の生徒に見つからないように』って言われたから、ここに来るのにちょっとドキドキしちゃった」
多希は少しはにかみながら言う。
「また真梨愛に見つかると、面倒くさいことになるからね」
誠也がそう言うと、多希は肩をすくめた。
「誠也、この前の定演は、どうだった?」
二人は自然と部活の話になる。もっとも、二人に共通する話題は部活のことくらいしかないのだが。
「俺は、久々のステージで、楽しかったよ。今回は余裕があったせいか、指揮者の向こう側のお客さんのこともよく見れたし、同じステージに乗ってる多希とか、ひまりんもよく見えたよ」
「私は前の方だから、演奏してる誠也は見れなかったけど、誠也の音はよく聞こえたわ」
多希はストローでアイスティーをくるくると回しながら続ける。
「私も楽しかったな。少し、誠也が言ってること。わかった気がする」
誠也はその言葉が、何よりもうれしかった。
誠也は先日、陽毬から聞いた慶の話が気になり、それとなく木管楽器の様子を聞いてみることにした。
「木管の1年生って、あまり交流がないからわからないんだけど、どんな雰囲気なの?」
「うーん、私もよくわからないわ。オーボエもファゴットも、1年生が他にいないし」
「そうなんだ。結構、楽器上手い生徒も多いよね?」
「そうね。真梨愛ももちろんそうだけど、クラは慶がダントツね。あ、慶ってわかる?」
誠也はやっぱりなと思いながら、答える。
「分かるよ。上原さんでしょ? あの美形の」
「そう。彼女は
「じゃ、クラは彼女を中心に纏まっているわけか」
誠也はそれとなく鎌をかけてみた。しかし、多希の反応は誠也の予想とは違っていた。
「それはどうかしらね?」
「そうではないの?」
「うーん、彼女がリーダーとなって纏まっているというよりは、周りの生徒たちが一方的に慶を慕っているって言った方が近いかもしれないわね」
「なるほどね」
ちょうどそこに、えり子からLINEが入った。さりげなくチェックすると、奏夏、陽毬、萌瑚と一緒にこれから「
その後も誠也と多希は食事をしながら、お互いこれまでやってきた楽曲などについての話題に花を咲かせた。
デザートにはそれぞれケーキをオーダーする。ケーキが運ばれてくると、誠也は改めて多希の誕生日を祝った。
「16歳になった感想は?」
誠也は何げなく多希に質問すると、多希は少し考え、表情を暗くする。
(質問がまずかったかな?)
誠也がそう思っていると、多希が話し出す。
「素直に答えていいの?」
「もちろん」
誠也がそう応えると、多希は少しためらいがちに言った。
「こうやって誠也に誕生日をお祝いしてもらって、正直……、幸せすぎて怖い」
誠也は返す言葉を失った。その一言が、多希の過去を物語っているような気がしたからだ。
誠也が返答に困っていると、多希が言った。
「なんか、重くてごめん。忘れて……」
誠也はこれまで、多希の孤独の受け止め方について、自分の中でペンディングにしていた。そのことが、この空白の時間を生んでしまった。
多希は恐らくこの場で、これ以上のことを求めていないことは分かっているが、これは誠也自身の問題でもあった。誠也は、多希の孤独の受け止め方について、結論を出さなくてはいけないと考えた。
「確かに、その言葉は重いな」
「……だよね、ごめん。」
誠也の言葉を聞いて、多希は発言を後悔したかのようにうつむく。
「でも、まあ、それが多希だよな」
そう言って、誠也は笑う。
「どういう意味?」
多希が怪訝そうに聞く。
「そのまんまの意味。多希らしくて良いじゃない。これからも遠慮せずに、言いたいことを素直に言ったらいいよ」
「誠也……」
「その代わり、俺も多希には言いたいこと素直に言うよ。嫌な時は嫌ってちゃんと言うから、安心して」
「うん、ありがと」
多希は再び優しい笑顔に戻った。
それからまもなく、二人は店を出て駅に向かった。
誠也は先ほど、多希が席を外した際に、えり子にはこの後合流する旨を伝えていた。潮騒駅に向かうにはいつもとは別の路線に乗るのが一番早いが、今日は折角なので、若干遠回りとなるが、いつもの電車で多希と一緒に帰ることにした。
ホームで折り返しの発車を待っている電車に乗る。誠也が座席に座ると、多希が前回と同様に誠也に尋ねてくる。
「今日も、お隣よろしいかしら?」
誠也は笑顔で応える。
「もちろん、どうぞ」
お互い、前回ほどの緊張感は無い。
「今日は寄りかかってこないの?」
誠也がわざとらしい笑顔で意地悪な質問をすると、多希は優しい笑顔で応える。
「今日は、心が満たされているから、大丈夫」
「なるほど」
真面目に返答する多希に対し、誠也は少しふざけて言ったことを後悔した。しかし、その直後、多希が誠也をちらっと見た。
「折角だから、充電しておこうかな」
そう言って、多希は誠也の左側に寄りかかった。
「充電?」
誠也は思わずその表現に笑った。
「迷惑だったら離れてもいいのよ?」
多希は前回と同じように言うが、今日は笑顔のままだった。
「いや、構わないですよ」
誠也も笑顔で応える。
「ねぇ、誠也。これ以上は絶対に望まないって約束するからさ。これからもたまに充電させてくれないかしら?」
誠也は思いもよらぬ多希の要望に一瞬戸惑ったが、まぁ、一度も二度も変わらないだろうと思った。
「あぁ、こんなもんで良かったら」
「ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます