君がため、春の野に出でてラッパ吹く♪
まさじろ('ぅ')P
第1話 きらめきの朝
20ⅩⅩ年4月7日。
朝、片岡
(これ、毎日やらなきゃいけないのかぁ。かったるいな)
なんとか身支度を整え、リビングへ向かう。
「おう、誠也。いいね。なかなか似合ってるよ」
「うーん、立派、立派!」
テレビを見ながら朝食を摂っていた両親が、嬉しそうに誠也を見る。
「ありがと」
誠也は照れくさそうに肩をすくめる。
「今日の入学式、お父さんしっかりビデオ撮るからね」
「べ、別にいいよ。さて、そろそろ行かなくちゃ」
誠也は父親の相変わらずの張り切りに若干呆れつつ、出かける準備を進める。
「じゃ、行ってきます!」
玄関まで見送りに来た両親に、誠也はわざとらしく敬礼をしてみせた。
「はい、いってらっしゃい、高校生!」
「ビデオ、持っていくからな!」
自宅を出ると、あいにくの曇天だったが、誠也の心は快晴だった。自宅前の道を軽い足取りで進む。1つ目の交差点。先月までは左に曲がって中学校へと向かっていたが、今日からは直進して駅の方向へ向かう。
駅に近づくにつれ、歩行者が増えていく。皆無言で、早足で、やがて目の前に現れる駅へと吸い込まれていく。
駅の階段を上がるとコンビニがある。ここで中学時代からの同級生、
(ちょっと早くついちゃったな)
そう思っていると、コンビニの中からえり子が出てきた。
「あ、片岡! おはよ~!」
えり子は誠也を見つけるなり、トレードマークのツインテールを躍らせ、ヒマワリのような笑顔で駆け寄ってきた。
「お、おう! おはよ……」
初めて見るえり子の高校の制服姿に誠也が一瞬目を奪われたのを、えり子が見逃すはずもなかった。
「もにゃ? 片岡、もしかして私の制服姿に見とれちゃった?」
誠也は思わず目をそらした。
「いや、なんか見慣れないから変な感じだなって」
「それはお互い様!」
「ほら、いくぞ」
誠也は話題をそらすように改札口へ向けて歩き出す。
「あ、待って!」
えり子は急いで後を追い、二人は人の流れに沿って改札口を抜けた。
この駅は乗換駅でもあるため、改札を抜けた人の流れは、左右に分かれる。前の人について左側のホームへ向かおうとするえり子の制服の袖を、誠也が引っ張る。
「おい、こっちだぞ!」
「はにゃ?」
えり子は袖口を引かれるがままに誠也について来る。
「いいか? 乗る電車によって、ホームが変わるから、上の電光掲示板で次に来る電車のホームを確認しなきゃダメだぞ」
「ふぇ~。同じホームに固定しておいてよ~」
「無茶言うなよ……」
人混みのコンコースを進み、ホームに上がるエスカレーターまで辿り着く。誠也は迷子になりかねないえり子から目を離さぬよう、えり子を促して先にエスカレーターへ乗せる。ふいにえり子がいたずらっぽい笑顔で振り返った。
「片岡~。下からスカート覗かないでよね」
えり子のすぐ下の段に立つ誠也は、露骨に呆れた顔をする。
「あのなぁ。この距離でどうやって……。てゆうか、人聞きの悪いことを言うな」
「でもよかった。片岡が鉄道マニアでさ。おかげで迷わずに電車乗れそう」
誠也は相変わらずのえり子の思考回路に半ば呆れつつも、律儀に返事をする。
「乗り場を確認してから乗るのは一般常識! それにマニアって言うな」
「誉め言葉なんだけどな」
ホームに上がると既に各乗車位置には長蛇の列。その列が更に刻々と伸びていく。
「はぎゃ~! すごい人! 次の電車にしない?」
「この時間は何本待っても同じだよ。頑張って乗らなきゃ、いつまでたっても高校に辿り着けないよ」
「もげぇ……」
えり子の喜怒哀楽に合わせた百面相は見ていて飽きないが、一緒にいて恥ずかしくないと言えば嘘になる。
「一応聞くけど、その『はぎゃ』とか『もげ』とか、奇声みたいなのは高校に入っても変わらないの?」
「まぁ、鳴き声みたいなものだからね」
「あっそ」
誠也は何を言っても無駄だと承知しているので、これ以上は深く考えないことにした。
そうこうしているうちに電車が到着。二人は後ろからの乗客に押されながら満員電車に乗り込んだ。
今日から二人が通う私立村上光陽高校は、電車を2つ乗り継ぎ、更にバスで15分ほど揺られたところにある。
誠也がこの高校を選んだのには、特段の理由があるわけでもなかった。中学3年生の秋、周りの生徒たちが志望校を決めていく中、誠也は志望校を絞り切れずにいたところ、担任の先生に村上光陽高校を勧められた。それがきっかけである。
中学時代を共に吹奏楽部、しかも同じトランペットパートで過ごした誠也とえり子だったが、中学3年の7月、吹奏楽コンクールのステージを最後に部活を引退。その後、別のクラスだった誠也とえり子は接点がなくなったため、えり子が自分と同じ高校を志願していることを知ったのは今年の1月、入試の直前だった。
(あれから半年以上が経ったのか……)
