第27話 いざ、市街地へ

 ガタゴトと馬車が揺れる。

 あまり舗装ができていないのか時折大きく跳ねることもあり、アリスはその度座席に尻を打って顔をしかめた。


「ピエールさん、あとどれくらいで着くのかしら?」

「あと三十分ほどでしょう」

「そう、わかったわ……いたたっ!」


 揺れをものともせず涼やかなピエールに、アリスは目元を歪めながら返事をした。

 夕食で夫のウィリアムに猛反対された領地行き。しかし二晩かけ頼み込み、やっと正体を隠すこととピエール同行を条件に許されたのだ。


「サウード領……一体どんなところかしら」

「あまり期待はされない方がよろしいかと」


 ピエールの不穏な言葉を聞き不安を携えながら、アリスはサウード領の市街地へと向かった。


「アリス奥様、到着しましたよ。気をつけて降りてください」

「ありがとう」


 ゆっくりと馬車が停止し、アリスはピエールの手を取り馬車を降りた。


「ここが……市街地……」


 広場に噴水があった。しかし水は枯れている。

 領民と思われる人間たちは一瞬馬車に注目したが、すぐに視線を地面に落とした。項垂れるように、地を這うように、どこともなく歩いていく。

 彼らの目はそろって濁っている。屋敷の使用人たちと同じ黒髪に黒い瞳でありながら、まるで違うその姿にアリスは息を飲んだ。


「だから言ったでしょう? 一回りしたら帰りますよ。質問等は後ほどお伺いいたします」

「わかったわ……」


 アリスはピエールに促され、市街地とその周辺を歩いて回った。店には鮮度が悪い野菜や果物が高価で売られており、飲食店は開店休業のような状態だった。どこを歩いても誰を見ても、彼らは一様に正気を失った顔をしていた。


 アリスは困惑した。屋敷ではいつも新鮮な食材が美味しい料理に変わり、使用人たちは生き生きと目を輝かせて働いている。なのに同じ領地の彼らの窮状はどういうことか。一回りしても原因も解決策もわからなかった。


「さて、そろそろ帰りましょう」

「はい……」


 気がつけば馬車の前に戻っていた。ピエールに助けられながら乗り込み、馬車が動き出す。アリスはまるでゴーストタウンのような市街地を後にした。


 帰宅したアリスは帰宅を待っていたウィリアムに迎えられる。夕食の時間も迫っていたため、ピエールと明日話す約束して部屋に戻った。


「アリス〜! おかえり!」

「ウィル……ただいま」


 部屋に入った途端、アリスはウィリアムにしっかりと抱きついた。彼はいつもとは違う妻の行動に一瞬驚いていた。が、すぐに長い両腕でアリスをすっぽりと包み込んだ。


「アリス、元気がないな。領地の様子があまり良くなかったんだね」

「ウィル、知っていたの? 彼らの様子を……」


>>続く

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