誠也はふと、去年の夏を思い出した。部活に燃えた中学校生活最後の吹奏楽コンクール。苦楽を共にしたメンバーで演奏した、最後のステージ。進路が決まってからは必死に受験勉強に励み、受験。そして無事合格通知をもらい、今こうして新しい制服に身を包んで高校に向かっている。誠也はどこか自分が自分じゃないような不思議な感覚を覚えていた。
途中の駅でえり子を引っ張りながら乗り換えをし、高校の最寄り駅からはスクールバスに乗り込んだ。スクールバスも、誠也たちと同じく真新しい制服に身を包んだ新入生たちで超満員だった。
(これが毎日続くのかと思うとウンザリするな)
しかめっ面で吊革につかまる誠也の横で、えり子は相変わらずの笑顔で話しかけてくる。
「ねぇ、私たち一緒のクラスになるかなぁ?」
「うーん、人数多いから確率は低いだろうね」
そう言いながら誠也は荷物を持つ手が痺れてきたので、持ち替える。
「一緒のクラスになれるといいね!」
「なんで恥ずかしくもなくそう言えるんだ?」
誠也はえり子の屈託のない笑顔に他意は無いことを知っていてもなお、そう聞かずにはいられなかった。
「だって、若葉中からここの高校入ったのって私たちだけでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「だからさ。知ってる人いないと寂しいじゃん」
えり子は今にも泣きそうな顔を作る。
「えり子ならすぐに友達出来るだろ」
「そんなことないよ~。私ってほら、口下手だし、引っ込み思案だし」
「どの口が……」
そんな他愛もない会話をしているうちに、高校に到着。満員バスから解放された。
「新入生の方はこの先の掲示板でクラスを確認して、体育館へ進んでくださ~い」
担当の先生が声を張り上げて、新入生に向けてのアナウンスを繰り返している。誠也たちはその先生の指示に従い、前の生徒に続いて掲示板に向かった。
掲示板の前は、すでに多くの生徒でごった返していた。友人と同じクラスになれた生徒の歓声が、時折聞こえる。誠也たちは群衆にもまれながら、ようやく掲示板の前にたどり着いた。
掲示板には五十音順で新入生の名前が書かれ、その横にクラスが記されている。誠也が自分の名前を探そうと掲示板に目を移すやいなや、横でえり子が叫んだ。
「んにゃ! 片岡あった! 6組だって。えーと、私は……。あ、私も6組! やったね! クラス一緒!」
「あ、お、おう……」
呆気に取られている誠也の横でえり子は無邪気に手を叩いて喜んでいる。
後から聞いた話によると、1年生のクラス分けは、極力同じ出身中学の生徒が、少なくとも一人は同じクラスになるように配慮がされていたらしい。誠也の出身中学である若葉中から光陽高校に進学したのはえり子と二人だけだったので、同じクラスになるのは必然だったようだ。
「高校でも俺はえり子のお世話係か?」
誠也は苦笑いしながらそう呟いた。
「よろしく頼もう、片岡君!」
えり子は相変わらずお道化てそう返す。
「えり子嬢の仰せのままに」
そんな茶番劇を繰り広げながら体育館へ続く列について歩いていると、隣の女子生徒が声をかけてきた。
「仲良さそうですね! カップルですか?」
「え?」
誠也が突然話しかけられて戸惑っていると、えり子が意気揚々と返答する。
「はい、そうなんです! やっぱ、わかります?」
「お前な、息を吐くように嘘をつくなよ! ちがうんですよ、ホント!」
(もう何なんだ、コイツは)
うろたえている誠也みて、その生徒は笑い出す。
「ホント、面白い二人! 私も6組でした。佐々木です。よろしく!」
「私たちと一緒だ!」
えり子はおもむろに手を差し出し、その生徒と握手をした。
「私、小寺えり子。えり子でいいよ。佐々木さん下の名前は?」
「
「よろしく! 穂乃香ちゃん!」
「よろしく、えりちゃん!」
仲良く穂乃香とはしゃぎだすえり子を、誠也はあきれ顔で睨む。
「誰が口下手で引込み思案なんだか……」
えり子は気にもせず、
「あ、こっちは片岡誠也。誠也でいいよ」
と、穂乃香に誠也を紹介した。
「自己紹介くらい、自分でさせろよ」
ふくれっ面の誠也に対し、穂乃香は、
「誠也くんね。よろしく!」
と、微笑んだ。
前の生徒に続いて3人は体育館に入り、クラス別に整列した。ここが入学式の会場かと思っていたが、どうやら会場は別の体育館とのことで、ここからクラス毎に入場するらしい。
「はぎゃ~! それにしても、すごい人数ね!」
3人は改めて生徒の多さに驚いていた。村上光陽高校は1学年800名程度の学校である。新入生の全員が待機場所の体育館に集合する頃には、もう入場の時間が間近となっていた。
「それでは、新入生の皆さん。1組から順に入場するので、ついてきてください」
誠也らは、案内係の先生の指示に従い、入学式の会場へ移動した。会場が近づくにつれて、吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。
「あっ、アルセナール!」
えり子も音楽に気付いたようで、笑顔で曲名をつぶやく。
(なかなかうまいな、このバンド!)
誠也は吹奏楽部の心地よい演奏に気分を高揚させながら、入学式会場へと入っていった。
入学式は粛々と進められ、あっという間に終了した。式が終了すると各クラスの教室へ移動。その後ホームルームがあり、担任紹介。そしてオリエンテーション。初日は午前中で解散となった。
帰り際、えり子が穂乃香に「一緒に帰ろう」と誘ったが、彼女は自転車通学だということで、帰りも誠也はえり子と二人で帰ることになった。昼下がりの電車は朝と打って変わって空いており、二人はゆっくり座って帰ることができた。
「いやぁ、さすがに疲れたな」
誠也は肩をもみながら、伸びをした。
「私、もうお腹ペコペコ~」
そういえば午後1時を過ぎており、腹も空いてきた。
「着いたらどこかでなんか食ってくか」
「賛成!」
誠也とえり子は地元の駅に着いた後、ファミレスに寄った。
「もにゃ~! 何にしよう。迷っちゃうな~♪」
えり子は無邪気にメニューをめくる。
「どうせ、ハンバーグだろ?」
「まぁ、ハンバーグは好きだけど、たまには違うのも食べたくなるのですよぉ~」
「そうでっか。腹減ったから早く選んでくれ」
「わかってますって」
それから暫く「あーでもない、こーでもない」とメニューをめくっていたえり子だったが、「決まった!」と言うので、誠也は呼び出しボタンを押した。
「ご注文はお決まりですか?」
程なくして店員がオーダーを受けにやってきた。
「ナポリタンひとつと、えり子は?」
「ハンバーグランチお願いします!」
(……結局、ハンバーグかよ)
誠也は心の中で毒突く。えり子が無類のハンバーグ好きであるのは承知の事実なので、無用な突っ込みはぐっとこらえる。
「少々お待ちください」
店員が去ったと、二人は入学式の話になった。
「片岡はさぁ、今日の演奏、どう思った?」
もちろん最大の関心事は吹奏楽部の演奏である。
「うん、光陽高校の演奏って初めて聞いたけど、結構うまかったよな」
「だよね~!」
えり子も目を輝かせる。
「あれは全国レベルの先輩、何人かいる感じだよな」
「うん、うん! 私たち、相当練習しないとついていけないかも~」
二人の間で新入生の定番である「部活何にする?」などと言う会話は野暮なもので、既に吹奏楽部に入部する前提で話が進んでいく。
「でもさ、あのバンド、単にうまいだけじゃなかったよな」
誠也は入学式での吹奏楽部の演奏を聴き、単に技術のレベルだけでなはい、何か違うものを感じていた。
「わかる! 私もうまく言えないけど、なんか、ちゃんと私たちに向かって吹いてくれているような感じがしたよね!」
えり子も、同じように感じていたらしい。
「ねぇ、片岡」
急にえり子が真剣な顔つきになる。
「なに?」
誠也が少し驚きながら先を促すと、えり子は一転して満面の笑みで続ける。
「今日から私たち、毎日一緒だね!」
不意を突かれた誠也は一瞬返答に戸惑った。
「な、なにそれ。愛の告白?」
照れ隠しから露骨に嫌な顔をして返答をする誠也に、えり子はいたずらっぽい笑顔で返す。
「ううん、違う。それ以上かも!」
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